ゆーわくしちゃお?(エース×シンク) 欲求不満。 その四文字がエースの脳裏を過るだなんて、思いもしなかった。 彼自身、今の今までは。 『エースぅ、おはよー』 目が覚めたと同時に、甘い声が耳元に入り込んで、抱きつかれるという一連の流れが当たり前となっていた。 キスしてだの、抱きしめてだのせがむシンクと不健全でいてとても健全な朝を迎えていた。 今朝も、そんな朝を迎えているはずだった。 シンクが首に纏わりついて、構ってと顎下にキスをしてそれで目覚める。 「シンク、くすぐった…あ、……、いなかったか」 目覚めると同時に、無意識に出た名前に片眉を上げて、ため息。 そうだ、昨日も一昨日も、もうずっと彼女は隣にいない。 シンクと触れ合っていない日々を指折り数えると、一週間。 笑えないほど触れ合っていない。 恋人同士の契約をしたわけでもないのだが、なんとなく共に過ごしていた。そして、いつの間にか、合鍵を作って部屋に潜り込んでいたシンク。 ベッドでいちゃついて、素肌をさらけ出して眠って、毎朝共に目覚める。 生活パターンに擦りこまれていた為、それがなくなるととても違和感を感じる。 仔猫みたいに甘えてきて、べたべたしてきて、でもそれが心地よくて。 寝起きのシンクの柔らかい髪を指先に絡めて遊ぶことが好きだった。試しに自分の髪で遊んでみるが、虚しさが募るだけだった。 この感情を表現するのならば、欲求不満。 何故に、ベッドに潜り込んでこなくなったのかは分からない。 自由奔放の彼女に厭きられてしまったのか、もしくは、他に好きな男が出来たのか。 理由はいくらだって考えることが出来たのだが、明確な答えは出てこなかった。 永遠に会わなくなったわけでは無くて、0組に行けばいつだってシンクの笑顔には会える。 切なさに浸っているのに、当の本人はなんてことないかのように緩く、気怠そうだった。 目が合うと柔らかい笑顔を向けて、エースの元に近づいてくる。 笑顔と、シンクの背にある朝陽が眩しくてエースは片目を閉じた。 シンクから近寄ってくるのも、久方ぶりに感じる。 『今夜は来ないのか?』なんて、気を抜けば出てきそうな声をぐっと堪えた。 「エース、おはよぉ。シンクちゃん、まだねむーい」 もやもや考えているエースを後目に、シンクは普段通りマイペースだった。 うつらうつらと今にも眠ってしまいそうな瞼を擦って、腰を下せばエースの肩に凭れ掛って甘える。 「おはよ。講義中は寝るなよ。隊長が怒る」 久方ぶりの声音に、エースの心音も珍しく高鳴る。話したいことは沢山あるのに、素っ気ない言葉しか出てこない。 「んー、がんばりまぁす。ふああっ。エースにしつもーん」 こくりと頷いたシンクは、腕を真っ直ぐあげて顔を覗き込んだ。その表情は楽しげに、エースには映った。 突如聞こえた明るい声音に、ぴくりと反応して眉を寄せる。 「何だ」 「わたしが眠れない理由は?」 「……わからない」 考える素振りを見せず、適当にあしらう様にさらりと答えるエースに、シンクは不服そうに頬を膨らませた。 「もー、じゃあ、ヒント。いち、お腹が空いて眠れない。に、エースがちょこぼに夢中だからさみしくて。さん、エースがいっしょにねよ?って言ってくれないから悲しくて。さあ、どれだ!」 「いちじゃないか。シンクっぽい」 まさか自分の名が出てくるとは思わなかったエースは、僅かに動揺を示して前髪に触れるがそれを気付かれないように視線を逸らしつつ答えた。 「正解は、全部だよぉー。もー、一週間も触ってないのにぃ。エースはわたしがいなくても平気?」 「ここでいつでも会えるだろ」 平気なわけがないと、反論は心の中で。 「そうじゃなくて、夜とか朝とか。皆がいる前じゃなくて、ね?」 納得いかない返答に、シンクはエースの頬を摘まんだ。 握力の強いシンクにされると、それなりに痛い。それなりではなくて、とてつもなく痛い。 「別に、今の状況に不満は無いな」 心と声が別々のことを言っているが、訂正は出来ない。 つまるところは、本音を吐露するのが照れくさいだけで。 「むー。やっぱりシンクちゃんより、チョコボのがすきなんだ。そうなんだ。チョコボ一筋エースのばか」 むぎゅうっと頬を抓られて、シンクの手が離れて行った頃にはエースの頬は赤くなっていた。 「誰がいつ、そんな事言ったんだ?」 チョコボ好きなことは認めるが、シンクよりチョコボが好きだの、チョコボ一筋だのと言ったことのないエースは寝耳に水状態で瞬きを繰り返した。 というよりも、何故このタイミングでチョコボ?エースは、首を傾げた。 「言ったもん。シンクちゃんとチョコボどっちが好きって聞いたら、チョコボって答えたもん!」 「いつ?」 「んとね、一週間前ね、えっちした後。気持ちよくなった後だよ」 「記憶にない」 嘘だった。うっすらと覚えている。 交わった後聞こえた、甘い問いかけに真剣に返答するのが気恥ずかしくて素っ気なく返した。 「嘘だぁー、言ったもん。ホントに?って聞いたら頷いたもん!シンクちゃん、いじけたもん。今もいじけてるもん」 チョコボへの愛情と、シンクへの想いは全く別物なのだが。 シンクの方が好きだなんて、恥ずかしさに負けて言えなかった。 ああ、だからか。シンクが、ベッドに潜り込んでこなくなったのは。 エースは、全ての事に納得して頷いた。 そして、安堵した。 「ああ、だからそれは、そうじゃなくて。何て言えばいいか分からないんだけど」 「そうじゃないなら、なぁに?」 ぐいぐいと問い詰められると、エースも一歩後ろへと下がる。 「……、今夜、僕の部屋に来てくれたら、話す」 真面目な顔をしているシンクだが、口端がほんの少しだけ吊り上るのをエースは見逃してはいなかった。 不器用な駆け引きを始めた。 「話すだけ?」 「一週間分、してなかったことをする」 「うんうん。それってなぁに?」 エースの腕を掴んで、更に問い詰める。我慢しているようだが、シンクの口端からは笑みが零れてしまいそうだった。 「二人で沢山気持ちよくなれることをする」 恥じも承知で言い切るが、シンクは指先を唇に当てて首を傾げた。 「それじゃワカリマセン。どうしよっかな。いこっか迷うなぁ」 「チョコボより、シンクのが良い……、っ、から」 ちろりとエースへ視線をやって、もう一声と言わんばかりの視線を送る。 「うーん」 「来いよ。僕も、これ以上は我慢できない。焦らすな、ばかシンク」 シンクの柔らかい髪を指先に絡めて遊びつつ、エースには珍しく荒っぽい声音で呟いた。 「うん。エースにゆーわくされたから行く〜。でも、ばかじゃないもん!」 見えたエースの本音に、シンクも満面の笑みを浮かべた。 誘惑されたのは、僕の方だと。エースは、シンクの耳元で囁いた。 「ふふっ、シンクちゃんとチョコボどっちが好き?」 「……チョコボは好きだ。欲しくて仕方なくていてもらわなくちゃ困るのはシンクだ」 欲求不満。 今夜は、この四文字から解放されることとなった。 2012/08/30 |