ふたりは共鳴する

(高校3年夏大前あたり)


「日曜の夕方2時間くらい時間作れるんだけど、どっか行く?」
「え…」

 御幸からその誘いを受けたのは金曜日の放課後のこと。夏大前の忙しいこの時期にこんな贅沢なことがあっていいのだろうか。驚いて、思わず言葉を失った。
 しばらく固まったあと我にかえり、ほんとに言ってる?大丈夫?なんて心配してしまったが、対外試合が続いたため日曜の午後は休息も兼ねてオフらしい。本当はもっと時間作れるんだけどやる事多くてな、なんて申し訳なさそうにする御幸に大きく首を横に振る。1時間でも2時間でも、一緒に過ごせるのならそれだけで充分だ。

「せっかくのデートがこんなんでいーのかよ、カフェとか行きたかったんじゃねーの?」
「いいんです」
「ふーん…まぁ、苗字が満足ならそれでいいけど」

 運動不足解消のためにランニングを始めたいから、そのためのシューズを一緒に選んで欲しい。その要望を告げた時、御幸は大層驚いていた。カフェがどうのこうのと口にする様子を見る限りわたしに気を遣ってくれてんのかな、なんて思ってみたりするわけだけど、移動時間を含めると2時間じゃ到底足りないだろうし、甘いものが苦手な御幸をそこへ付き合わせるのはなんだか申し訳ないと思ったのだ。

 そんなこんなで1年ほど前に訪れたスポーツショップへ再び足を運び、シューズコーナーで肩を並べる御幸とわたし。前回は御幸が一人であれこれ商品を手に取る様子を離れた場所からぼんやり眺めているだけだったが、今日は違う。御幸がわたしのために時間を作って、わたしのためにシューズを選んでくれている。改めて彼氏なんだな。デートなんだな。なんて、当たり前のことに感動してしまう。

「これとかいんじゃねーの?ソールもしっかりしてるし、軽そうだし」
「おぉ!確かに軽いし蹴り出しが楽だ」

 勧められた商品を試し履きして店内の通路を軽く走ってみる。爪先部分の反り具合が絶妙で重心移動がスムーズ、なるほどこれは確かに走りやすそうだ。
 最近のスポーツメーカーの技術は凄いなぁ、なんて感心しながら椅子に腰掛け、脱いだシューズを手に取ってみる。メーカーが開発に力を入れたというその丈夫なソール部分を眺めていると背後に御幸の気配を感じた。

「…俺も買おーかな」

 何気なく呟かれたその言葉に思わず後ろを振り返ると、身をかがめながらわたしの手元をジッと凝視していた。人が買い物をしてるところを見ると自分も欲しくなるのだろうか。

「じゃあ色違いでお揃いにする?」
「ランシューペアルック?色気ねぇな…」
「いいじゃん別に」

 微妙な反応だが、拒否しないところを見ると一応受け入れてくれるらしい。口を尖らせて呟きながら靴箱が陳列された棚へ向かうも、御幸に背を向けた瞬間わたしの口元は僅かに緩んでいた。
 どうせなら派手なやつにしようかな。思い切って蛍光色なんて選んでみようか。色気なんかなくたっていい。お揃いの物が持てるだけで嬉しいのだ。

「ねぇ、御幸って足のサイズ何センチだっけ……」

 商品名とサイズを確認しながら、その場にしゃがみ込んで目当てのものを探していると手元に影が落ちた。店員さんかな、そう思い顔を上げようとした瞬間、上から降ってきたのは聞き覚えのある声だった。

「楽しそうじゃーん」
「うわっ!ビックリした…」

 見上げた先には、眩しい金髪が笑っていた。






「まさかまたここでお前に会うとはな…」

 呆れ顔の御幸の視線の先には、腕組みをして仁王立ちする稲実のエース成宮くん。ものすごい既視感だな。なんて考えながら去年の春、この場所で偶然遭遇した時のことを思い出す。
 確かあの時、成宮くんの隣には前キャプテンの原田さんがいた。そして原田さん引退後にわたしと再会した時には後輩捕手の多田野くんと一緒だったはず。だが、辺りを見渡してみるも姿が見えない。
 もしかしてまた撒いたのか?そう思い多田野くんの存在を尋ねると「アイツ生意気でうるさいから寮に置いてきた」と面倒臭そうな表情でそう返ってきた。
 うーん。多田野くん、後輩女房役としてこの王様を扱うのはなかなか大変そうだね、なんて余計なことを考えてみたり。

「てゆーか調子はどーなの?こんなとこでブラブラしてる暇あんの?」
「心配しなくても稲実と当たるまで負けねぇよ」
「ふーん?まぁ、この間も言ったけどこの夏は勝った方が総取りだからね」
「こっちだって譲る気ねぇよ」

 去年同様、見えない火花が飛び散りそうな雰囲気だが、今日の二人を纏う空気はいくらか柔らかい気がする。そういえばこの二人は東京選抜でバッテリーを組み、3日間限定とは言えチームとして共闘したんだったっけ。
 シニア時代、成宮くんは御幸を稲実に誘ったが、御幸はそれを断り青道を選んだと聞いた。かつてラブコールをかけた相手とバッテリーを組んだことで何か心境の変化でもあったのだろうか。なんて、蚊帳の外のわたしには到底分からないことだけど。

 東京を代表する投手と捕手。今更だけど凄い人たちと知り合いになってたんだな、なんて呑気なことを考えてると、成宮くんの蒼色の瞳がこちらに向けられた。
 なんとなく気まずくなって思わず一歩後退り、御幸のシャツを握りしめながら様子を伺う。彼の視線の先はわたしの手元。これは多分、わたしと御幸の関係について言及する気に違いない。

「…ていうか、結局くっついたんだ?」
「おかげさまで」
「あ〜あ…なんか二人とも水臭くない?連絡先交換したのに苗字ちゃん報告してくんないし、一也も何にも言ってくんないし」

 この間の女房役は何だったのかな〜やっぱ俺のこと愛してなかったのかな〜なんて言いながらへそを曲げる様子に二人して苦笑い。拗ねてるなぁ、こういうところは子供っぽい。

「…まぁ、いつまで続くか見物だね」

 だけど、そう言って薄ら笑いを浮かべる顔はマウンド上で見せる王様のそれだった。全てを見下すような冷ややかな視線に圧倒されていると、これ以上のやりとりは不毛だとでも思ったのか「お邪魔虫はさっさと退散しまーす、じゃーね」なんて言いながら颯爽と去って行った。
 その背中を見送りつつ、御幸は呆れたように溜息を吐く。

「鳴のヤツ、相変わらずだな」
「そうだね…でも、」

 成宮くんの背中にもう一度視線を送り、彼の言葉の意味を探ってみる。

「「あれは“お幸せに”って意味」」
「だよね」
「だよな」

 思わぬところでシンクロした言葉に、目が合って思わず笑い合う。御幸がそう言うのなら、わたしの分析はあながち間違ってないのかもしれない。素直に祝福できない成宮くんの天邪鬼っぷりを読み取れたわたしは、もしかすると御幸に似てきたのだろうか。

「お前もキャッチャー向いてるかもな」
「そう?」

 人の心が揺れ動く様は不思議だ。わたしに向けられた嬉しそうな顔を見て、御幸のことをもっともっと知りたいと思った。


(20210218)

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