不器用な恋愛 | ナノ




不器用な恋愛


「ふう……、思い過ごしだといいンだけど、最近誰かにつけられているような気がするの。」
思い当たる節は幾つかあった。武官で有るエミナはいざとなったら、魔法で片を付けてしまえばいいと思ってはいても、もし抵抗できない状況に陥ってしまったらと不安な日々を過ごしていた。
たまたま、訪れたカヅサの研究所で近況を問われてぼやいたその日の夕方からエミナはクラサメと頻繁に顔を合わせるようになった。

そして、エミナの家の近くで任務があるからという理由で家まで送ると言ってきたのだ。
自宅付近で何の任務が有るのだろかとエミナは不思議で仕方なかったが、敢えて深く追求することはせずにここ数日の不安から逃れたくて有り難いお言葉に首を縦に振った。

「クラサメくん、はやいネ。」
魔導院から出てきたエミナを待ち構えていたようにクラサメは仁王立ちになって立っていた。その迫力に圧巻される。
女子生徒の視線を独り占めにして、エミナの方へ近づいていく。女子の視線に居た堪れなくなったエミナは早歩きでクラサメの元へと急いだ。
「……帰るぞ。」
傍から見ればまるで恋人同士のような二人。待ち合わせをしているわけではないが、ここ何日は同じ光景が続く。
候補生の中には二人の関係を疑ってヒソヒソと有らぬ噂を立てるものまでいた。
エミナはその視線が気になっているにも関わらずに、クラサメ自身まるで気にしていなかった。彼の視線と意識はエミナにだけ向かっていた。
クラサメが一歩前を歩いて、その後ろを守るようにトンベリがとことこと歩いている。エミナはトンベリを見つつ可愛いと胸をキュンとさせていた。
数十分と短い期間ではではあるが共に過ごす時間が心地よかった。加えて、トンベリとも仲良くなれた。とエミナは思っている。

「ねえ、クラサメくん。ワタシ、トンベリくんと少しだけ仲良くなれた気がするの。」
トンベリににっこり笑みを浮かべて、エミナに合わせてはいるもの若干早歩きで風を切って歩く彼に言う。
「会話でもしてるのか?」
クールではあるがすっとんきょうな発言をする彼にエミナは声を上げて笑った。
「してませんっ。トンベリくん、ワタシが隣にいくと包丁の角度が下がるの。これって、距離が縮まっているって事じゃない?」
エミナは、ねーっとトンベリに同意を求める、が、勿論、返答は無い。ただじっとエミナを見つめていた。
嬉しそうに満面の笑みを浮かべるエミナを一瞥して、背後のトンベリに視線を向けると包丁の角度は寸分違わずにいつも通りだった。
クラサメが視線を向けると同時にトンベリは包丁の角度を元に戻して、エミナの視線が来るとばっと包丁を下げて敵意は無いよと言いたげにクラサメの背を追う様に歩く。
「……そうだといいな。」
それに気付かないクラサメは、そんなことあるわけがないと声音に表して気のない返事をした。
「もお、クラサメくん、ワタシのことバカにしてるでしょ〜。」
信じてくれない彼にむうっと頬を膨らませて駆け足で肩を並べると、クラサメの硬い二の腕をつんつんと突いた。
エミナが視界に入ると、クラサメの歩調も徐々に遅くなる。
「バカにはしていない。もしかしたら、そんなこともあるかもしれない。」
会話を盛り上げるような、巧い言葉が出てこないクラサメは自身にため息をついた。
「もう、いいですよー。」
そのため息を自分い向けられたのではと感じたエミナは一層頬を膨らませる。
しかし、本気で怒ってなどいなかった。他愛のない会話ができることに幸せを感じた。
エミナを口説いてくるがつがつした男性とは異なっている独特の雰囲気の彼が好き。そんなことを考えていると、エミナも言葉が出てこなかった。
沈黙の渦に広がるのは足音だけ、クラサメは怒っているのだろうかと窺うように彼女を見た。
「ねぇねぇ……、ずーっと思ってたんだけど。これってちょっとデートみたいじゃない?」
二人並んで肩を重ねて歩く。
気付けば歩調を合わせてくれているクラサメの優しい心遣いが心地よかった。
地を踏みしめて、視界にクラサメを捕える。拗ねた口調とは180度変わって、照れくさそうに呟いた。

変わらないクラサメの表情に、任務だというのに浮ついたことをいってしまったかと慌てつつ返事を待った。
「たった数十分と短いがな。」
短いと強調させて、そこに残念だと言いたげな色を混ぜて紡ぐ。肯定とも取れる言葉に、エミナの口端はまた緩んだ。
「短くって残念?今度、デートしちゃう?いつも送ってくれるお礼…させて欲しいナ。クラサメくんの任務が終わったら。」
「私でいいならば……。」
ほんのり良い雰囲気のまま突っ走って見た結果の返事はOK、ストレートに返せないクラサメなりの精一杯の言葉に、エミナはくすぐったくなった。
「クラサメくんがいいの。」
デートの約束を取り付けられて、胸はいっぱいのエミナに、不安に思う心は消え去っていた。クラサメが傍にいることが不安などは当の昔に吹っ飛んでいたのだが。
クラサメと共に行動し始めてから、誰かにつけられるということはなくなった。不快感は一掃されて、やってきたのは今までにないくらいの至福感。
エミナの胸はいっぱいだった。


「よかったね!エミナくん、誰かにつけられることなくなったって言ってたよ。いやー、クラサメくんの幸せのためなら、なんでもするよ。だから、カラダの研究を……。」
一人べらべらと喋くるカヅサに、一睨み。
「うん、なんでもない、ごめんなさい。」
凄味のあるクラサメに、眼鏡がかち割れるかと思ったカヅサは平謝りをした。
「助かった。」
様々な意味でありがとうと言いたいクラサメだったが素直になれずに呟いて、カヅサの研究室を後にした。

カヅサの企みだった。エミナの自宅近くでクラサメの任務など始めからなかった。
エミナが誰かにつけられているというのは本当だったので、いい機会だと二人の背中を押してみたのだ。
思いのほかうまくいって一安心。

二人ともそつなくなんでもこなすように見えて、互いの事となると不器用で焦れったくなるから困ったものだとフラスコ片手にカヅサはぼやいた。
「カラダだけでなくて、心も研究材料にしたいくらいさ。色恋に夢中になるクラサメくんも面白そうだ。」
ニヤリと口端を上げて呟くカヅサの邪心が伝わったのか、クラサメの背筋はゾクリと震えた。

振り返ってカヅサの研究室に視線を向けた。良からぬことを考える同期が気にかかったが、そんな事よりも今夜のデートのことで頭がいっぱいだった。



2011/12/09