鎖 | ナノ







「クラサメくん?」
朝方の異様なまでの寒さに、ふるりと身を震わせて目覚めたエミナの眼前には既に衣服を纏ったクラサメがいた。
「気分は、どうだ?」
ベットに腰かけて、顔を覗き込むその表情に優しさが感じ取れて頬を緩めた。しかし、目の間にいるクラサメの質問の真意を覚醒直後のエミナは理解するまで数秒かかった。
「んー、うん。腰がダルいかな。」
そうだ、昨晩、驚くくらいにたくさん求められて、目いっぱい愛されたのだ。そうだったと思い出せば、エミナの疲労は腰だけでなく全身に拡がる。
一度愛されれば、朝方まで交わって、離してくれない。翌朝は決まってこの気怠さに襲われることを分かってはいても、求められるとクラサメを受け入れていた。
想い人に愛されることは、幸せだったから、何も深くは考えなかった。

「すまない。」
きりっとしたあのクラサメが小さく謝っている。申し訳なさが伝わってきて、エミナは気にしないでと首を横に振った。
この遣り取りももう何度目だろうか。唇に絡み付く髪を解けないで、ぼんやりと考えた。

「クラサメくんの、お加減はどう?」
シーツの中でもぞもぞと動いて、両手で暖める様に自分の身体を抱きしめた。
エミナ自身、不思議でたまらなかった。
あんなに激しく動いたのに、どうして彼は、こんなにも平然として、寧ろ、生気を取り戻したかのように元気になっているのだろうか、と。
「いつも通りだ。」
エミナの唇にかかった柔らかい髪を指で払って、頷いた。
「体力、あるネ。流石、零組の隊長サン。ねぇ、お願いしていい?」
冗談交じりに笑って、未だ動きそうにない身体に小さくため息をついた。幸いにも、エミナは本日はお休みを貰っている。
室内に響く秒針の音を辿って、立てかけられた時計に目を向けると既にクラサメの出勤時間だった。
本来ならば、朝食を作って、お弁当だって作って、いってらっしゃいと彼を見送りたいものだったが如何せん、身体が鉛の様に重くていう事を聞かない。
ケアルでも回復しそうにはないくらいに重症。

「どうした。」
「動けそうにないから、またお泊りしちゃってもいいかな?」
この状態では、いついつ何時までいていいですかなんて言える状況ではない。優しい彼ならば、断らないだろうと確信があるも遠慮がちに問いかけた。
ほとんど何も置いていないこの部屋だが、エミナにとっては至極居心地がよかった。

「ああ、ゆっくりしていけ。そうさせたのは、私だからな。」
どんなお願いかと思いきや、安堵のため息をついてすぐに了承した。傍にいてやれないのが、クラサメにとっては心残りだったが、迫る出勤時間からは逃れられない。
名残惜しそうに頬から手を離すと、ベッドから立ち上がった。
「ありがと。お仕事がんばってきてネ。」
ベッドから立ちあがるクラサメに笑みを作って、緩く手を振って見送った。クラサメも行ってくると頭を下げて玄関へと向かった。
先程まであった温もりが離れるのが、少しだけ寂しい。頭では分かっているのに、エミナはすうっと息を吸ってクラサメの名を呼んだ。

「クラサメくん!早く帰ってきてほしいな。」
「勿論だ。さっさと片付けて戻ってくる。」
「この遣り取り、新婚さんみたいだ、ネ。」
独り言のつもりだったが、クラサメには届いていた。マスクの下で薄く笑って玄関を出ると、扉の向こうを見つめた。

朗らかな彼女の笑顔にすっかり毒気は抜けてしまった。
朝まで、激しく抱くのはわざと、だ。
腕から逃れられぬようにしているだけに過ぎない。

纏わせているのは、ただの気怠さなどではなくて、醜い独占欲だということを彼女は分かっているのだろうか。

動けなくなるほどまでに、抱いている真意を分かっているのだろうか。

執拗に落した痛々しいまでの紅い痕は、一分一秒でも自分を忘れぬようにと残したもの。

何も知らずに笑いかけるエミナを思えば、胸が痛む。

しかし、絡めたままの鎖を、解く気はさらさらなかった。


もっときつく、縛り上げたいほど。




2011/12/02