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忠犬、ときどき番犬


ときどき聞かれることがある。


「お前と赤司さんって結局どういう関係なの?」って。


そんなとき、俺はいつだって同じ言葉を返すのだ。


「俺は赤ちんの犬だよ」って。



忠犬 ときどき 番犬



クラスメイト曰く、赤ちんと俺は女王様と従者なのだそうだ。もしくはお姫様とそれを守る騎士。実際のところ、俺たちはなんでもないただの幼馴染なのだけど、クラスメイトの目には俺たちの関係が何か特別なもののように映っているらしい。

「んー…俺は従者とか騎士よりも、犬のほうがいいなあ」
「えー…そこはせめて人間にしとこうぜ」
「んーん、俺は犬がいいのー」

赤ちんに出会ったのは、もう10年も前のこと。そのころから今までずうっと、俺は赤ちんの犬。赤ちんにだけ尻尾を振る、忠犬アツシくんなのであーる。




俺たちが普通の幼馴染とはズレた関係であることは、きちんと理解している。というのも、幼馴染の手本のような二人が身近に存在するからだ。峰ちんと桃ちん。喧嘩しつつじゃれあいつつ、つかず離れずの絶妙な距離を保っている彼らは、まさしくよく漫画なんかに出てくる幼馴染像そのものだと思った。あの二人を普通として考えるのなら、俺と赤ちんの関係はもっと不健全でどろりと重たい。

多分俺たちはお互いに視野が狭いのだろう。二人だけでひとつの世界を形成して、それで満足してしまっているから、常に閉鎖空間の中でふたりぼっちのような状態なのだ。そしてそれを苦痛に思わないくらいに、俺たちは依存し合っている。それは端から見たらきっと歪で、だけどこれが俺たちのすべて。





「俺と赤ちんは従者と女王様なんだってー。それか騎士とお姫さま」
「ふうん」
「なんか好き勝手言われんの、いやじゃない?ちょっとむかつくかも」

だってそいつ、赤ちんのこと我侭な暴君みたいな風に言うんだもん。

空になったお弁当箱を片付けながらちょっとだけ頬を膨らませて言ったら、赤ちんはそれを、くだらないと笑った。

「そんなの、言わせておけばいい。どうせ誰も、僕たちのことなんて理解できないのだから」
「…そうだね」

細い指先が器用に箸を操って、きれいな所作で玉子焼きをつまむ。赤ちんのお弁当は俺より小さいのに、赤ちんはいつも俺より早く食べ終わったことがない。急いで食べるとおなか痛くなっちゃうから、ゆっくり食べるんだって。胃に悪いから敦もゆっくり食べなきゃだめだよと赤ちんはいつも言うけれど、俺はそれをあんまり守れない。だっておなか空いてるんだからしょうがない。

「敦、暇なら髪」
「んー」

もぐもぐ、お弁当を咀嚼しながら赤ちんが軽く三つ編みを揺らす。4限が体育だったからかな、赤ちんの髪は少しだけ乱れていた。痛くないようにゆっくり解いてやると、ふわりと広がる柔らかな猫っ毛。絡まりやすいから嫌だといって、赤ちんはいつも三つ編みばかりを好むけど、俺はどちらかというと髪を下ろしている赤ちんのほうが好きだった。ふわふわ、やらかい感じがして可愛いから。まあ結局は赤ちんなら何でもいいのだけれど。





そんな忠犬アツシくんな俺だけど、ときどきは牙を剥くこともある。といっても赤ちんにではないけれど。

「赤司さんが好きです!」

…なんてね。更衣室まで聞こえてきた緊張でひっくり返りそうなくらい大きな声は、間違いなく赤ちんにむけてのものだった。赤ちんはいつも俺の練習が終わるまで待っていてくれるから、きっとそれを知っていて今を選んだのだろう。でも残念、ばっちり聞こえてますよ、犬の耳をなめないでよね。

「ありがとう」

赤ちんはきっとこう言ったはずだ。あの子は告白されたとき、必ずそう言う。けれどそれは、期待を持たせる分残酷なんじゃないかなあと思ってしまう。まあ俺には関係ないことだけど、ね。

着替え終わって外に出たら、更衣室の裏手にある大きな木の下に、赤ちんとその男の姿が見えた。夕焼けの中にたたずむ二人はなんだかロマンチックで、映画の中の1シーンみたいだなあ、なんて思う。…まあ今からぶち壊しにいくわけだけれど。

「赤ちーん、お待たせー」

後ろからそっと近づいて、猫の子を抱えるように脇の下に手を差し込んで抱え上げた。そのついでに、相手の男をひと睨み。赤ちんはされるがまま、遅いぞ敦、なんて言っちゃってる。

「ごめんねー、かえろ?」
「ん。自分で歩くから降ろして」
「はあい」

赤ちんがトンッと地面に着地したのと、その男が「え…」と声を漏らすのは同時だった。

「それで、まだ何か用かな?」
「え、あ、いえ…」

赤ちんはことりと可愛らしく首を傾げ、けれどその小さな唇は男に向かってひどく残酷な言葉を紡ぐ。一瞬、泣きそうな顔をした彼は、ふるりと首を振ると、逃げるように駆けていってしまった。

「…あーあ、あの子かわいそー。きっとトラウマになるよー?」
「最初に邪魔したのは敦だ」
「まあそうなんだけど」

ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、彼のことをかわいそうだと思った。だけどそれをはるかに超える優越感に、ゲンキンな頬は緩む。赤ちんの隣は俺の場所。俺の隣は赤ちんの場所。これは絶対。だから赤ちんは、どんな男に声をかけられたって、絶対に俺を選ぶのだ。

「敦、行くよ」
「うんっ」



俺は犬。赤ちんの犬。

従者や騎士みたいに見返りで動くわけじゃない、たった一人認めた女の子のために忠義を尽くす犬。

普段は従順に傍にいましょう、危ないときには番犬にだってなりましょう。

だってそれが俺のしあわせ。

だから忠犬アツシくんは、今日も赤ちんの隣で元気に吠えるのです。わんわん。






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