つなぐ(エイト→サイス→キング) 「エイト……、さっきからアンタの背ばっか見えるんだけど」 コルシの民の依頼で、迷いの森にしかない薬草を取ってきてくれという任務を実行中のキング、サイス、エイト。 どんよりした空気の森の中で、決して迷わない様にと気を配っていた三人だが、森に渦巻く霧に容赦なく惑わされた。 サイスは、エイトよりも頭一つ分以上大きなキングの背を見つめていたのだが、いつしか金髪は薄れて柔らかそうなやや朱茶の髪が目に入る。 「……、キングとはぐれたよな」 静止したエイトは振り返ってしまったというように眉根を寄せる。霧の中から呆れかえったサイスの顔が瞳に映った。 「んだよ。アンタとじゃ、なあ」 「オレじゃダメみたいだな」 その言葉に、エイトもカチンときたのか片眉を上げてサイスを見た。 「ガキの頃からキングの後追ってただろ。そんなヤツと一緒じゃあな。腹立つと、見境なくやっちまうかも」 何年も前から変わっていない視線の位置。思い返せば以前もこのような事はあった。 戦闘訓練と言われて、三人一組になってモンスターの蔓延る森の中に置き去りにされた。 アレシアの元へやってきて未だ数か月しかたっていない幼い日の記憶。 エイトは今よりもずっと幼くて、よく笑って、泣き虫で、血気盛んな男たちの中では一番ひ弱に感じた。 血を見るといつも泣き出しそうな顔をする。サイスは、それが大嫌いだった。 モンスターもろくに倒せないのに、そのくせ武器は自らの拳だという。 嗤えて仕方が無かった。三人一組で組んだ時も、誰よりもモンスターを倒した数が少なかったことも覚えている。 あの時もこの三人だった。エイトは、キングの背を追いかけて、助けてもらっていた。 闘う意思のない人間が、何故マザーの元へ?なんなら、歯痒くてあたしがここでやっても構わないのにと思う事も度々あった。 甘い考えだと、すぐにくたばってしまう。 ナインと組むのも好ましくなかったが、エイトと組むのも好きではなかった。 そんな、胸中が現れて顔つきが冷たく険しくなる。 この状況、幼いあの頃と同じだ。あの時も、こうやってキングと逸れた。 「今のオレは、昔のオレじゃない」 確かに、あどけない表情は抜けて締まった表情をしている。けれども、サイスはエイトのすべてが気に喰わなくて突っかかった。 「どーだか、武器が拳っつーのもな。好きじゃねぇんだよ。そんなんじゃ大量にぶっつぶせねぇだろ」 両の手の拳を睨みつけて、サイスは鼻で嗤う。 濃い霧の中で強まる不安を、エイトにぶつけた。 反論しないのが、面白くないのかサイスは訝しげな表情をして霧の中を一歩と歩く。 「サイス、一人で歩くな」 「ああ?うるせーな。立ち止まってても意味ねーよ」 はあっとため息をついて、霧の中をもがくように歩く。その中で、探し求めていた金を見るとサイスの表情も僅かに緩む。 「キング……」 振り返ったキングの顔が霧に呑まれてよく見えない。 額に突き付けられた熱を持った銃口にサイスの背は震えた。 「キング、あたしだって」 ぐっと額にのめりこむほどに押し付けられた。 引き金を引く音が近くに聞こえて、エイトの声が遠くに聞こえる。抵抗できないと無意識に最期を覚悟した瞬間だった。 身軽で小柄なエイトがサイスの前に入り込んで、キングに拳を突きつける。抉る様な鈍い音が耳に届いた頃には、全てが終わっていた。 「……はぁ……、キングの事、いつも見てるんなら本物か偽物かくらい分かるだろ?」 思いきり打撃を与えたせいで、拳には酷く鈍い痛みが走る。目の前にごろりと転がるのは、キングに擬態したモンスターだった。 人とは違う、モンスターの臭気が鼻先の奥に入り込んで嫌な感じがする。 何が起こったか分からない感覚と、助かったという安堵感からかサイスは大木に背を預けて、エイトに視線を向けた。 「……いつも見てるわけじゃねーよ」 ありがとうよりも先に出てきた憎まれ口に、サイスはくしゃりと髪を掻き上げた。 霧の中の幻影から、救ってくれた現実の拳に手を伸ばした。 幼いころとは違うのだ、と、漸く理解はできたが、未だ認めたくなかった。 「怪我はしていないな。キングの後を追っているのは、オレじゃなくてサイスの方だ」 エイトも応えるように手を伸ばして、作った拳を解放してサイスの手を取る。 ぽつりと呟いた瞳が、サイスには寂しそうに映った。しかし、理由はよく分からなかった。 「離れて歩かない方がいいよな。……手、繋いでおこうか」 真面目な顔して、エイトはさらりと言う。ちなみに、真剣に考えた結果なので下心などは無い。 「馬鹿じゃねぇ?」 サイスは即座に突っ込んだ。真面目にそういう事を言われると照れるどころか、大丈夫なのかこいつはと。 「だよな。バラバラにならないようにしたかったが」 次の方法をと考えるエイトの目は真剣そのもの。時間の無駄だと判断したサイスは隣に並んだ。 「仕方ねぇ。はぐれんじゃねーぞ。キングに言うなよ」 手を繋ぐのは気恥ずかしかったので、サイスはエイトの袖口を掴むことにした。 キングと逸れたこの状況は、幼いあの頃を変わらずだったが一つだけ変わった所が有った。 『エイト、泣くな!手ぇつないでてやっから』 お互い傷だらけで、血まみれで治癒魔法も使えなかったあの頃。モンスターを振り切って、泣き出しそうになるエイトの手を握って森を駆け抜けたこと思い出した。 頼りなくて、泣き虫で、大嫌いだった。 「わかった。オレとサイスだけの秘密だ」 「だーかーら、そんな顔で変な事言うんじゃねぇ!」 1cm。サイスの方が大きい。 けれども、エイトの背中が頼もしく見えた。 - - - - - - - - - - 2012/06/16 |