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ネコ科の王様子猫様


その日、実渕が赤司を見つけたのは、まったく偶然のことだった。借りっぱなしだった本を返しに行こうと、本校舎と隣接された図書館の間を結ぶ渡り廊下を歩いていたら、その廊下の端の方に、彼は蹲っていたのだった。地毛だという明るい赤の髪を持つ一つ下の後輩は、遠目で見てもよく目立つ。

「征ちゃん?どうしたの、気分でも悪いの?」

膝を抱えるようにして小さくなっている赤司が気になってつい声をかけると、赤司は普段と何ら変わりのない様子で振り返った。

「やあ玲央。図書館かい?」
「ええ。征ちゃんは…具合悪いってわけじゃなさそうね」
「ああ。……ちょっと、猫がね」
「猫…?」

赤司の言葉が上手く咀嚼できず、とりあえず彼に倣って実渕もその場にしゃがみ込む。すると、いままで隠れていて見えなかった小さなもふもふが、赤司の足にすり寄るようにして存在していた。黒い柔らかな毛並みのその猫は、けれどその足先だけは靴下を履いたように白い。

「あら、ソックスじゃない」
「ソックス、というのか?この猫は」
「さあ?ときどき校内に入ってくる野良猫なのよ。うちのクラスではソックスって呼ばれているけど、先生の中にはニボシって呼んでる方もいらしたし、卒業していった先輩は確かクロ、と呼んでいたわ」
「そうか」
「みんながあれこれ餌をあげるから、最近はすっかりデブ猫になっちゃって…これでも私が一年生の時はもう少しシュッとしていたのよ」
「ふうん…ふふ、だからこんなに人懐っこいんだな」

うりうり、と遊ぶように、白く細い指が黒の猫毛を撫でる。赤司が頬を緩めながら、可愛いなと小さく呟いたのを、実渕は目を細めて見つめた。

「征ちゃんは猫が好きなの?」
「どうだろう…動物は全般的に嫌いではないけれど」
「実家でなにか飼っていたりするのかしら?」
「いや、ペットを飼ったことは一度もないな」
「あら、どうして?」
「だって、どんなに愛らしくても、いつかは僕を置いていくだろう?」

当たり前のように、時折こうして寂しい片鱗を見せるから、実渕はこの小さな後輩から目が離せなくなってしまう。赤司はたぶん、本人が自覚しているよりもずっと繊細だ。臆病なわけではないけれど怖がりで、変化に対応できるだけのスキルは備えているけれど、自分の知らないところで何かが大きく変わることを嫌う。

彼が常に頂点にいたがるのは、たぶん勝利のためだけではない。物事の変化していく様を常に上から見て把握しておきたいのだろうと、実渕は考察していた。

「征ちゃんは、少し難しい子ね」
「…それは玲央も同じだろう。僕とお前は、たぶんよく似ている」

それはまさしく、赤司の言う通りなのだった。実渕と赤司は、本質的に似通っているところがある。だから実渕は人一倍赤司のことが気にかかるのだ。

「そうね、私達は似てる。だからきっと、あなたもアイツらみたいな存在に救われてしまうんだわ」
「え?」

言われた意味が分からない、とでもいうように、ことん、と赤司が首を傾げる。けれどその瞳は実渕の後ろに広がる渡り廊下を捉え、納得したようにすうっと細くなった。

「赤司と実渕じゃーん!なにしてんの?」

渡り廊下の入り口からぴょこり、と軽やかな足取りで現れた葉山が、猫みたいな目を好奇心で目一杯光らせながらこちらに小走りで駆けてくる。二人してしゃがみ込んでいるのを不思議に思ったのだろう、上から覗き込むようにしてくっついてきた葉山は、赤司の足元にいる黒い塊を目にすると、ああ、と納得したように声を上げた。

「なんだ、モーモーじゃん」
「小太郎はモーモーって呼んでるのか?」
「うん、ほら、白と黒だから牛カラーだろ?」
「あんた安直ねぇ…」
「それだとパンダもありだな」
「もう、征ちゃんまで!」

くるくると猫の背を撫でるように指を動かしながら、赤司がくすりと笑う。

「玲央の言うとおりだな。確かに僕もまた、彼らに救われているんだろう。お前のようにね」

まばゆい光を当てられたような目つきで、赤司は葉山を見つめた。赤司や実渕のような人間にとって、葉山の面倒くさい駆け引きなど一切ない、夏の高い空のような底抜けの明るさはとてもまぶしい。

けれどそのまぶしさにどうしようもなく惹かれて、安心して、そして、その裏表のない素直さに、きっと救われてしまうのだ。



ネコ科の集いは気難しい


* * * * *

おまけの洛山


「俺はさあ、初めて赤司を見た時、ライオンみたいだなあって思ったんだよね」

先日赤司が撫でていた野良猫、ソックス(またの名をモーモー)にニボシを与えながら、葉山は誰に言うわけでもなく呟いた。

「ライオン?ありゃどーみても子猫だろ」
「ライオンも子猫も同じネコ科に変わりないわよ」
「いやいや、そーなんだけどさあ、なんてーの?俺が初めて見たのって中学の頃、コートの中でだったから、なんかもうライオンにしか思えなかったんだって。ほら、百獣の王って言うじゃん?」
「まあたしかに全てを従える王、という意味ではライオンが正しいのかもしれないわねえ」
「サイズ的には子ライオンだろうけどな」
「でしょでしょ?」

ふふん、と得意げに笑う葉山を横目に、実渕は初めて赤司を見た時のことを思い出していた。

覚えている、覚えている。初めて彼と対峙した時のこと。中学生とは思えないほどよく育った巨体のチームメイトの中で、彼の小ささは一際際立っていた。けれどその身体から発せられるオーラは、その中の誰よりも強力だった。ライオン、という葉山の表現は、ある意味正しかったのかもしれないと思う。その名前だけで相手を委縮させるような圧倒的な恐ろしさが、その時の彼にはあったのだ。

だけど、と実渕は思う。今はどうだろう。そう考えたとき、彼に当てはまるのはそんな獰猛な生き物ではなかった。むしろ、彼に当てはまるのは、

「でも今は、根武谷のゆーとおり。子猫みたいだよなーって思う」

そうだ、猫だ。

寂しがり屋で気まぐれで、環境の変化に弱い。ときどきこちらにすり寄ってきたと思えば、伸ばした手を鬱陶しそうにはじき返してくる。どこまでも懐かない、けれど、無性に抱きしめて愛してやりたくなる、彼は猫だ。

野良猫ではない、けれど首輪は決してつけさせてくれない、ふらふら危なっかしい子猫。だから目を離せない。目を離さないでと小さな背中が訴えるから、いつだって、彼らは赤司の背を追いかける。首輪がなくったって俺たちはお前を見失ったりしないよ、だからもっとそばにおいでと、警戒心の塊のようなその小さな身体の力を抜いてやることに一生懸命になるのだ。



ネコ科の王様子猫様




つまり何が言いたかったかというと、葉山くんは明るくておおらかで裏表がない、根武谷くんは不器用だけどやっぱり裏表がない、だから実渕先輩とか赤司くんみたいにいろんなことを深く受け止めて考え込んでしまう繊細な人は、こういう裏表のなさに安心して気を休めることができるんだろうな、というはなしです。

2012/09/15






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