mobile text | ナノ




everlasting child2


「だめですよ」


日頃の穏やかさの欠片もないような、押し殺した鋭い声に、僕はただ立ちすくむ。

「いいですか、赤司くん。そいつと仲良くしてはだめです」
「テツヤ…」
「だめです。分かりましたか?絶対に、駄目です」

ぞわりと指先から、鳥肌が立っていく。体感温度が下がったのかと思わせるような、ぞっとするほど冷たい瞳をテツヤに向けられたのは初めてで、僕は心の奥底から湧き上がってくる恐怖にゆっくりと侵食されていった。



everlasting child2

僕は学校があまり好きではない。というのも、あのように人が多く集まる場所には何かしらが集まるのだ。それはいわゆる妖怪と言われるもの。基本的には小さくて無害なものばかりだけれど、やはり視えてしまうと居心地が悪い。そいつらと目が合ってしまえば尚更だ。彼らは自分の姿が視える者に出会うと大抵は傍に寄ってきてくっついたり悪戯をしたりと、とにかく面倒くさいのである。どこかでテツヤの影が見張っているはずなのだが、その影は僕を襲うくらいに強い妖力を持つ者にしか反応しないので、無害な妖怪が戯れてきている程度では助けてくれない。故に、自力で何とかするしかないのだった。

「はあ…」

今日も今日とて頭の上には何か変な物体が乗っていた。白く小さなその妖怪はハムスターにも似た外見をして、僕が存在を見つけてやったことがよほど嬉しかったのか、人の頭の上を陣取ってご機嫌にきゅいきゅい鳴いている。本当は引きはがしてやっても良かったのだが、今日は入学式であり、初日から奇行にもとれるような動きはしたくない。それに、このような無害な妖怪に懐かれることに、僕はあまりにも慣れ過ぎてしまっていた。つまり、諦めたのだ。というか、面倒くさい。とりあえず髪を弄るのさえやめてくれれば、もうこのまま乗っていてくれてもいいかとさえ思う。

苗字順に決められた席は窓際の一番前で、室内を見渡すのには不便だが、外を見るのにはなかなか都合がよかった。入学式とあって、外を歩く生徒たちには親が付き添っていることが多い。校門の前で写真を撮ったり、入学の手引を見ながら共に歩いたりといった、彼らにとってはあたりまえのその行為が自分にはもう二度と手に入らないものなのだと、こういう特別な日には気づかされてしまう。

『明日の入学式、緑間くんに付き添ってもらいましょうか?』

昨日の夜、そう尋ねてきたのはテツヤだった。彼らは皆妖力が強いから、一日程度ならば人間の目に触れるくらいに実体化できるのだという。けれどそれをするにはとてつもない妖力を消耗する。僕が一人で暮らすと決めた時に、助けてくれたのはやはり彼らだった。状況を把握したテツヤが真太郎に頼み込んで実体化してもらい、親戚の振りをして遠縁の親戚の所へ引き取られそうになっていた僕を助けてくれたのだった。思えばその時、真太郎とはほぼ初対面だったように思う。お人好しな彼らは僕にそうやって手を伸ばし、そして翌日、真太郎は妖力の使い過ぎで倒れた。あの時、両親を亡くしたばかりだった僕はとにかく誰か自分の目の前から消えてしまうことが怖くて、彼が寝込んでいる間何度もこっそり様子をうかがいに行ったものだ。それは僕の中で密やかなトラウマとなり、それを察してか、彼らもまたあれから一度も実体化していなかった。

『いや、いい。また倒れられたら困るからな』
『半日程度なら倒れることもないと思いますけど…』
『それでも、いい。いらないよ』
『…明日、寂しくなっても知りませんよ』
『寂しくなんてならないよ。だって家に帰ればお前たちがいるだろう?』

そう言った、僕の言葉に、テツヤは目を真ん丸にして、それからやわらかく微笑んだのだった。

自分には彼らがいると知っているから、寂しいとは思わない。けれど今日は両親を夢に見たこともあって、少し感傷的になっているのかもしれなかった。





ガタン、と音がして、僕は思わず隣を見やった。隣りの席の主が来たらしい。入学式だ言うのにすでに崩されたブレザーのネクタイと、だらしなく外に出されたカッターシャツに少しだけ眉を顰める。彼は僕の表情を気にする様子もなく、よう、とひらひら手を挙げ、馴れ馴れしく話しかけてきた。

「お前が隣?俺、火神大我ってんだ。よろしくな」
「…赤司征十郎。よろしく」

僕と似た赤い髪、けれど僕よりももっと深い赤。まだ高校一年生になったばかりだというのに、やたらとガタイがいい。快活な笑顔は無邪気に涼太をからかっているときの大輝のようだ。思わず笑い返してしまいそうになったとき、頭上にいたあの白い妖怪が、危険を察知したかのように鋭く鳴いた。先ほどまであんなにきゅいきゅい楽しそうにしていたのに、突然怯えるように鳴き、体を震わせたかと思うと、そいつはそのままぴょいっとどこかへ飛んで行ってしまう。

「あ…」
「どうした?」

思わず漏らした声に火神は不思議そうに首を傾げた。そうだ、彼には視えていないのだった。入学初日から奇行と取られるような行動はとらないと決めていたのに。

「…いや、何でもない」
「そうか?それはそうと、さっきお前の頭に乗ってたアイツ、可愛かったな」



息が、止まるかと思った。



「…何の話かな?」
「お前も視えてるんだろ?安心しろ、俺もだからさ」
「は…?」
「さっきアイツが鳴いたとき、聞こえてるような素振りしたもんな。別に追い払うつもりはなかったんだけどな…」

僕を置いてきぼりにしてべらべら話す火神に、もはやどこから突っ込んでいいのかわからない。

「み、」
「み?」
「視えるのか、あれが…」
「おう。俺、家が火神神社っつー小さい神社だからさ、なんか特別なオーラ?よくわかんねーけどそーいうのがあるらしい」
「火神神社…」
「ついでにうちの妖払いは強力だからな。この教室、妖怪が一匹もいねーだろ。俺がいるとどうも居心地が悪いらしくて、みんな逃げちまうんだ」

そういえば、と周りを見渡すと、確かにこの教室には妖怪が一匹もいない。というか、教室内がやけにクリーンに感じるくらい浄化されている。いっそ気味が悪いほどに。

「ま、そんなわけだから。視える同士、よろしくな」

そう、なんにも知らずに笑う目の前の男に、眩暈すら覚えた。とりあえず一つ言えるのは、今日真太郎を付き添いに連れてこなくて本当によかったということだ。






「お帰りなさい、赤司くん」

入学式の内容も、新しい担任の話も、クラスメイトの自己紹介すら頭に入らずふらふらと帰宅をしたのは、正午を少し過ぎた頃のこと。

帰宅した家の前にはテツヤが立っていて、僕を見つけると穏やかな表情で笑った。

「ただいま、テツヤ」
「入学式はどうでしたか?」
「あまりよく覚えていないんだ。変な奴がクラスにいて、おかげで入学式に集中できなかった」
「変な人、ですか。…具体的にはどんな…?」
「神社の息子だと言っていた。僕の頭の上にいた妖怪を視ることができた。それだけじゃない、追い払うことも…、…?なんだ、これ」

全てを話し終わる前に、ぞわりと気持ち悪い風が頬を撫でた。心なしか、体感温度が下がっているような気がする。はっとしてテツヤの方を見やれば、彼は見たこともないような冷たい目をして微笑っていた。綺麗な透き通ったガラス玉のような瞳が、不気味な色を灯す。

「だめですよ」
「テ、ツヤ…?」
「いいですか、赤司くん。そいつと仲良くしてはだめです」

テツヤがそいつ、といった瞬間に、ぞわりと全身に鳥肌が立った。

「テツヤ…」
「だめです。分かりましたか?絶対に、駄目です」

にいっと笑う、その表情が逆に恐ろしい。反射的に背を向けて逃げようとしたら影を踏まれ、僕はあっけなく動けなくなった。

「どこにいくんですか?あなたの家はここでしょう?」
「テツヤ、どうしたんだ、急に…っ」
「どうもしませんよ。ただ、赤司くんがその男に近づきさえしなければそれでいいんです」

喘ぐように尋ねれば、するり、と足に絡みついてくるものがあった。黒い、黒い、侵食するように僕の身体を伝ってくるそれはテツヤの操る影で。ますます身動きが取れなくなった僕を見て、テツヤが笑う。心底愛おしそうに僕を見る。手を伸ばせば届く距離まで近づいた彼は、いつものように優しく両腕を開き、僕をその腕の中に抱き込んだ。

「僕たちは君を守ると決めた。だから君はそんな男と手を組んで、自分の身を守らなくてもいいんです。赤司くん、君はただ、僕たちの傍で守られていればいい。他の能力を頼るなんて、許しませんよ」

恐ろしく独占欲の強い言葉たちを投げたと思えば、僕の頭を撫でる手はどこまでもやさしい。するりと影の拘束が解け、僕は自分の身体を支えきれずにテツヤとともに地面に倒れ込んだ。

「わかりましたか、赤司くん」
「…そんなの、今更だ」
「ええ、そうですね。いらぬ心配でした」

地面に倒れたまま僕を抱きしめ、くすくすと笑うテツヤはもういつもと同じ様子で、先ほどの冷ややかさが嘘のようにあたたかい微笑みを浮かべている。

「さあ、中に入りましょう。そろそろお昼ができている頃です」
「…テツヤ」
「はい?」
「…僕には、お前たちだけだよ」



「…ええ」






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -