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everlasting child


僕は生まれつき左目の色素が薄かった。左右で色の違う目はそれだけで人目を惹き、子どもの頃から何かとからかわれる対象だった。気持ち悪いと言われ、いじめられたこともある。両親は僕の目を「宝石みたいでとても綺麗」と評したけれど、僕は両親の意見よりも、みんなの意見のが正しいのだと思っていた。僕自身、この左右対象ではないこの目は気味が悪かったからだ。その気味の悪さが気のせいではないと知ったのは、中学校に上がってすぐの頃のこと。

キッチンで夕飯を作る母の肩の上に、何か白い靄のようなものがかかって見えた。

「母さん、肩になにか乗ってるよ」
「え?…なにも乗ってないわよ?」

僕の言葉に、母は自分の肩を確認した。けれどすぐに僕の方を向くと、征十郎ったら変なこと言わないでよ、と呆れ顔で言ったのだった。

「本当なんだけど。今もまだ乗ってるよ」
「ええ?光の加減かしら…」

そんなはずはない、光よりももっと実体というか物質感のあるものだ。むしろ母がなぜそれに気づかないのか、僕は不思議でしょうがなかった。けれど念のため、と一度目を閉じ、深呼吸をしてからもう一度両目を開く。やはりその白い物体は母の肩の上にいた。確認のように左目を閉じ、今度は右目だけで見てみる。

「え、」

母の肩にいたあの白いものがいなくなっていた。慌てて両目を開くと、また白いものがぼんやりと姿を見せる。まさか、と思い、右目を瞑ってみると、今度はぼんやりしていたそれがやたらはっきり見えた。

「ひっ…」

それは紛れもなく、人の手をした何か、だった。肩のあたりから母の首まで、しっかりと巻き付いて離れる様子がない。あまりの衝撃に、意識が飛びそうになる。母がいぶかしげに僕の名前呼んだけれど、返事すらできなかった。初めて現れた圧倒的な恐怖の対象に、僕はどうしたらいいのかわからなくなったのだ。その数分後、帰宅した父の首にも同じものがくっついていて、僕はとうとう気を失った。

それは僕の両親が亡くなる前日のこと。翌日、両親は事故で死んだ。即死だったそうだ。

僕が見たあの白い手は、両親を死へ陥れる存在だったのだろう。あのときの僕がもしそれを知っていたとしても、見えただけでなんの力も持たない僕にはきっとどうしようもなかったに違いないけれど、未だに時々、後悔することがある。あの頃の僕はとても無力で、拙くて、無知だった。



eternal child


「赤司くん、赤司くん、朝ですよ」

控えめに揺さぶられて、重たい瞼を開く。久しぶりに両親の夢を見た。僕を唯一愛してくれた彼らを夢に見るときは、いつも少しだけ泣いてしまう。

「赤司くん、おはようございます」
「ああ、おはようテツヤ」
「…何か嫌な夢でも見ましたか?」

頬が濡れていますよ、と細い指先で涙を掬い取られ、僕は苦笑した。

「少し、両親の夢をね」
「ああ…」

テツヤは理解したように笑って、それからゆるりと僕の頭を撫でた。ひんやりと冷たい感触が気持ち良い。うっとりと目を閉じていたら、「二度寝はだめですよ」とやんわり釘を刺されてしまった。別に眠くて身を閉じていたわけではないのだけど。

「朝ごはん出来てますから、ちゃんと着替えてから来てくださいね」
「ん」

離れていく手が、名残惜しいと思った。今日から高校生だというのに、僕も大概おこちゃまだ。

手を伸ばした制服は真新しく、まだ自分のものではない異質感があった。今日から新しい生活が始まる。





きちんと着替えてから階段を下り、リビングに繋がるドアを開けると、待ち構えたようにぴゅんっと黄色い物体が飛びついてきた。いや、物体ではなく人型の何か、なのだけど。

「赤司っち、おはようっス!」
「ん、おはよう…涼太重い、どけ」
「えー!今日俺頑張って朝ごはん作ったんスよ!だからもうちょっとだけ!」
「その辺にしておくのだよ黄瀬、朝食が冷めてしまう」
「ちぇー…」
「ありがとう真太郎、おはよう」
「ああ、おはよう」

飛びついてきた物体、いや、黄瀬涼太は渋々といった様子で僕の身体を放す。緑間っちは本当ケチっスよねーと言いながらキッチンに向かう彼のお尻にぶんっと一本あってはならないものが生えているのが見え、僕は思わず隣にいた真太郎と顔を見合わせて笑ってしまった。

「ちょ、いきなり笑いだすとかなんなんスか二人とも!」
「い、いや、だってね、涼太、尻尾一本しまい忘れて…っく、ははっ」
「え!?あっ!!!」

涼太が慌てたように自分の尻尾を掴む。ぎゅいっと痛そうだと思えるくらいに掴まれたそれは、数秒後にはきれいに消え去った。

「もー…なんでいうこと聞いてくれないんすかねえ俺の尻尾…」
「前みたいに耳まで生えてるのに気付かないよりはマシなのだよ」
「それはもう思い出したくないから言わないでー…」

真太郎の言葉にぷしゅうと撃沈した涼太は、小さな溜息をいくつも吐いた。

「ところで大輝と敦は?」
「まだ寝ていますよ」

黒いエプロンを身に着け、朝食をトレーに乗せて運びながら、テツヤがするりと会話に入ってくる。通り過ぎ様にふわんとやわらかくお味噌汁の匂いが香って、思わずお腹が鳴りそうになった。









「いただきます」

一人分だけ準備された朝食は、今日も今日とて絶品である。他の三人はと言えば、なぜか僕の向かいに陣取り、食事をしている僕の姿をじろじろと見つめてくる。少し居心地が悪い。

「…三人とも、ちょっと視線が煩いんだけど」
「いや、なんかねー…赤司っちももう高校生かあ…」
「大きくなったなあと思いまして」
「出会った頃はもっと幼かったからな」
「幼いって言っても中学生だけど…?」

ずず…っと味噌汁をすすりながら返すと、皆一様に少しだけ寂しそうな顔をする。僕としては中学生と高校生なんてせいぜい3歳前後の差、くらいにしか思えないから、正直こんな顔をされるのは不思議で仕方ない。

「それでも、成長のない俺たちからしたら大きな変化なのだよ」
「身長も伸びてきましたしね…」
「ああっ、黒子っち!そんな遠い目しないで!」
「…ああ、そうか……」

そうだった、こいつらは歳を重ねても年を取らない。だから外見だって変らないし、いつまでも純粋な少年のような瞳で笑う。僕とこいつらは、似ているようで決定的に違う。だって僕は人間だ。この家に住むものの中で、ただ一人の人間なのだ。





最初に会ったのは、黒子テツヤ。両親を亡くし、途方に暮れて泣くこともできずに一人、家の中で膝を抱えていた僕の隣に、いつの間にか存在した。「だいじょうぶですよ」と何度も僕に囁き、頭を撫でてくれた彼の手を掴み、お前は誰だと怯えながら尋ねた時の、あの鳩が豆鉄砲を食らったような顔は、未だに忘れられない。ぱちぱちと何度も瞬きをした後、テツヤは確認するように僕の手に触れ、そして、「僕のことが視えるんですか…?触れることができるんですか…?」と確認するように尋ねてきた。そこで僕は初めて、テツヤが人間ではないことに気づいた。

テツヤは影を扱う妖怪だった。



それから、テツヤはよく僕の家に遊びに来てくれるようになった。テツヤに言わせると僕は「生活能力が皆無」なのだそうで、心配性な彼は毎日のように家にやってきてはあれこれと世話を焼いてくれた。そうして彼の世話になっているうち、今度は彼の友人の妖怪とも親しくなった。黄瀬涼太と緑間真太郎も、テツヤの紹介で知り合った。

黄瀬涼太はもともと妖狐だったのだが、最近九尾に進化した。けれど変化能力はまだまだ未熟で、少し気を抜くと先ほどのように尻尾をひとつふたつしまい忘れていたりする。本来の姿になるとふかふかでとても可愛い。大輝が「その尻尾一本ちょん切って赤司のマフラーにすれば?」と発言してから、あまり本来の姿を見せてくれなくなったのだけれど。

緑間真太郎は元は樹齢千年を超える大老木の木霊だったらしいのだが、その木が枯れてしまってからは自然の力を源に活動する、妖怪と精霊の中間のような存在らしい。真太郎が育てる植物は肥料をやらなくても成長が早く、害虫がわかない強い子に育つ。

それとあとふたり、青峰大輝と紫原敦。彼らもまた、テツヤに紹介された存在だった。



この五人と同居するようになったのは、中学二年生の夏くらいだったと思う。その頃には五人ともかなり打ち解けていて、僕は両親がいなくてもそこそこ快適に暮らすことができていた。僕の左目は日に日に力を増していて、はじめは両目で見るとテツヤたちの存在すら白い靄のように見えたというのに、その頃にはもう、両目で見ても確実に彼らの姿をとらえることができるくらいになっていた。僕はそれが純粋に嬉しかった。彼らの存在をより近くに感じることができたから。



けれど、力が強くなるということはいいことばかりではないのだと、あの夏に身を持って学んだ。



あの日、いつものようにテツヤたちを送り出した夜、一人で室内に戻った矢先のことだ。突然何者かに腕を引かれ、そのまま床に引き倒された。痛みに顔をゆがめながら何事かと見上げたそれは、全身に墨を被ったかのように黒く、黒く、どこまでも黒く、その真ん中で不気味に光る赤い二つの目と鬼のように裂けた口が、舌なめずりをするように僕を見下ろしていた。


あの時、嫌な気配を感じた彼らが戻ってきてくれなかったら、僕は確実に食われていただろう。力が強くなるということはそれだけ妖怪の餌としての価値が上がるということなのだと、僕はその時初めて気づいた。同時に、両親の首に巻き付いていたあの白い手を思い出して、ぞわりと全身に鳥肌が立った。

それから押し切られるように同居が始まって、彼らは常に僕のそばにいる。幸い、両親の残してくれた家はそれなりの大きさだから、狭くて困ることはない。流石に学校まで着いてくることはないけれど、時々、視界の隅にテツヤの操る影の姿が映ることがあって、そういう時、僕は泣きたいくらい嬉しくなってしまう。


だって、ここに自分を認めてくれる存在がある。頼れる友人もなく、両親もなく、一人で途方に暮れていた僕を、必要としてくれている存在がある。死んでほしくないって、思ってくれている。

それがどうしようもなく嬉しくて、だから僕はここで生きようと決めた。


願わくばずっと、ずっと彼らのそばで。






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