ちゅーできないネ(ナイエミ・マキレム・エイシン・ジャクセブ・キンサイ) | ナノ




ちゅーできないネ(ナイエミ・マキレム・エイシン・ジャクセブ・キンサイ)

※ギャグ・ばかっぷる全開



「あちぃいいい!」
リフレッシュルームにナインの、咆哮が響いたのは昼よりも少し前の事だった。
クラサメの授業を、腹が減ったからという理由で早々と抜け出して向かった先は食欲そそる香りのするリフレッシュルーム。
今日の気分は、あっつあつのビーフシチュー。
目の前に出されたそれを一口、急いで食べた為、吐息で冷ますことはしなかった。
それが、非常に宜しくなかった。
勢い余って咥内にそれを運ぶと、ナインは勢いよくそれを吹きだしてトレイのシャツにぶちまけた。
トレイのシャツがどうのこうのよりも、唇が大変なことになっている方が気になった。
唇に集まる熱と、激痛にナインは眉を寄せる。水ぶくれができてしまう程に腫れた唇を冷たい水で冷やすと、癒してもらうべくエミナの元へ向かった。

「あらあら、痛そうネ」
恋人の突然の訪問に、エミナの口端も緩まる。
エミナの指先がナインの唇に触れようとする。しかし、弱った其処に黴菌でもはいってしまってはと、ぎりぎりの所で踏みとどまった。

「いてぇぜ。エミナせんせぇどうにかしてくれ」
「お薬、塗っておこうね」
「薬っつーかよ。エミナせんせぇの唇で……」
エミナは、クスクスと笑って綿棒に薬をつけるとナインの唇を何度かつついた。
「んー?唇、ただれちゃってる。治るまでちゅーできないネ。治らなかったら、ずぅーっとできないね」
(ちゅーできないネ、できないネ、出来ないネ―――×∞)
ナインの頭の中で、エミナの言葉がエコーとなって響いた。
顔を真っ青にしたナインは、よろよろと立ち上がる。
その表情は、この世の終わりとでも言いたげだった。エミナが、ナインに背を向けて新しい綿棒を探す。
振り返った其処には、残像すらなかった。
「あ、アレ?冗談なんだけど……」









ナインの心が大変なことになっているなんて、0組の女子たちは知る由もなかった。
0組の教室は、女子たちの黄色い声でいっぱいになっていた。
「ねーねー、レムとマキナってさ、もう、ちゅーとかしちゃったの?」
人様の恋愛事情が気になるケイトは、にやにやしながらレムに問いかける。
「もう!マキナとは、そんなんじゃないよ」
やんわりとはぐらかして頬を染めるレムの表情は、恋する乙女そのものだった。
「えー?嘘だ!……ナイン、ひぃ!」
レムをからかっていたケイトだが、背後に感じるのは禍々しくどんよりとした空気。恐る恐る後ろを振り返ると、ナインがいた。
生ける屍になったナインが、確かにそこにいる。
思わず、悲鳴を上げた。

「レム……、ちょっとこいやコラァ」
コラァの言い方も、いつもと違う。ナインはレムを睨みつけた。
「あれー、愛の告白ぅ〜?マキナんいないからチャンスだね!」
何やら面白いことが始まりそうだと、わくわくしつつ横槍を入れてシンクはレムとナインの遣り取りを見つめていた。
「う、うん。ナイン、どうしたの?」
「いいから、裏庭にこいや」
「???」
鬼気迫る表情のナインを、レムは理解できないでいた。気付かぬうちに、ナインを傷つけるようなことをしてしまったのでは?
首を傾げて考えていはみるものの、心当たりはまるでない。兎に角、話を聞こうとナインの言葉に従った。

「ちゅー出来ねぇのは困る」
二人は裏庭に向かった。
ぽつりと聞こえたナインの言葉を、シンクは聞き逃さずに脚色して拾い上げた。

「ナインってば、レムっちに夢中ぅ〜?ちゅーしたいんだって」
大きな声で楽しげに言うシンクの背後には、リフレッシュルームで大盛りナポリタンを平らべて、極めつけに口端に拭き忘れたケチャップをつけたマキナがスタンバイしていた。

「ナインがレムに無理やりちゅーをしているだ……と?」
どこをどう聞き間違えたらそうなるのか、このレム厨は。
後ろでこの状況を冷静に眺めていたキングは静かに思った。
(ナインがレムと、レムとナインが、ちゅーをしている×∞)
マキナの頭の中で、ナインがレムに襲い掛かっていると、妄想が酷い方に飛躍していた。
レム大好きなマキナはわなわなと震えて決意した。ナインを討伐してしまうという事を。
そんなマキナを見たシンクは、何やら面白そうなことが始まるに違いないと彼の後を追う。



「レム、コラァ!俺の唇治してくれ」
「ええ?あ、唇、ああ、ほんとだ。水ぶくれになってるねぇ」
ナインの鬼気迫る表情に何を言われるかと思いきや、その要望は至極まともなものだった。
今までの経緯を聞きつつ、レムは何故ナインが自分の元へやって来たのかまで事細かに聞いた。
「ふふっ、ナインがそこまで言うなら頑張ってみようかな」

唇の水ぶくれが治らなければ、エミナと一生キス出来ないと思い込んでいるナインはこう考えたのだ。
現代医療でも治療に時間がかる。
魔法に長けているレムならば、この唇の腫れをなんとか治してくれるかもしれない。
ナインは藁にもすがる思いだった。レムが、顔を近づけてナインの唇を見つめる。
傍から見れば、口づけをしているようにも見えた。
そこでまた、タイミング悪くマキナが登場。前情報で、ナインがレムとキスしたがっていると思っているマキナにはどぎつい光景だった。

「ん、どうかな、ナイン?」
唇メインにケアルをかけてみる。部分的に魔法で癒すことなど初めてだったが、器用なレムは難なくこなしていった。
「なんか、すげー暖かくて気持ちいいぜ」

マキナは慄くと同時に、哀しみに打ち震えた。レムが、まさかナインに唇を許すなんて。まだ、自分ともしていなかったのに。
この悲しみを少しでもやわらげるには、兎にも角にもナインと一戦交えなければならない。と、流石マキナ。間違った思考に動かされていた。


「ナイン、レムの唇を奪うとはいい度胸だ。オレと――」
こんなところで大切な仲間と闘うとは。だが、マキナの瞳には、躊躇いは無かった。
言いかけた途中で、背筋を震わせた。自分のよりももっと禍々しくて怖いなにかがすぐ後ろにいる。
背筋が、怒りとは違う恐怖で震えている。ナインとレムの視線もマキナから外れていた。

「なーいーんくん、ちょっと向こうでお話ししよっか?」
出会った当時を髣髴させる「待ってたよ」並みの笑顔なのだが、声音が恐ろしいとナインは野生の勘で思った。
「…………、はい」
背筋をぴんっと真っ直ぐにしたナインは、手招きをするエミナの元へ向かう。
「冗談なのに、いくらちゅー出来ないからって他の子とちゅーしちゃダメだよ?」
「してねぇよ。レムに治してもらったんだよ。あいつの魔法ってすげぇだろ。エミナせんせぇとちゅー出来ねぇなんて、死ねるぜ!マザーでも蘇生不可能だぜ!」
「かわいいなぁ。流石、レムちゃん。唇、綺麗になったネ。ちゅーしたいなぁ」



ナインとエミナがラブラブオーラ全開の所で、マキナとレムへ。
「ナインの唇が治って良かった。魔法ですぐ治せーっていうんだから何事かと思ったよ。でも、良かった。?マキナ、どうしたのモンスターも皇国兵もいないのにレイピアなんか出しちゃって」
「い、いや。なんでもない。レムの唇は、無事か?」
「うん?ずっと前から無事なんだよ」
これは、もしやキスしてくださいというフラグ?
どうしてそう思ったかは、常人には理解できないがマキナはそう感じた。
闘争心丸出しのレイピアを早々に仕舞えばぷっくりと潤むレムの唇を見つめる。それがゆっくりと近づいてくる。
ナインもエミナもいるのに。けれども、そんな事は頭の片隅の隅の方へ向かっていた。

「マキナー、お昼にナポリタン食べたでしょー。ちょっとついてたよー」
きゅっと目を瞑ったマキナの唇の端に、掠めたのはシルクのハンカチ。そっと目を開けると、白のそれが薄赤に染まる。
そうだよなー。そんなラブコメみたいな展開有るわけないよなーなんて思いつつ、マキナは笑みを浮かべた。
「マキナの唇って、柔らかいね」
と、気を抜いていたら唇が重なった。喜びのあまり、失神しそうになった。




「なんというばかっぷるたち」
シンクが間に入って何かしでかさない様にと、ついてきたエイトはこっそりと二組の遣り取りを、言葉は悪いが覗いていた。
「いいじゃーん。エイト―、シンクちゃんもちゅーしたい。ちゅーしたいぃ!!」
自分よりも少しだけ背の高いエイトを見つめて、子供の様に小さく喚いた。
「ば、ばか。こんな人のいっぱいいるところで」
「ばかになっちゃおー」
慌てるエイトに、シンクはにやりと口端を緩める。隙有りと呟いてちゅうっと唇を重ねた。


「毎日笑顔で過ごしたいよね〜」
組んだ腕を後ろ手に回したジャックは、ざわつく教室内でも冷静沈着に過ごす凛としたセブンを横目で見つめて言う。
「ジャックは、いつだって笑顔だろ。というか、にやけた顔しかみたことがない」
「わお、セブンってばクール過ぎるよ。にやけてないよ。変態じゃない……って今の見た?」
シンクの後ろにぴったり寄り添うエイトを微笑ましげに眺めていたジャックは、二人のキスシーンを見てしまった。
二人を指差して、セブンに問いかける。
「見てない」
隣を見れば、紅くなる頬を銀髪で隠して俯いた。
セブンもばっちり見ていたことを悟った。
「見てたよねー。そういえばさ、今日、まだ一回もちゅーしてないよね?」
ジャックが距離を詰めると、セブンは離れる。彼がしたいことを理解しているからだ。
「……今、ここでしなくてもいいだろ」
「僕は、今、ここでセブンとちゅーをしたいんです」
押しに弱いと知っているジャックは、じりじりとセブンに近づく。
「じゃ、ジャック。分かったから、後で。ほら、後でな」
ドキドキしつつ、セブンはジャックの口元を覆って懇願した。
「……んじゃ、キスプラスで○○○とか○○○○とかもセットでね!」
公共の場で話すべきではない言葉が次々と出てきて、セブンは困ったように眉を下げた。



「つーか、何、盛ってんだよ。あいつらは」
ちゃっかりキングの隣に座って、サイスは鼻で嗤って色めき立つ教室内を見渡した。どこもかしこもピンクモードで嗤えてしまう。
「いいんじゃないか、たまには。こういうのも」
ふわっと大きな欠伸をして、いちゃつく仲間たちを一通り眺めた。
「あんたは、あーいうのは興味ねぇだろ」
「あーいうの?」
肘をついて掌に顎を乗せていたキングは、視線だけを向ける。
「た、例えば、き、きすとかそういうのって事だ!」
「そういう訳では無い。お前となら、してみたい」
「……ッ!はぁ、頭おかしくなったんじゃねぇか?」
何となしに問いかけた言葉が、羞恥の塊となって返ってくるとは思っていなかったサイスはスカートを強く握った。
勝気なサイスも、迫られてしまうと弱かった。近づく唇から視線を外せない。



「邪魔をして悪いが、不順異性交遊は禁止だ。公共の場以外でなら勝手にしてくれ。私の管轄外、だからな」
サイスの背後に立つクラサメにキングはバツの悪そうな顔をして視線を逸らした。
唇を重ねるのは止めて、親指がサイスの唇に触れる。
不覚にも、サイスはキスが出来なくて残念だと思ってしまっていた。

「闘技場行ってくる!誰もついてくるんじゃねぇ!」
キングにもクラサメにも恥ずかしい所を見られたサイスは、鎌を片手に教室を出て行った。


0組は、今日もばかっぷるだらけです。





2012/06/08