夏が終わる

※金丸視点の話です。


「来週からマックの月見バーガー始まるらしいな!」

 9月初旬の昼休憩、どこからともなく聞こえてくるのはクラスメイトの会話。もうそんな季節か、なんてぼんやり考えていると、俺と同じく会話を聞いていたらしい隣の席の苗字名前は肩を震わせながら目を見開いていた。

「嘘でしょ、月見…?まだこんなに暑いのに?もうそんな季節なわけ?」
「9月だからな、暦の上ではとっくに秋だな」
「わたしまだ半袖着てるのに……!」
「もうすぐ制服移行期間だろ」

 新学期早々くだらないことで一人騒ぐ苗字にツッコミながら、そういえば去年も同じようなことで騒いでたな、なんて考えてみる。どうやら一年経っても学習しないらしい。やっぱバカだな、コイツ。

「苗字先輩、声が大きいですよ。廊下まで丸聞こえです」
「えっ、嘘」

 開いていた廊下側の窓から突然現れたのは見覚えのある金髪頭。野球部の後輩、奥村だった。上級生の教室前だってのに、表情ひとつ変えず淡々と喋る様子は相変わらずだ。さすがだな、なんて感心していると「金丸先輩、お疲れ様です」と頭を下げられた。なんで先に声をかけるのが俺じゃなくて苗字なんだよ、とは言わないでおく。

「奥村久しぶり〜〜。次、選択授業なんだ?」
「そうですね」
「相変わらず一人?うわぁ、寂しいね……」
「憐れまないで下さい」

 野球部のマネでも何でもない苗字が何故奥村と顔見知りなのかというと、苗字と仲のいい沢村を通じて親しくなったらしい。あの奥村が年上の異性と懇意な間柄にあるなんて正直意外だったが、実際こうして二人が話している光景は日頃からよく目にしていた事は事実だった。
 ただ、苗字は奥村が教室移動でたまたまうちの教室前を通りかかったと思い込んでいるが、それは違う。何故なら俺は知っているから。奥村が次に使う教室へ向かうには、うちの教室の前を通る必要はないことを。にもかかわらず、奥村は毎週火曜日のこの時間、決まって俺たちの教室の前を通り、その度に偶然を装って苗字に声を掛けている。つまり、これは苗字に会うための口実なのだ。

「さっきの話聞いてたんだよね?もう秋なんだってさ」
「そうですね」
「夏が終わるのかー……」
「とっくに終わってますよ」

 溜息を吐きながら机に突っ伏す苗字はどうやら夏が終わって欲しくないらしい。「夏の大会も終わっちゃったもんね」と呟く声にはどこか元気がない。そう言えば夏休みに入ってからの予選の試合は毎回応援に来てくれてたな。甲子園大会も終わったってのに、今更ながら球児の夏の終わりを惜しんでいるのだろうか。

「来年も応援行くからね」
「何言ってるんですか?秋大の予選は再来週から始まるんですよ」
「ん?それはわたしに応援に来て欲しいってこと?」
「そんなこと言ってません」

 まさかあの奥村が苗字を。なんて当初は驚いたものだったが、沢村とタイプが似ている苗字に何か惹かれるものでもあるのだろうか。まぁ、そんなこと分かりたくもねぇけど。
 相変わらず奥村の発言や態度はツンケンしているが、それでも会話をやめようとはしない。数分前から俺のことなんて空気扱いだもんな。いつもの事だし、別にいいけど。
 塩対応されているにも関わらず嬉しそうに笑う苗字を見て、お互い素直じゃねぇな、と心底思う。面倒だから絶対言わないけど。今の俺は、沢村と降谷の子守りで手一杯だ。


(20220821)


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