恋に落ちた王サマ(シンドバッド×紅玉)
すやすやと眠る紅玉の表情に、シンドバッドの目覚めも爽やかなもととなる。
早起きは三文の徳。
シンドリアとは違う、どこか遠い国の諺がシンドバッドの脳内に過った。
意外に早起きの姫君。いつも起きて隣で微笑んでいるのだが、今朝はシンドバッドの方が起きるのが早かった。
寝顔を見られて嬉しい。正に、徳とはこれのことだろうと口端が緩むのを止められなかった。
だが、穏やかな気持ちも、そう長くは続かなかった。

「ジュダルちゃん……」
薄く開いた唇から艶っぽく紡ぐのは、己とは違う男の名。夏黄文ならば、なんとか許容範囲であるのだが、無意識に出たであろうその男の名にはシンドバッドの濃い眉が面白くなさそうに上がる。
姫君の眠りを妨げるつもりは無かったが、芽生えるのは醜い嫉妬心。
夢の中でのその男の存在を掻き消そうと、寝ている紅玉に遠慮もなしに口づけた。
ぬるりと舌を押し込んで、奥歯をなぞると舌を、彼女のそれに擦り付ける。
ちゅく、っと唾液の混ざる音が響くと紅玉の身体がぴくりと動いた。

「ふっ、ん??じゅだるちゃぁん?あっ、おはようございます!」
息継ぎの合間に出たその名前に、シンドバッドの機嫌は一層悪くなる。
息苦しくなった紅玉は、ゆっくりと瞼を開くと気恥ずかしさから近すぎるシンドバットから視線を逸らした。

「ジュダルではなくて、残念か?」
紅玉を囲むように腕を置いて、笑顔を見せる者の目は笑っていない状態で冗談交じりに問いかける。
何故ジュダルの名前が出てきたか分からない紅玉は、不思議そうに首を傾げた。
「ジュダルちゃん?あっ、いえ、違いますわぁ。その、シンドバッド様がこんなに近くにいるなんて私まだ信じられなくて」
はっと我に返ると、シンドバッドとの距離は唇が重なってしまうほど近い。
シーツに顔を埋めてしまいたい衝動に駆られつつ、紅玉は慌てて首を振るとぽつりぽつりと呟いて、時折視線をシンドバッドに向ける。
「そろそろ信じてくれてもいいだろう。こうやって毎晩一緒にいるのに」
シンドバッドの掠れた声が耳元にかかるだけで、紅玉はぞくぞくと背を震わせてちゅと音を立てて唇を重ねた。
何故、そうしてしまったかは分からないが、シンドバッドの瞳が求めているような気がして。
大好きな目の前の男性がいつもしてくれているように、舌を動かすがうまくできずに涙目になる。
不器用に動く紅玉の舌を楽しみつつ、シンドバッドは内股に手を這わせようとした。

その刹那――。

「はぁ。シンドバッド様ぁ、気持ちよかったですわぁ。もう起きないと。お仕事がんばってくださいねぇ」
無邪気なにっこりとした笑顔。交わりまで行き着かなくて、シンドバッドは肩を落とすも悟られないように笑顔を向けた。
「ああ、……頑張ってくる」
紅玉が気持ちよくなってくれただけで良しとしよう。シンドバッドは自分に言い聞かせた。



恋人は、他の男の名を可愛らしい顔と声音で呟く上に、朝から抱けずにいたシンドバッドの胸中は悲惨なものとなっていた。
「ジャーファル、俺は今、笑っているか?」
王座についても心だけは彼女の元に置いてきたようで、いまいちやる気が出ないと書類を流し読む。
ため息の後に、隣に立つ信頼する部下を見上げて確認の意味で問いかけた。

「…………いいえ。満たされず、不服そうで、尚且つ苛立っている表情です。要するに、嫉妬が顔に出ていますよ、シン。あなたらしくもない」
的確な返答。
吊り上ったままの口角を、シンドバッドは指先で撫でて慰めた。
「そうさせるのは、何だろうな」
彼の人を想って、ぽつりと呟いた。
ぼんやり考えていると、耳元に届くは想い人の楽しげな声。
響く高い声に視線を向けると表情は、ふっと緩む。しかし、その少女の隣に立つ男に、シンドバッドの表情は暗転する。
紅玉の夢を支配していた男が、まさに今、彼女の隣を陣取っている。


珍しく、シンドバッドの眉間に皺が寄ったことを、ジャーファルは見逃さなかった。
「穏やかな気持ちになれない」
「たまにはいいんじゃないですか?本当に欲しいものは、なかなか手に入らないものです」
「だから、強く欲するんだろうな」
悩ましげなため息を零すシンドバッドに楽しげに口端を上げるジャーファルと、視線を感じたジュダルは窓越しシンドバッドに視線を向けると人差し指をくいくいと揺らしてこちらへこいと合図を送る。
シンドバッドは、その様を凝視した。
立ち上がったシンドバッドは、窓越しに二人を見つめた。

ジュダルが紅玉の耳元で何かを囁いた。たちまち、紅玉の頬が赤く染まる。そして―――。
ジュダルの口端が、楽しげに歪む。
その両腕で、ぎゅうっと強く紅玉を抱きしめた。
紅玉は、突然の出来事に驚くが、更に頬を染めてジュダルの腕の中でじたばたともがいていた。

「宣戦布告か?戯れだとしても気に入らんな」
窓に爪を立てて軽く引っ掻くと、射抜くような眼光を向ければ至極低い音で声を落す。
「……、シン、貴方の今の顔、なかなかいい顔してますよ」


「醜くて情けない顔か?」
自嘲して問うシンドバッドに、ジャーファルは即座に首を横に振る。
「いいえ。人間らしい顔です。たまには、恋い焦がれて、みるのもいいのでは?」

「……これ以上、姫君に恋焦がれてしまって困る」
反射的に出た言葉に、シンドバッドは唖然とした。

思った以上に。








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2012/09/22
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