未成熟(シンドバッド×紅玉/紅玉ver.) 愛しのシンドバッドと晴れて良い仲となれた紅玉は、毎日が幸せで満ち溢れていた。 寝所にも呼ばれて、未だ身体を重ね合ったわけでは無いが、共に一夜を過ごすこともあった。 大きな腕で優しく抱きしめられて、共に夜を明かすだけでも、紅玉にとっては深い幸せ。 傍に置いてもらえるだけで、それだけで良いとさえ思う程。 しかし、幸せの中にも不安はあった。 男女が深い仲になるには、肌を重ねることも必要。 箱入り娘の紅玉は、性に関しての知識が乏しかった。それ故に、男女の営みに関しては随分とお勉強した。 知らぬことの多い中で、シンドバッドの腕に抱かれる日の事を想いつつ、今宵も美容風呂で幼い体に磨きをかけていた。 浴室で、頬を真っ赤にしつつ、浮かない顔で大きなため息を一つ。 シンドバッドに、何をされても構わないと覚悟はあるのだが、己の身体には自信が無かった。 発達しかけの乳房や、細い体では彼を満足させられないどころか、呆れられてしまいそうで。 抱きしめられる度に、その不安は大きくなっていった。 「シンドバッド様に、身体を見られたくないわぁ。もっと、胸とかお尻だとかおおきくなってからでないと、だ、男女の営みなんて到底出来ない!」 桃をたっぷりと浮かべた湯船の中から立ち上がると、胸の膨らみに視線を向けてぽつりと呟いた。 ベッドを共にするようになって数か月と一寸。 求められることは、何度も有った。嬉しくて、恥ずかしくて。だが、それよりよ何より、身体を見られて幻滅されるのが怖くて、寝たふりをしてやり過ごした。 そうすれば、シンドバッドはそれ以上の事は求めてこない。優しく抱きしめてくれるのだ。 心の準備が出来るまで、加えて、身体が思うように発達するまでは寝たふりをしてやり過ごそうと、紅玉は心に決めていた。 紅玉は、シンドバッドの胸中知らずに、甘えている節も有った 「ふう。気持ちよかったわぁ」 頬を赤らめて、絹の寝間着に袖を通す。柔らかい生地がお気に入りだった。 身も心もすっきりすると、女中と共に、歩みを進めたのはシンドバッドの寝所。 すうっと息を吸って、扉を数回ノック。 「姫君、どうぞ」 シンドバッドの声が聞こえると、緩む頬を掴んで中へと足を進めた。 月明かりの窓辺に背を預ける恋人に、見惚れて紅玉の歩みは止まる。待ちきれないシンドバッドはゆっくりと近づいて行った。 夜のシンドバッドは、また一段と男の色気を纏っている。 紅玉の心音は煩いくらいに高鳴る。 「桃の匂いがする」 紅玉の手を取ってキスを落すと、シンドバッドはその大きな手を腰に回して首筋へと鼻先を押し付けた。 「あっ、はい。桃のお風呂、好きですの。あのあの、シンドバッド様ぁ」 口づけがくすぐったくて笑っていた紅玉だったが、首筋に這う熱い舌の感触には身震いした。 「すまん。気が早かったな。姫君、湯冷めしないうちに」 シンドバッドの熱に触れるだけで、紅玉の身体は熱くなっていた。月明かりに見える瞳に、ぞくりと背が震える。 こくりと頷くと招かれるままに、ベッドへと急いだ。 二人以外誰もいない寝所で、ベッドの軋む音と、布の触れ合う音が響く。 「姫君……」 ベッドに背を預ける紅玉の下唇を、シンドバッドは親指で触れて重ねるだけのキスをした。 「っ、シンドバッド様ぁ。ふぅ…っ!」 優しいキスが好きだった。しかし、今宵は違った。生暖かい舌がそろりと入ってきて、咥内を掻き混ぜる。 気持ちよくてとろんとした瞳を向ける。 この先に、起こることが予想で来た紅玉は目を見開いた。 求められるのは、狂いそうなほどに嬉しい。だが、それを大きく上回っているのは紛れもない恐怖。 シンドバッドに触れられるのが怖いわけでは無くて、経験豊富な彼に身体を見られて、他の女性と比べられて呆れられる事が何よりも怖かった。 男の手が胸へと触れる。その瞬間、紅玉は身体を縮込めて首をいやいやと横に振った。 「やっ、やめてぇ!」 激しい拒絶にシンドバッドの手も止まる。響いた自分の声で、紅玉も我に返った。 おそるおそるシンドバッドに視線をやると、酷く寂しそうな顔。 「すまない。そんなに嫌だったか?」 シンドバッドの指先が頬に触れるだけで、紅玉は怯えたようにきゅっと目を瞑る。 「違います。嫌じゃなくて。あの、私……」 心情をどう表現したらいいのか分からずに、言葉を詰まらせるとぎゅうっと己の身体を抱きしめた。 暫し流れる沈黙を破ったのは、シンドバッドの方だった。 「ベッドを共にするのは止めようか。一緒にいると、また姫君に触れたくなる」 優しい声音ではなくて、その声は冷たく突き刺さる。 「ごめんなさい」 息苦しくなった紅玉は、それだけ呟くと大好きな腕から飛び出していった。 久方ぶりの独り寝の夜。全く眠れずに、入り込む朝陽に目を細めた。 枕はしっとりと涙で濡れていた。 「……どうしよう。シンドバッド様に嫌われたかしらぁ」 鏡で、腫れた瞼を見ると紅玉はますます落ち込んだ。 唇に残るのは、昨晩の熱い口づけと身悶えてしまいそうな程の温もり。 広いベッドに残る一人分の温もりには、大きなため息をついた。 当たり前の様にあるぬくもりが今は無い。寂しくて、シンドバッドが恋しくてどうにかなりそうだった。 浮かぶ涙を指の背で拭って、ベッドから降りると早々に着替えを済ませて向う先は彼の人の元。 が、扉の前まで来て、ノックをする勇気が無かった。 扉の前を行ったり来たり。 「……ダメだわぁ。やっぱり夜にお話しした方がいいかしら」 昨日の今日で何といえばいいのやら。後一歩が踏み出せずに、紅玉は自室へと戻っていった。 「シンドバッド様、今頃、何しているのかしら」 一人でいると悶々と考えてしまうのは昨晩の事。拒絶してしまった手前、声をかけることも出来ない。 その上、悪い考えばかりが浮かぶ。呆れて、他の女性の所に行ってしまったらどうしようだとか。 マイナスの考えが、溢れかえってくる。 一人でいてはいけないと、向かった先は小さな花が咲き乱れる庭園だった。 小さく揺れる花を見ると心が癒される。紅玉にとっては癒しの場所だった。 先客が一人。向けられた笑みに応えるように頷いて、そっと隣に腰を下ろした。 「……お友達からのご意見を聞きたいの」 初めてできた友達。友達と口にするには未だ気恥ずかしくて、揺れる花を指先でつつきつつ、紅玉は視線をアリババに向けた。 「なんでもどーぞ」 変わらぬ笑顔に、紅玉の頬も緩んだ。 「男の人は、その、胸が大きい女性が好きなのかしら?」 「!」 問いかけには一瞬耳を疑った。が、真剣過ぎる紅玉の瞳に、アリババもまた笑い飛ばすなんてことは出来ない。 「そりゃまあ、胸もでっかくてむちむちした子はいいよなーって思うけど。って、その目はやめてください。一般論だから」 じとーっとした紅玉の視線に耐え切れなくなると、アリババが慌てて言い訳をした。 「やっぱり、シンドバッド様もそうなのね……。うう……、ますます見せられないわ」 しょんぼりとして、涙を浮かべる紅玉に居た堪れなくなったアリババは己の髪をくしゃりを掻き上げて続きを紡いだ。 「本当に好きだったら、そんなの関係ないと思うけど。心配なら、うじうじしてないで聞いた方がいいんじゃないか?悩んでいる間にも、他の女にとられちゃうかもーなぁんて」 沈んだ紅玉の顔が一瞬花開いたかと思えば、また寂しそうに瞳を潤ませる。 どうしたらいいか分からないアリババは、とりあえず昨晩の事を聞き出して首を傾げた。 「私、シンドバッド様に嫌われてしまったのかもしれないの!もう、触れてもらえないかもしれないわぁ」 グスグスと泣き出す紅玉に、アリババは困ったように眉を下げる。 数か月、愛する人と寝所を共にして手を出さないなんて考えられない。 シンドバッドに尊敬のしつつ、其れほどまでにこの皇女を想っているという事を知った。 「いや、それはないだろ。シンドバッドさんが、別々に寝ようってって言ったのは、あの、な。男の事情だ」 「男の事情ってなんですの?」 「いやー、まあ、男にもいろいろとあるんですよ。とにかくさ、話し合ってみろよ。自分の気持ち、はっきり言った方がいい。嫌われてるわけじゃねえから」 慰めながら、器用に作った花冠を、紅玉の頭に乗せつつ、アリババは彼女の背を押した。 「……ありがとう。お、おともだちにお話ししてよかったわ」 器用に作られた花冠に触れて、紅玉はにっこりと笑みを浮かべた。 アリババからもらったアドバイスを胸に抱きしめて、早数時間。 忙しいシンドバッドに逢えずに、気付けば太陽は沈んでいた。 そして、今夜は大宴会。呑んで騒いでと、賑やかな王宮で、紅玉はぽつんと一人室内に籠っていた。 ジャーファルに声をかけられたものの、紅玉は首を縦には振らなかった。 シンドバッドに会って謝ろうと思うも、楽しい席を台無しにしてはならないと。 「シンドバッド様に逢いたくておかしくなりそう」 話をすることが出来なくても、お顔だけでもと、考えるよりも先に紅玉の足は動いていた。 ぐったりとしたシンドバッドは、八人将が一人のシャルルカンに支えられて王室へと戻っていた。 その隣には、ヤムライハ。 「王サマ、飲み過ぎ。相当酔ってんなぁ」 「珍しいわよね。何か嫌な事でもあったのかしら」 「今日は、あのお姫さんがいなかったからじゃねぇ?王サマ、着きましたよ」 王室に着くと、シャルルカンがシンドバッドに声をかける。 うっすらと目を開けると、何を血迷ったかシンドバッドはヤムライハをぎゅうっと抱きしめた。 シャルルカンの顔は真っ青になる。 紅玉の顔も真っ青になって、開いた口が塞がらない。 「紅玉姫……」 「ちょっ、私はあのお姫様じゃないですよー」 耳元で囁かれた名に、ヤムライハは胸板を力強く押して抵抗した。 「これ、俺の女ですって」 尊敬する王がまさか、ヤムライハに気が合ったなんてと訳の分からないことを考えつつ、混乱した頭で引き離そうとするも、飛び出してきた紅玉に目を奪われた。 「シンドバッド様ぁ、私は此処です。他の人に触っちゃいやぁ」 腕に触れるぬくもりと、愛しい声音に目をぱちぱちと動かしシンドバッドは視線をそちらに向けた。 ヤムライハからシンドバッドを引き離すと、紅玉はぎゅうっと広い胸板に抱きついて頬を寄せた。 「お前は、こっちだろ。帰るぞ」 「やだ、ばか。恥ずかしい!」 ヤムライハの腕を引いて、シャルルカンはぎゅうっと抱きしめた。 腕の中で喚くヤムライハを気にも留めずに、二人は離れて行った。 「シンドバッド様のばかぁ」 思えばヤムライハの身体は、むちむちで正に男性の理想ともいえる。 矢張り、シンドバッドもと思うと、紅玉はショックで仕方なかった。 「あれは、姫君と間違えてしまったんだ。泣かないでくれ。愛しい姫君。昨日は、悪かった」 紅玉の涙で胸板がしっとりと濡れる。頬を伝う雫を指先で拭うと低い声音で耳元で囁いた。 「ちが、昨日は、私が悪くて、怖くて。シンドバッド様っ、っく、嫌わ、ないでぇ」 謝罪するつもりが、先に謝られて、申し訳なさで涙は次々と溢れる。 ふるふると首を横に振って、嗚咽交じりに紡ぐ。紅玉の真意を汲み取れないシンドバッドは、怖いの意味を勘違いして受け取っていた。 紅玉が怖れているのは、自身に触れられる事だと思っていたのだ。 「嫌ったりしないさ。嫌なら、ああいうことはもうしない」 「ちがっ、ちがいます。触れられるのが、ふっ、怖いんじゃなくて。私の子供のような身体を見て、幻滅されるのではないかと思って、それが凄く怖くて……」 「幻滅なんてしないけどな、カラダで姫君を選んだわけじゃないのだから」 すっかり酔いの冷めたシンドバッドは、震える紅玉の声を聴いて、至極穏やかな声音で呟いた。 「がっかりしない?絶対にしない?」 「しない。カラダを見なくても興奮するくらいだ」 そういう性癖を持ち合わせているわけでは無いのだが、シンドバッドは熟す前の紅玉が欲しかった。 下世話な話をすれば、これから自分が成熟させていきたいと思う程。 紅玉の抱えるコンプレックス程ごと、抱きしめたいと思う始末。 「シンドバッド様ぁ、だいすき」 大好きな人からの言葉に安心した紅玉は、シンドバッドの匂いを吸い込んで胸板に頬ずりをして甘えた。 シンドバッドも理性が切れそうな所を抑えて、朱い舌を出すとねっとりと紅玉の首筋を舐める。 欲しいという合図の代わり。 「ま、待ってぇ。シンドバッド様ぁ、まだお風呂に入ってないから……」 「一緒に入ろうか」 綺麗にしてやると耳元で続けられて、紅玉は顔を真っ赤にして頷いた。 未成熟の肢体に、大人の男の指が優しく這う。今後、この男らしいに染められていくのだと知れば、抱かれる前から、紅玉の身体は悦びに悶えていた。 2012/08/22 |