家出うさぎと空賊少年 | ナノ




家出うさぎと空賊少年


エルトの里を出てからどれくらいたったのだろうか。ゆったりと時が流れる里とは異なってヒュムの世界の時の流れは一瞬だった。
文化が変わってもヒュムの質は変わらない。
特に、ヒュムの男性のヴィエラを見る目はいつの世も変わらなかった。
里とは異なる街での生活に順応するまで、少し時間がかかった。
街を歩けば、男たちに下品な言葉を投げかけられて、卑猥な視線を常日頃から浴びていた。

どこぞの文献で、『ヒュムの男は大概、年中発情期である。』というのを読んだことがあった。
成程、とそれを肌で実感する。
ヴィエラは大金になる、と粗暴な男たちに狙われたこともあった。
外の世界に憧れ出てきたものの、ヒュムの男には嫌悪感しか抱かない。

しかし、バルフレアと出会って事態は一変した。
風向きが大きく変わったのだ。

「こんなところにヴィエラがいるとは。」
市場で紅いリンゴを手に取って眺めていると、若い男の声が聞こえた。そうやって、優しく声をかけて、深い痛みを押しつれられるのだろうと思っていた。
「………。」
反応を待つその彼を無視して、果物を置いて背を向けるが、足音が一つついてくるのが分かる。
「美人なのに、愛想が悪いな。少しくらい話してくれてもいいだろう。」
「話すことがないわ。」
しつこい。そう思ったフランは振り返ってバルフレアに視線を向ける。どんな男かと思えばまだまだ青臭くて、勢いだけのような雰囲気。
子供だ、そう判断したフランは、きつい視線と低い声音で、再度背を向けて歩き始めた。
「いいね。あんたに一目惚れした。」
「馬鹿なぼうや。口説き文句としては最低よ。」
からりと明るい声と、無邪気な表情が、今までの男の見方とは違ってくすぐったくも感じて、同時に癇に障る。
「失礼。未だ、勉強中なんだ。」
軽く頭を下げるその様は、どこぞの世間知らずの貴族のお坊ちゃまのようで。下心を混ぜ合わせたヒュムの男たちとはまた違った独特の雰囲気を重ね合わせたバルフレアに暫し魅入った。
無性に彼に魅かれた理由は未だにわからない。

突き放しても、突き放してもついてくる彼に負けたのはフランだった。

力でねじ伏せるかと思えば、言葉で口説いてくる。
あの頃はまだ、少し、へたくそだったけれど。
後にわかったのは、互いに故郷を飛び出してきた存在だということ。
何の因果かで、魅かれ合ったのだろうか。考える暇もなく濃密な日々が過ぎて行った。

あれから数年。共に過ごした日々は煌めいていて、それでいて一瞬で。
ヒュムの男は、痛みを植え付けるものが大半だと思っていた。けれど、バルフレアは違った、日々に暖かさを残していくひとだった。



「フラン。オレと過ごす時間の契約はどうする?」
「勿論、更新よ。」
分かっているくせにと一瞥して小さく呟いた。
「あなたは?」
「オレは無期限だな。フランが飽きるまで。」
「困ったわ。私も同じ。あなたの隣にしか、還る場所がないもの。」

もうすこし、いや、このままずっと。この暖かな風が続けばいい。



朽ちてしまうまで。



2011/11/01