お膝の上で(シンドバッド×紅玉) 「シンドバッド様、愉しそう」 夜毎開かれる宴の席で、豪快に酒と女遊びを楽しむシンドバッドへ、熱い視線を送っていた。 愉しげに笑う想い人の隣へ行って、共に笑いあいたいと思えど、その一歩が出ずに物陰から彼の人を見守っていた。 煌びやかな女性たちに嫉妬して眉根を寄せるものの、覇王の心は自分に向いているわけでは無い。 あの穏やかな笑みを自分のモノだけに出来たのならば。叶わない願いに、ため息を一つ落とす。 もどかしい気持ちを秘めたまま、暗がりで紅玉はもじもじとしていた。 こういう時に頼れるのは、信頼している付き人なのだ。 「ああ、少しだけでもいいからお話ししたいわぁ。夏黄文。どうしたらいいのかしらぁ?」 後ろを振り返って従者へと意見を求めようとしたが、その姿は無い。 首を傾げて宴会へと視線を向ければ、己が主は此処だというのに、その存在を忘れているかのように宴に紛れて楽しむ夏黄文に、紅玉は目を疑った。 「私を誘ってくれてもいいのにぃ!」 わなわなと震えて、従者へと近づこうとしたその時だった。 ほろ酔い気味のシンドバッドが自らの席から立ち上がった。 視線を右から左に流して、何かを探しているような素振りを見せる。行きついた先は、夏黄文。 ぴたりと視線が止まって、首を傾げる。 「姫君が、見当たらんな」 呟きは、紅玉の耳には届いていた無かった。 「どうしたのかしら?」 その様子を見ていた紅玉は、シンドバッドの行動を見届けようと、宴の席へ向かう事を止めた。 立ち上がる仕草でさえも、恋する紅玉にとっては息を呑むほどに焦がれるもの。 壁に手を置いて、やり場のない想いをそこへと残した。 近づいてくるのは、間違いもなく、シンドバッド。 気づいたころには、大きな影に包まれていた。 雄々しい瞳から目が離せずに、見上げていると穏やかな笑みを送られてきた。紅玉も、ぎこちなく口端に笑みを作る。 「姫君、こんなところにいたのか」 シンドバッドは、屈んで視線を合わせた。 「あっ、は、はい。あの……その」 今までにない至近距離に、上げたままの視線を咄嗟に下げてしどろもどろに答えた。 両手を絡み合わせていた紅玉だが、それはシンドバッドによって解かれた。 手首を掴まれて、シンドバッドはその手を引くように歩き始める。 抵抗する気もない紅玉は、黙って背中を見つめた。 「飲み過ぎた。膝を貸してくれ」 招かれたのは、広すぎるシンドバッドの寝室。そこで漸く、優しく掴まれた手首を解放された。 熱い手首を胸元に抱き寄せて、紅玉は首を傾げる。 「お膝、です……か?」 二人きりという緊張感からか、頭が回らずに問いかける。 分かっていない姫君に、痺れを切らしたシンドバッドは自身の髪をくしゃりと掻き上げて、再度手を取ってベッドに座らせた。 「シンドバッド様、何をすればいいのでしょうか?」 高鳴る心音を堪えて、触れられた手首を大事そうに抱きしめて紅い顔で問う。 ベッドに招かれた、イコールで、そういった男女の契りが行われるという事を想像してもいいはずなのだが、性的知識の薄い紅玉はそれすら分からずにおずおずと問いかける。 あわよくばとどこかで考えていたシンドバッドも、警戒心の無い紅玉に毒気と共に酒も抜けて、純情すぎる姫君と己の邪な気持ちに肩を揺らして笑った。 「何もしなくていい。姫君の膝で眠らせてくれ」 有無を言わさずに、膝上に頭を乗せると月明かりでほんのりと映る紅玉の顔を見つめた。 「は、はい。私のお膝で宜しければどうぞ。ゆっくり眠ってくださいね」 何度も頷いて、紅玉はシンドバッドの額にそして頬に触れた。 「おやすみ」 一回り大きなシンドバッドの手が、紅玉の手を包んで、目を瞑ったまま悪戯な笑みを浮かべると手の甲をぺろりと舐めあげる。 「ひゃうう。くすぐったいです……」 男性との触れ合いの皆無だった紅玉は、手の甲に舌先を感じると硬く目を閉じて小さく震えて固まった。 そっと目を開けると、シンドバッドは安心しきった様子で眠っていた。 「シンドバッド、様?」 膝上で眠る想い人にそっと声をかけるが反応は無い。 辺りを見渡して誰もいないことを確認すると、紅玉は大胆な行動に出た。 前屈みになって頬を一撫ですると、寝顔を見つめた息苦しくない様に、起きないようにと気を遣って震える手で、シンドバッドの頭を抱きしめた。 「今夜だけは、私だけのシンドバッド様でいてください」 普段、決して言えない言葉を、声を振り絞って呟いた。 「……、今夜だけでいいのか?」 即座に返ってきた声に、紅玉は気恥ずかしさに頬を染めて、そっとシンドバッドから手を離した。 否定も肯定もない紅玉に、シンドバッドはうっすらと目を開けて表情を窺う。 純粋な思いを瞳に宿したまま、言葉の代わりに紅玉は首を横に振った。 女として、七海の覇王を求めていいのか分からない。 紅玉の瞳には、うっすらと雫が浮かぶ。伸びてきたシンドバッドの指先がそれを拭った。 膝上の覇王が、誰のものでもない、唯一人の男に見えた瞬間だった。 2012/07/13 |