策略の先に(シンドバッド×紅玉) | ナノ

策略の先に(シンドバッド×紅玉)


『いつまでも、私の国にいてくださいね!』
己の目指す高みの為ならば、虚言さえも、さも真意であるかのような口ぶりで紡ぎだすことが出来る。
皇女がシンドバッドに向ける想いは、彼にとって非常に好都合で有り難かった。
それは、決して男として感じるものでは無く、世を統べる王としての感情。
どうにでも利用できると、思わず上がる口端に気づけば緩く噛んでそれを戻した。
煌帝国の皇女へ頭を下げると、シンドバッドは背を向けて張り付いた笑顔を緩やかに落とし、一息つくべく紫獅塔へ歩みを進めた。





大いに利用できる反面、時として、女というものは、特に恋をする乙女というものは無邪気で厄介なものだ。

緩やかにだが、大きく変わり始めた空を一瞥して、王宮の廊下を一瞥していた昼下がりの事だった。
巡る風の音を目を閉じて聴いていると、柔らかい女の声にそっと片目を開ける。
隣にとらえた視線に、引き攣りそうになる口端を何とか笑みに変えてシンドバッドは頷いた。
「シンドバッド様。今日は、良い天気ですね!」
頬を真っ赤に染めて、おずおずとした様子で、しかし、一生懸命に声を絞り出す紅玉を邪険には出来ない。
「ええ、姫君。今日も、穏やかな風が流れていますね」
ついつい癖で、シンドバッドは紅玉の手を取って甲へと唇を当てるとにっこりと微笑む。
「きゃあっ!シンドバッド様、お恥ずかしいですわぁ」
男性との触れ合いに慣れていない紅玉は手を引っ込めて、紅に染まる己の頬を両手で包んで首を振る。合間に、ちらりと見上げてまた首を横に振って気恥ずかしそうに振舞う。

「これは、っ、失礼しました」
純粋で、今まで接してきたどの女性とも違う反応にシンドバッドは顔をしかめて、そしてすぐに声を上げて笑った。
「!そ、そんなに笑わないでくださいませ。わ、私、何か変ですか?」
はっとなった紅玉は寂しそうな顔をしてシンドバッドを見上げる。それが、またおかしくてシンドバッドは続けて笑った。

「っ、いえ。顔を真っ赤にして可愛らしいなぁと思いまして」
ぽろりと零れた本心に、シンドバッドも一瞬固まる。紅玉に視線を向ければ、目を輝かせて嬉しそうに口端を緩めて、何とも言えない嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「シンドバッド様、だから……、こうなってしまうのです。うう、恥ずかしいですわぁ」
ぽそぽそと小さな声で紡いで、ちろりと視線を向ける。

「それは、光栄です、ね」


利用すべき、煌帝国の皇女なのだが、良からぬ感情が過った。
男として、愛でたい、と。

刹那、シンドバッドの顔が強張った。
「……姫君、私はこれで」

一瞬の想いを打ち消すべく、己に言い聞かせると作り上げた笑みを浮かべて紅玉の横を通り過ぎる。



八人将との会議中にも、ふと過るのは紅玉の笑顔と控えめな声。
支配する筈が、浸食される柔らかな感情にはシンドバッドも眉根を寄せて首を横に振った。



そして、感情を整理するにはうってつけの穏やかな風の流れる夜。

「シンドバッド様ぁ。先程は、失礼いたしました。何か、お気に召さないことがあったのでしょうか?」
甘ったるく細い声に、感情は呼び戻されて大きなため息をついた。背中越しに感じる吐息に、走ってここまでやって来たのだろう事が予想される。
呼吸を整えて、振り返る先には頬を染めた紅玉の姿。
惑わされてはならぬと、シンドバッドは硬い表情のまま一歩と近づいた。
軽くあしらうつもりで。

「いいえ。気になさらず」
シンドバッドは、この一言で終わらせるつもりだった。頬に絹の布地が当たる。かと思えば、甘い花の香り。
それはどうやら、頭の上からするようで。
シンドバッドはそっと手を伸ばしてその花の柔らかさに触れた。
「あの、男性にこのようなものを、差し上げるのは……おかしいかもしれませんが、先程のお詫びと、日頃の感謝です」
無邪気すぎる笑顔が、心苦しくなると同時に妙に切なくて。
「ありがとう」
複雑な表情を抱いたまま、シンドバッドは紅玉の頬に触れた。



策略の先に抱いたものは、至極、滑稽な感情だった。


2012/07/11

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