魔法の次に(シャルルカン×ヤムライハ) 黒秤塔に籠っているであろうヤムライハを想像して、花緑青色の瞳を悩ましげに揺らす。白銀の髪が、乾いた風に揺れる。 腰に携えた剣を取り出して、無意識に戯れに興じた。 翡翠の女に、剣術馬鹿と言われる謂れは此処にある。 天才魔導士の恋人は、どうやら魔法のようだ。恋人は此処にいるというのに。 シャルルカンは、己に意識を向けない翡翠につまらなそうに唇を噛んだ。 もどかしい心地を背負ったまま、魔導士の研究所へと急ぐ。 扉をノックして、彼女を静かに待つ。 「ヤムライハいるかァ?」 返ってきたのは、魔法が成功したのか小さなどよめき。次いで、失敗したような落胆の声が幾つも聞こえる。 「っておい、返事もねえのかよ!」 大人しく待つこと数分。腕を組んで、待っていたが無反応に痺れを切らしたシャルルカンは荒っぽく扉を開けた。 扉を開くと同時に、女性の魔法使いが一斉にシャルルカンに視線を向ける。そして、立ち上がってお辞儀。 営業用の笑みを浮かべると、ひらひらと手を振った。そんな中、作業に没頭している翡翠色を不満げに見つめた。 「おい、ヤムライハ。ヤームー!」 すうっと息を吸って、耳元で名を呼ぶ。はい、無視。 聞こえていないのかと、シャルルカンは耳元でもう一度名を呼んだ。 「んー、もう、聞こえてるわよ。ああ、失敗した」 同じく、むうっとした表情でシャルルカンを睨むと机に突っ伏して不成功の魔法術式を眺めて嘆く。 「てめー、俺が遊びに来てやったっつーのに。魔法しか見てねえのかよ」 「会いに来てって言ってないわよ」 シャルルカンの言葉に、条件反射の様にヤムライハは答えた。 相変わらず、可愛くないことを言ってくれる魔法おたく女め。 ヤムライハの頬を思い切り摘まんで、始まったのはいつものような小競り合い。 「いひゃい!このへんじゅつあかぁ」 それに応戦するように、ヤムライハも負けじとシャルルカンの頬を引っ張った。 「あにひってっかひゃかんねぇ」 これが始まってしまうと、手を付けられない。魔導士たちは顔を見合わせて困っていた。 「仲が宜しいこと。ヤムライハ様、休憩に行かれてはどうですか?」 気を遣われたのか、追い出されたのかは定かではない。 気づいたら、二人とも廊下へと放り出されていた。 「……あんたのせいよー。もう、何しに来たのよ」 むくれたまままで、ヤムライハはじとっとした視線を向ける。 「お前に会いに来てやったんだろうが」 突っかかるのを止めて、シャルルカンは言う。 真顔で言われると、ヤムライハも四の五言えなくなってもごもごして俯いた。 「その上から目線が嫌よ」 「いつから俺が上から目線だってんだァ?頭にくることをいう女だぜ。飲み屋の女の子は可愛いこといってくれるっつーのに」 冷たい壁を背もたれにして、ヤムライハを一瞥するとそっと視線を逸らした。 腕に擦り寄って、可愛らしい声音で甘えてくれば良いものを。 「なによ、だったら、その可愛い子とよろしくやってればいいじゃない!」 正に、売り言葉に買い言葉。ヤムライハは拳を強く握って、花緑青色の瞳を不満げに見つめた。 「あー、もー、飲み屋の可愛い女の子じゃ満足出来ねえからお前に会いに来たんだろうが。分かれ、バァアカ!!」 「な、なによそれ、どーいう意味よ」 腰に手を当てて問いかけるその仕草に、シャルルカンは呆れかえった。 魔法に関しては、秀でているのに、色恋ごととなるとさっぱりなのだ。 「めんどくせえ女。一分くらい、魔法の事なんざ忘れて俺の事を考えてろ」 「か、考えてるわよ。魔法の次に、あんたのことをね……」 出だしは噛みつくような口調でいうものの、後になるにつれてその声は萎んでいった。 言った後に気恥ずかしくなって、特徴的な黒帽子を両手で掴んでかぶり直すとほんのり赤に染まった顔を隠した。 「ハッ、やァっぱ、ムカつく女。上等だ」 不機嫌極まりない表情で近づいてくるシャルルカンに、ヤムライハは身構えた。 夢中にさせてやるよ、この魔法おたく女。 シャルルカンは耳元で、ゆっくりと囁く。 ヤムライハは、その言葉を聞いて、全身が熱くなるのを感じた。 2012/06/07 |