要領よく愛されます

「奥村と付き合うことになったから」

 あの告白から数日後。大学の食堂でバッタリを装ってタイミングを見計らい、ここ数日の間に起きた事の顛末を沢村に報告した。二人の過去が過去なだけに今回のことは青道野球部メンバーにはしばらくの間隠しておきたい。一度はそう思ったものの、二人で話し合った結果『共通の顔見知り且つ身近な人物にだけは報告も兼ねて打ち明けよう』という結論に至った。その結果、長年心配をかけてきた沢村とセトタクにだけは交際の開始を伝える形となったのだ。

 だが、わたしが沢村の立場なら『あれだけ拒絶しておきながら何がどうしてこうなった?』と疑問に思うに違いない。だから正直な所、どんな反応をされるのか怖かった。

 しかしいざ報告を終えてみればどうだ。沢村は一度だけ目を見開いたかと思えば、すぐにそれを嬉しそうに細め、そしてまるで全部分かったような顔をして「良かったな!」と笑ってみせたのだ。
 予想もしない反応に拍子抜けしたわたしは「え、あ、うん」なんて間抜けな相槌を返すのみ。

 もしかしてコイツ、高校時代から光舟の気持ちに気付いてたのか?なんて勘繰ってみたりするわけだけど、今となってはそれを問い詰めたところで何がどうなるわけでもない。結果としてみれば全て丸く収まったのだから、過去なんてもうどうだっていいじゃないか。そう自分に言い聞かせながら沢村の様子を伺うと、再び白い歯を覗かせながらニッと笑われた。拗れた原因はアンタだったんだよ、なんて、口が裂けても言えないけれど。

「……ありがと」

 嬉しいような、恥ずかしいような、何とも言えない感情が溢れて止まらない。居た堪れなくなって思わず視線を逸らすと、沢村はテーブルの向かい側から腕を伸ばし、無言でわたしの頭をぽんぽんと撫でてみせた。それは、かつてわたしが沢村を落ち着かせるために行った行為に似ていた。暖かくて大きい、男の人の掌。それはわたしの頭を包み込み、「大丈夫」と語りかけているようにも思えた。
 いつも近くにいたせいで気付きにくいけれど、やっぱり沢村も男なんだなぁ。そう思わずにはいられなかった。


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「よし……行くか」

 それから数日後。とあるショッピングモールの一角で、わたしは一つの覚悟を決めていた。煌びやかな外装の店舗前で仁王立ちを決めた後、深い溜息を吐いて胸を張り、前へ前へと突き進んでいく。まるで敵地へ向かう戦士の気分だった。
 昼白色のダウンライトに照らされながら、硬い表情で店舗の中へ足を踏み入れると華奢で可愛らしい店員さんが「お伺いしましょうか?」と早速声を掛けてきた。さすがは接客業。わたしの不安もバッチリ見抜かれてるのね、なんて感心しつつ、善は急げと要望を口にする。

「いつも色気のないブラトップを着けてたので、ちゃんとした下着を買おうと思ってて……」
「そうなんですね。当店を選んでくださってありがとうございます!デザインとか色とか、何かご希望ありますか?」

 待ってました、その質問。そう言わんばかりに「年下の彼氏がギャフンと言うやつです!」と食い気味に返答。すると、店員さんは二、三度瞬きをした後「ギャフン、ですか……」と困惑の表情で口元を引き攣らせていた。
 しまった、我ながら表現が古臭いな。なんて自虐的になる余裕もないわたしは、勧められた商品を次から次へとカゴへ投入。結果、諭吉を数枚飛ばして清々しいほどの大人買い。こうして、本日のミッションを無事にクリアしたのだった。


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「今帰りました、遅くなってすみません」
「あ、おかえり〜〜夕飯まだできてないから、ちょっと待ってね」
「いつもありがとうございます」
「いえいえ」

 11月に入り、秋季リーグを終えた光舟は来週から開催されるオータムフレッシュリーグに向けて日々練習に励んでいる。
 付き合い初めてからというもの、週末にどちらかの部屋で一緒に夕飯を作って食べ、そのままお泊まりコースという流れが定番化していたのだが、練習が忙しい光舟と違って時間に余裕のあるわたしが食事当番を請け負うことが増えたのは至極当然のこと。それに気を遣う光舟は毎度申し訳なさそうに謝るのだが、わたしは毛ほども気にしてはいなかった。
 元々料理は嫌いではなかったし、光舟の役に立てるなら本望だったから。過去に行っていたマネージャー業のように、誰かに尽くすということは性に合っているのかもしれない。

「ナマエさん、食後のデザートにシュークリーム買ってきたんですけど食べますか?」
「え、食べる!ありがと光舟」

 “先輩と後輩”から“恋人”になったわけだが、わたしたちの空気感は相変わらずだと思う。ただ一つ変化点を挙げるならば、名前で呼び合うようになったことだ。
 最近気付いたことだけど、光舟はわたしに名前で呼ばれるのが好きらしい。そういえば夏の終わりに居酒屋で再会した時も、酔っ払ったわたしに自分だけ名前で呼ばれなかったことが気に食わないって顔をしてたっけ。
 普段は無愛想でムスっとしてることが多いけど、意外な一面があるんだよなぁ。こういう所は可愛いな。なんて、面と向かって言うと怒られるから、敢えて口にはしないけど。

「ちなみに今晩のメニューは何ですか?」
「お鍋だよ。沢村の実家から送られてきた白菜とネギ、いっぱいお裾分けしてもらったんだよね」
「寒い日にはいいですね」
「でしょ。まぁ手抜きメニューなんだけど……って、オイ!」

 左手には鍋の蓋、右手にはシリコン製のお玉杓子。わたしの両手が塞がってるのをいいことに、光舟は何の前触れもなくいきなり背後から抱きついてきた。しかも右手はわたしのセーターの裾を捲り、さらにインナーの内側へと進んでいる。

「コラコラコラ!」
「何ですか、ただのスキンシップですよ」
「ちょっ、ま、光舟!」

 これ以上はマズい。慌てて声を荒げた瞬間、光舟の右手がわたしの下着に触れて止まった。咄嗟に鍋の蓋とお玉杓子を置き、くるりと体を反転させる。せめてもの反抗で腕組みをしてみるも、光舟の視線はわたしの胸元だった。

「……ナマエさん、ブラ着けてるんですか」
「〜〜っ、そうだけど!?」
「もしかして俺が言ったこと気にして……」
「うるさいな!新しく買うのがそんなに悪いわけ?わたしの勝手でしょ!」

 そこまで言ってハッとする。しまった、自爆だ。恥ずかしくなって口元を覆いながら顔を上げると、少しだけ頬の緩んだ光舟が目に映る。これは、嬉しい時に見せるソレだ。

「俺のために新調したんですか?」
「ま、まぁね?バカにされたくなかったし」
「へぇ、じゃあしっかり見せてください」
「何言ってんの!?」

 意外と可愛いところあるんですね、なんて言いながらわたしの腰に腕を回す様子は、とてもじゃないが先日まで童貞だった奴のやることとは思えない。

「俺のために買ったんですよね?なら、俺に見せなくて誰に見せるんです?」
「いや、そりゃそうだけど」

 なんだか上手いこと言いくるめられてるな。返す言葉が見つからなくて困惑している間にも、光舟は片手で器用にブラのホックを外している。だから、そういうの本当、一体全体どこで習得してるんだよ。

「ていうか、着けてるところ見る前に脱がしてるじゃん……」

 ギラギラと光る眼差しはまさに肉食動物そのもので、わたしはそれに抗えない。煮えたぎる鍋の音をBGMに、そんなことを考えてみる。
 夕飯にありつけるのはまだ先か。そう空気を読み、後ろ手にコンロのつまみを回して火を消した。
 カチリという音を合図に狼の牙が首筋に突き立てられ、ぞくりと背筋が震える。それが嫌悪感ではなく快感なのだから、とことん自分が嫌になった。
 やぶさかではない。まんざらでもない。今の自分は、果たしてどちらだろう。


(20220718)
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