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続・束縛系男子降旗くん


中学の頃からずっと、赤ちんを抱きしめることは俺だけの特権だった。他の人の手は煩わしげに振り払うくせに、俺だけは「しょうがないな」で許してくれる。抱き込めば、小さな身体は誂えたかのようにぴたりと俺の腕の中に収まる。その距離が好きだった。ずっと俺だけのものだと思っていた。けれどそれは、ある日突然に崩れ去る。

「ごめん敦、もう僕に触らないで」

目の前が真っ暗になるって、こういうことなんだろうか。

俺は赤ちんの言ったことが上手く飲み込めなくて、けれど心のどこかでは理解してしまって、みっともなく涙目になりながらどうして?!と彼に縋った。そうして彼の口から出た「降旗」という言葉に、俺は殺意にも似た衝動を覚える。

「…そうだ、東京へ行こう」
「敦、それを言うなら京都だろう」

少しズレた返答をする赤ちんは置いておいて。

そうだ、とりあえず東京へ行こう。そんでもって捻りつぶす。

降旗光樹、許すまじ。



忠犬VS束縛彼氏の仁義なき戦い


「…で?」

ことりと首を傾げ、にっこりと笑ってみせた降旗は、けれど目線を紫原に合わせたまま外そうとしない。紫原の腕の中に収まり、何やらもごもごと言葉を発している(顔を紫原の胸に押し当てられているせいで、まともに聞こえない)赤司は、まるで抱っこされているぬいぐるみのようで可愛らしいのだが、密かに身長にコンプレックスを抱いている降旗の神経を逆撫でするには充分であった。

「とりあえず、赤司くんのこと離してくれない?」
「やだ。元々これは俺の特権だしー」
「それはまだ赤司くんがフリーだった頃のだろ?今は俺のだから、はなして」
「はあ?赤ちんは中学の頃から俺のだし。マジひねりつぶすよ?」

ぎゅむ、っといっそう強く抱き込まれたことで、「僕は誰の所有物でもない!」という赤司のまっとうな主張はかき消された。

「赤司くん、」

紫原との間にこれ以上の進展は見込めないと感じたのか、降旗は話しかける相手を赤司に変えた。紫原と降旗、二人の間に板挟みになった赤司は、降旗の呼びかけにふるりと肩を震わせる。

「赤司くん、」

降旗がもう一度その名を呼んだら、赤司はおそるおそるといった様子で振り返り、そして、その場に彼をとどめようとする紫原の腕をそっと押して、解いた。

「赤司くんはどうしたいの?俺とあいつと、どっちを選ぶの?」

酷い質問だと思う。赤司の表情は分かりやすく歪み、へにゃりと眉を下げ、らしくもなくゆらゆらと瞳を揺らした。ああ、これは決壊寸前だな、と降旗は思う。赤司は一度懐に入れた者に対してはとことん弱い。紫原と降旗、彼から与えられる愛の種類は違えど、彼の中での存在の大きさは同じくらいで、だからこそどちらかを選べという降旗の質問は赤司を酷く動揺させた。

「赤司くん」「赤ちん」

意図せず、赤司を呼ぶ二つの声がそろう。ぐらり、と一際大きく、その色違いの瞳が揺れて。


(ああ、決壊する…)


はらはらと、彼の両の眼から涙が零れ落ちるのと、彼の後ろに立っていた紫原がそれを抱き締めるのは、ほとんど同時だったように思う。紫原に後ろから抱き締められながらぼたぼたと落涙する赤司に、降旗はさらに追い打ちをかけるように笑んだ。

「ねえ赤司くん、それはどっちのために泣いてるの?」



* * *


ある昼下がりのマジバにて

「…どうですか、僕の新作は」
「どうもこうも、相も変わらず捏造甚だしいな…」
「そうですか?降旗くんは、赤司くんのキャラはあながち間違っていないと言っていましたけど」
「…光樹とは今夜じっくりお話しないといけないな………」

昼下がりのマジバ。いつぞやのように黒子に呼び出され、赤司は嫌な予感を覚えつつもその場に向かった。赤司の「嫌な予感」は見事に当たり、とても機嫌のよい黒子(締め切り明け)に見せられたのは、次回の文芸部部誌の原稿であった。用意周到なことに、今回もすでにPDFでデータ入稿済みだという。赤司はもはや諦めの境地に入り、小さな溜息をひとつ落とすと、テーブルに頬杖をついた。

「それで、この話も光樹に入れ知恵されたのか?」
「は?」
「敦が光樹に喧嘩吹っかけた話、光樹から聞いたんだろう?」
「え、ちょっと待ってください。僕、この話に関しては彼からなにも聞いていませんよ」
「へえ、じゃあこれは全部テツヤの妄想だっていうのかい?」
「ええ、誓って嘘はついていません」

宝石のような二色の瞳が、疑るように黒子を見つめる。それを黒子がじっと見返して暫く、二人は黙って見つめあっていたのだが、やがてやれやれとばかりにもう一度深い溜息を吐いた赤司が、わかった、信じるよと頷いた。

「紫原くんと降旗くん、まさか本当に喧嘩をしたんですか?」
「いや、喧嘩ってほどのものじゃないよ。ただ僕に触る触らないで少し言い合いになってね」
「…どっちが勝ったんです?」
「どっちだと思う?」
「紫原くんですかね。先日みんなで集まったときにも、思いっきり赤司くんにべたべた甘えていましたし」
「うん、実はね、引き分けなんだ」

ふふふ、と心底可笑しいといった思い出し笑いで、赤司は頬を緩ませる。

「光樹がね、『赤司くんに触らないでほしい』って言ったら敦が少し、いや、かなりイラっとしてね、持っていたお菓子の袋を握りつぶして破裂させちゃったんだ。そうしたら光樹ったらすっかりびびって、小さな声で『俺の見ている前では』とか付け足しちゃってね、まあそれでお互い妥協して終わり」
「それはなんというか…いろいろ突っ込みたいですけどやめておきます」
「ふふ、あの時の光樹は、小型犬が一生懸命大型犬に立ち向かっているみたいで可愛かったなあ」
「……結局惚気に走るんですね、ごちそうさまです」

どうしてこのカップルはいつも自分の思考の上を行くのだろうか。黒子はなんとなく負けたような気になって、黙ってバニラシェイクを啜った。先程まで最高傑作とすら思っていた自分の文章が、今はつまらない紙の束に思えてしまう。

腹いせに、黒子はスマートフォンのメールアプリを立ち上げた。あて先はもちろん降旗光樹。件名は「君の嫁が惚気まくっている件について」。

ああ、今夜の彼らがどんな会話をするのか楽しみだ。

2012/09/13







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