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ベガは初恋を知る


ことのはじまり


ある土曜日の昼下がり、行きつけのマジバにて。いつもなら火神も当然のように隣にいるはずだが、今日はなにやら用事があったらしく、黒子は一人で昼食をとっていた。…が、しかし。

少し遠い席に見える見慣れた深い赤の髪は、果たして自分の見間違いだろうか。黒子はハンバーガーを一旦置いて、紙ナプキンで口を拭ってからもう一度ゆっくり赤い髪の持ち主に目をやる。

…いや、見間違いなどではない。あれは火神だ。

「火神くん、マジバに来るならいつものように一緒に行けばいいものを…」

呟いた黒子は、しかし火神がいつもより大分そわそわしていることに気づく。話しかけて驚かせてやってもよかったのだが、しかしこれはなにやら事情がありそうだ。待ち合わせをしているのだろうか、いつもならハンバーガーで山盛りになっているはずの彼のテーブルには、今日はMサイズのドリンクひとつのみがちょこんと鎮座している。それをときどき飲みつつ、時折携帯を気にしてそわそわしている様子は、やたら図体のでかい男子の癖にどこか可愛らしかった。

火神はしばらくそうしていたのだが、やがてぱっと顔を上げると、空になったドリンクの容器を片手に持ち、エナメルバッグを肩にかけて立ち上がった。その彼の視線の先を見て、黒子はうっかりシェイクを噴出しそうになる。

「やあ火神、待たせたね」

柔らかく落ち着いた声、凛とした立ち姿。火神よりも明るい赤の長い髪。間違いない、あれは赤司さんだ。赤司征。黒子の元同級生で、帝光中学男子バスケ部の監督(実質)で、現在は京都の高校(偏差値の高さに目玉が飛び出るかと思ったのは秘密である)に通っているはずの、おんなのこ。

「や、そんな待ってねーし。つか新幹線乗り遅れるなんて珍しいな」
「ああ、行きがけに玲央に捕まってな。化粧だなんだとあれこれ弄られていたら遅くなってしまった」
「ああ、それで今日はやたらおめかししてんのか」

指摘されて、なぜか赤司の顔がほわっと赤くなる。黒子はその姿を見て、自分の中にふたつの疑問を抱いた。ひとつは言わずもがな、なぜ火神と赤司が個人的に会っているのかということである。赤司が今日帰省するのは知っていた。明日キセキの世代で久しぶりに集まる約束をしているからだ。ちょうど紫原の帰省も被ったため、明日はバスケ三昧だと思われる。けれど今日は用事があるからだめだと、赤司に断られていた。その用事が火神に会うこととは、一体どういうことなのか。

そしてもうひとつは、彼女の格好であった。今日の赤司は白い襟のついた黒のシフォンブラウスに、ハイウエストですそに黒糸で細かな刺繍の入ったグレーのギンガムチェックスカートを合わせ、白いケミカルレースの靴下とTストラップのベージュのパンプスを履いていた。ものすごくガーリーである。そして髪の毛は全体的にゆるく巻かれ、トップを少し編みこんでリボンで結んであった。よく見えないが、多分うっすら化粧もしているのだろう。

赤司はもともと、自分の外見に無頓着な人間だった。桃井が何を言っても気にする様子もなく、オフの日にみんなで出かけるときも面倒くさいからと制服を着てきたり、どうせバスケをやるのだからと最初からジャージで着たこともある。そんな彼女が、あんなに愛らしく着飾っていることに、黒子は疑問を覚えたのだ。

「…やっぱり変、だろうか?僕も似合わないとは思ったんだが、玲央がどうしてもと言うから…」

頬を赤らめたまま、赤司はふいっと目線を火神から逸らし、うろうろと不安げにさ迷わせる。俯いてしまった彼女を見て自分の失態に気づいたのだろうか、火神はぎょっと目を見開いてあー…だとかうー…だとか唸っていたが、やがて覚悟を決めたように赤司の頭にそっと手を置くと、髪が崩れないようにぽんぽんと優しく撫でながら、茹蛸のような赤い顔で「すげー似合ってる」とぶっきらぼうに言った。

それを見ていた黒子は、なぜか言葉にしがたいもやもやっとした感情を覚えた。どうしてだろう、彼ら二人を放っておいたら、なにかまずい気がする。というか、大切なものを失ってしまうような予感がした。黒子は思わず、彼らに話しかけようと立ちあがった。しかしその決意は、彼らが取った行動により、あとかたもなく粉砕したのだった。

「そろそろその手をどけろ。時間が無くなるぞ」
「そうだな。…まずは飯行くか」
「うん」

火神はそばにあったごみ箱に手に持っていたドリンクの容器を放り込むと、エナメルバッグのかかっていない方の手で赤司の手をぎゅっと握った。その躊躇いのなさに、黒子は立ち上がったまま声をかけることもできずに固まった。これは一体どういうことだと赤司の方を見れば、彼女は怒ったり振り払ったりする様子もなく、平然と受け入れている。むしろ繋がった手をもぞもぞと動かして、自分から指を絡めにいったくらいだ。

最期まで黒子に気づく様子もなく出て行った二人を、黒子は唖然と見つめていた。しかしどうにか最後の気力を振り絞り、彼らの後姿を一枚、ぱちりとカメラに収めた黒子は、赤司を除くキセキの世代全員に一斉送信でメールを送る。

件名:大変なことが起こりました
本文:由々しき事態です。まずは写メを見てください。話はそれからです【添付画像】


黒子の携帯が四人それぞれの動揺をたっぷり詰めたメールを受信するのは、それから数分後の話である。


* * *


ようこそ戦場へ

急きょ変更し、赤司を除くキセキのメンバーがマジバに集結した。赤司には待ち合わせ時間を一時間遅く教えてあるうえ桃井と一緒に来るように言ってあるので、このことはばれていない筈だ。

「皆さん、今日は集まってくれてありがとうございます。さて、写真の件ですが、実は昨日、マジバで火神くんと赤司さんが待ち合わせをしているところを見かけてしまったんです」
「…偶然会っただけじゃないのか?」
「てかそもそも赤ちんと火神って接点そんなになくねー?」
「開会式と決勝以外で関わるときってなかったッスよね」
「でも写真で手ェ繋いでただろ。超仲良しじゃねーか」
「「「あ」」」

青峰の言葉に、黒子はよくぞ気づいてくれましたと言わんばかりに頷く。そしてひとりひとりの顔をゆっくりぐるっと見回してから、再び口を開いた。

「そうなんです。会話の様子から、今までにも何度か会っているような雰囲気でした。手を繋ぐことに赤司さんが抵抗を示さなかったことも気になります。それに、ほら、赤司さんって昔からあまり自分を飾ることに興味がなかったじゃないですか」
「あー…」

最後の言葉に、黄瀬が遠い目をする。綺麗な顔立ちをしているのに特に肌の手入れをする様子もなく、服装も全く気にしない。美容室に行くのが面倒だからと自分で前髪を切ろうとしたこともあり、黄瀬が半泣きで「せめて俺にやらせてくださいッス!!!」と止めたこともある。普段から職業柄、自分磨きを欠かさなかった黄瀬は、せっかくの逸材をそのままにしておくのがどうにももったいなく思えて、何度も赤司と口論になったものだった。その口論に黄瀬が勝ったことは一度もないが。赤司に口で勝つことなど、並大抵の人間には無理な話である。

「でもこの赤ちん超可愛いよ?」
「明らかに着飾っているのだよ…」

中学時代からはおよそ考え付かないような「女の子らしい」赤司の姿に、紫原と緑間が首を傾げる。

「そりゃ見せたい相手でもいたんだろ……あ、」
「…まさか、見せたい相手って」
「…ええ、火神くんだと思います。付き合っているのかはわかりませんが、昼食がどうのと話していましたから、あれはもう完全なデートです」

こくりと頷き、断定した黒子の言葉に、大柄な男達がそろって動きを止めて三秒。ぎゃああああああっ!!!と情けない悲鳴がそれぞれの口から飛び出るのを、黒子はいつも通りの無表情でシェイクを飲みつつ眺めた。落ち着いてるって?これでも動揺してるんですよ、顔に出ないだけで。

「火神マジ捻りつぶす…!!!」

ガタン、と最初に立ち上がったのは紫原だった。空になったドリンクの容器をぐしゃりと握り潰すと、凶悪な顔つきで低い唸るような声を出す。

「ちょ、紫原っち落ち着いて…!!」
「紫原、俺も追加で頼むわ」
「青峰っちまで…!」
「んだよ、黄瀬は火神に味方すんのか」
「そうじゃなくて…!!あーもう!!!!」

紫原に続き、青峰までも立ち上がると、黄瀬はあわあわと両手を意味なく動かし、へんにゃりと眉を下げて困った顔をする。綺麗な金髪をぐしゃぐしゃと掻き回した黄瀬はもう一度何かを言うべく口を開いたのだが、それは黒子の言葉に遮られることとなった。

「大変です、緑間くんの魂が完全に抜け切ってます」
「え?…え!?うわああ緑間っちしっかり!戻ってきて!!!」
「惜しい奴を失くしたな…」
「みどちんなむー」
「アンタらも悪乗りすんな!!」
「…おや、僕たちが一番最後か。珍しいな、お前たちが集合時間よりも早く来るなんて」
「あれー?みんな早いね。大ちゃんまでいる」
「「「「…え?」」」」

黄瀬がいい加減突っ込むことに疲れ始めた頃、聞き覚えのありすぎる声が二つ、頭上から降ってきて、放心状態の緑間を除く面々がその声に思わず振り返った。予想通り、というか予想しなくともその声の持ち主は赤司と桃井だったのだが、彼らの視線は赤司の服装に釘づけになる。

昨日よりは甘さ控えめだが、白のシフォンブラウスにベージュのハイウエストキュロットを合わせた赤司の格好はひいき目を抜きに人目を引いたし、何よりも昔ならあり得ないようなその恰好があの写真の姿を本物だと如実に証明していて、何も言えなくなってしまったのだ。けれどその状態の中で、一人だけ動いた人間がいた。先程まで魂の抜けていた緑間真太郎である。

「赤司…」
「なんだ真太郎。どうした?」
「俺は絶対認めないのだよ…!!!」
「いたっ…し、真太郎?!」

ゆらりと立ち上がった緑間は、赤司の細い両肩をがしりと掴むと、そのままぐらぐら揺らす。突然の行動に反応出来なかった赤司は、緑間に揺さぶられるまま、目を白黒させて彼を見つめた。

「緑間っち落ち着いて!」
「えっ、なに?ミドリンどうしたの?」
「赤司に恋人ができたかもしれねーって知ったら固まって、爆発。今ここ」
「赤司さんが昨日火神くんと会ってたところを、僕が偶然見かけてしまったんですよ」

それを皆さんに伝えたら、今のような状態になっているわけです、と黒子が簡潔に説明すると、いまだに緑間に肩を掴まれたままの赤司が、ぴしりと露骨に固まった。

「み、見たのか…?」
「ええ、あなたたちがマジバで待ち合わせをして、手をつないで歩いていくところまでばっちりと」
「……っ!」

赤司の頬に、ぶわりと熱が集まる。みるみるうちに赤くなっていくのを、黒子は面白くないといった感情がありありと描かれた表情で見つめた。ポーカーフェイスな黒子にしては珍しい、感情フルオープンである。要するに赤司にこのような可愛い反応をさせた原因が自分ではなく、火神だということが気に入らないのだ。

「あれ、征ちゃん言ってなかったの?付き合いだしたのって確か四月とかじゃなかった?」
「やっぱり付き合ってたんスね!写真見りゃわかるけど!うわああああっ!!」
「赤ちんが俺に隠し事するなんて…」
「つかさつき知ってたのかよ!言えよ!」
「だってみんなに知らせてないとは思わなかったんだもん!」
「あ、赤司…本当、なのか…?」

恐る恐る、と言った様子で緑間が尋ねるのに、赤司は赤くなった顔を隠すようにして俯いたまま、こくりと小さく頷いた。ふらり、と緑間が脱力する。それを慌てて支えてやりながら、黄瀬はふとやけに静かな他のメンバーを見やり、そして…全力で見なかったことにした。なにせ元々強面の青峰や、あまり目つきのよくない紫原はともかく、黒子までかなり凶悪な表情をしていたので。

やがてにこにこと柔らかな笑みを浮かべた黒子が、緑間の肩にぽんっと手を置き、ひときわ優しい声で言った。

「緑間くん、大丈夫です。うちの子をたぶらかした火神くんの罪は重いです。今すぐ呼び出して『お話合い』をしましょう」
「だ、だめだ!火神は呼ぶな!」
「ちょ、黒子っち?!冷静になってくださいッス!!」
「何言ってるんですか、僕はいつでも冷静ですよ。…赤司さん、どうして火神くんを呼んだらだめなんですか?」

黒子の問いに、赤司は俯いたまま答えない。彼女らしくないはっきりしない態度だ。どうしたのかと皆が首を傾げていると、そうっと顔を上げた赤司が、今度はひどく弱った、それこそ泣き出してしまいそうな悲壮な顔で、いやだと首を振った。

「そんなことをして、もしも嫌われたら…」
「この程度で嫌いになるようなやつなら、尚更ですよ」
「違う、火神はそんな男じゃない!」
「それなら呼んでも大丈夫じゃないですか。というか、火神くんがそんな男じゃないのは僕だってよく知ってます」
「お前はどっちの味方なのだよ黒子!」
「知っていますがそれとこれとは別の話です。ああ、赤司さん泣かないでください」
「泣いて、ない…っ!」

泣いていないというが、赤司の目には薄っすら涙の膜が張っていて、ゆらゆらと不安定に瞳を揺らしていた。嫌われてしまうかもしれないから、と赤司は不安がるが、火神は一度懐に入れた相手に対しては結構甘い。それに赤司と付き合う時点で、この煩い五人の小姑達にやいやい言われることくらい想定済みであると思うのだ。

「黒ちん、赤ちんいじめんなし」

いつのまにか赤司のすぐ側までやって来ていた紫原が、後ろから掬うようにして赤司を抱きしめた。中学の頃には見慣れていた光景である。火神と付き合っているのだから嫌がるかと思いきや、赤司は自分以外の体温に安心して少し落ち着いたようで、紫原の腕に自分の頬を摺り寄せるようにくっ付けた。

「黒子っちぃ……」
「テツくん……」
「……わかりました。今この場で呼び出すのはやめます。その代わり赤司さん、火神くんに何か嫌なことをされたら、すぐに言ってください。約束ですよ?」

赤司の小さな手をぎゅっと握り、しっかりと目を合わせたまま問えば、赤司は迷うような素振りを見せたあと、こくりと頷いた。

「わかった、約束だ」

その言葉に、緊張しながら二人をおろおろ見つめていた黄瀬と桃井が脱力する。

「よかったッス、穏便に終わって…!」

目に涙すら浮かべ、よかったと笑う黄瀬の隣で、肩を落とす緑間の背を撫でてやりながら、「『今』は呼び出しませんけどね、ふふふ…」っと、黒子が何かを企むように笑んだのに、そのときの赤司は気づいていなかった。

* * *

おまけのはなし

翌日、赤司さんが京都にお帰りになったあとに呼び出しをくらった火神くんの問答(桃井のICレコーダーより一部抜粋)



なんだよ、お前からマジバに誘うなんて珍しいと思ったら、紫原以外のキセキ勢ぞろいじゃねーか。なんか会合でもすんのか?

は?俺について?どういう意味だ。………え、見てたのかよ?!っわ、恥ずいな…。

あ?おう、付き合ってるけど?なんか、お前らに知られたら面倒だから内緒にしてくれって赤司が言うから。

なにが面倒なんだって?そりゃ今みてーな状況のことじゃねーの?つかお前ら暇だな、揃いも揃って。

…赤司の一大事だからって、そんだけでこーやって集まれんの、すげーと思うよ。でもお前らちょっと過保護過ぎだろ。大体、桃井…さん、だって恋心丸出しじゃねーか。

キセキ相手だから?ちょっと待て、そりゃおかしいだろ。そもそも誰と付き合うかなんて、赤司の勝手だ。むしろ赤司を大事に思うなら、そうやって邪魔するより黙って祝福してやれよ。

お前らがあいつのこと大事にしてんのなんて、百も承知だって。でも好きになっちまったもんはしょーがねーだろ。

別に認めろとか言わねーから。もしも俺があいつのこと悲しませたりしたときには、好きなだけ責めてくれていいし。

でもなにもない内から否定すんのはやめろ。

心配しなくても大事にするって。

大丈夫、俺はお前らが思ってるよりもずっと、あいつのこと好きだよ。








「正直、火神くんのイケメンっぷりを舐めていました」

後に黒子はそう語る。そんなこともあったなとからから笑う火神の隣で照れ隠しのように不機嫌な表情をしつつ、それでもほわりと頬を染める赤司の姿を、キセキ達が穏やかな気持ちで見つめながら酒を飲むのはそれから数年後の話である。

2012/10/01






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