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サマーチャイルド


◎中学生青峰くんと5歳児赤司くんのおはなし




ジワジワとセミの鳴く、茹だるような暑さの八月某日。母親がおっそろしく可愛くない子どもを連れてきた。いや、外見だけ見ればとても愛らしい、それこそうっかり女の子と間違ってもおかしくないくらいの可愛らしさなのだが。

「おい」
「なんだまっくろくろすけ」

…この態度である。

母親の高校時代の友人の子どもだというそいつはまだ小学生にも満たない幼子で、それにしてはやけに強い目力と明るい赤毛が特徴的だった。名前は赤司征十郎という。ぎゅうっとぬいぐるみを抱いて俺を見上げる稚い表情と、名前のいかつさがミスマッチでなんだか笑える。

征十郎の両親は何かと多忙な人らしく、普段からベビーシッターのような専門職を雇っているらしいのだが、今日はどうしてもそれが捕まらなかったらしい。申し訳なさそうに連絡してきた征十郎の母親の頼みを二つ返事で引き受けた俺の母親は、「あんたどうせ暇なんでしょう?征ちゃんをよろしくね」とか何とか言って、俺に面倒を押し付けてきた。しかも「ちゃんと面倒みないと来月のお小遣いなしにするからね」という脅し付きである。アルバイトのできない中学生にとって、親からもらう小遣いは命綱のようなものだ。それを母親に握られている以上、俺に拒否権などあるはずもなく、こうして今、目の前にいる子どもの動向を見ているわけである。

征十郎は先ほどまで俺の母親が用意していた絵本を読んでいたのだが、(まだ小学校にも上がっていない子どもがすらすら音読していくことに、俺は恐怖を覚えた)それもすべて読み終えてしまい、今は持ってきていたらくがき帳にクレヨンでつまらなそうに絵を描いている。(まだ小学校にも上がっていない子どもが五体満足な人間の絵を描いたことに以下略)

「おい、お前それ楽しいか?」

尋ねると、征十郎はらくがき帳から視線を上げ、ふんっと小ばかにしたように笑った。

「たのしそうにみえるか?」
「いや全然」
「じゃあそれがこたえだ」

征十郎はそう答えると、ふたたびらくがき帳に視線を落とす。そうして相も変わらずつまらなそうにクレヨンを持つ手を動かすものだから、俺は奴の思考がわからなくなった。元々子どもの言動をすべて理解しようって思う方が無理なのだけれど。

「ちょ、待てよ。つまんねーならやめりゃいいだろ。何かほかのことしよーぜ。ほら、外で遊ぶとか」
「そとはあぶないから、ひとりででてはいけないといわれている」

少しだけ不服そうに頬を膨らませながら、征十郎は俺を見上げた。ああ、そりゃこの外見だもんなあ、と俺は妙に納得してしまう。誘拐どころか下手したら変なロリコン野郎にイタズラされかねない。あ、この場合はショタコンか。いや、今はそんなことはどうでもいい。

「俺もいりゃ平気だろ。近くの公園でも行くか?」

俺の問いかけは、奴にとってずいぶん魅力的だったらしい。つまらなそうだった表情に一気に好奇心が満ちて、隠しきれない幼い知識欲に、ああなんだ年相応のところもあんじゃねーかと俺は少しだけ安心した。

「いってあげてもいいよ」

なんて、小さな口から出た言葉は相変わらず可愛くなかったけれど。


* * *

家の近くにある公園には、珍しく先客がなかった。日射病予防のために俺の母親に麦わら帽子を被せられた征十郎が、誰もいない公園にぱっと目を輝かせ、たたたっと軽い足音を立てながら走り出す。

「だいき!セミ!うるさい!」
「あー?そりゃ公園なんだからセミだっていっぱい鳴いてんだろーよ」
「セミ!うるさい!うるさーい!」

うるさい、と言いながらきゃらきゃら笑う。どうやら不快なのではなく、楽しいらしい。室内とは打って変わったテンションに俺はしばしついていけずにぽかんとしたが、その子ども然とした姿に、連れてきてよかったと思った。

「セミ、取ってやろうか?」
「できるのか?」
「おー、まかしとけ」

あんまりにもはしゃいだ声を出すものだから、俺もちょっと楽しくなってしまって、いっちょいいところでも見せてやるかと手近な木に近づいた。そうっと手のひらをセミにむけて、ゆっくり近づけて。こくり、と征十郎が息をのむ音がした。

かぶせるように手のひらを使って指でつかみ取ったそれは茶色い羽が特徴的なアブラゼミで、そいつは突然の襲撃に悲鳴を上げるようにジジジッ!っと鳴いた。

「ほらよ」

しゃがみこんで征十郎と目線を合わせ、掴んだままのセミを近づけてやると、征十郎はまあるい瞳をさらに見開いて、おそるおそると言った様子でそれを眺めた。

「…すごい」
「だろ?」
「ずかんでしかみたことなかったのに、だいきはすごいな!」

いつまで掴んでいるんだというように、セミがジーッと鳴いた。びくっと身体を震わせ、征十郎が一歩後退する。

「持ってみるか?」

尋ねたら、征十郎は俺と俺の手の中にあるセミを何度も交互に見やり、困ったようにことりと首を傾げた。さしずめ触れたことのない生き物への恐怖と、好奇心のはざまで葛藤しているのだろう。ほら、と差し出してやると、揺れていた瞳がぎゅっと閉じられ、覚悟を決めたようにぱちりと開いて、そして、征十郎の指が俺の持っている位置のすぐ下あたりに触れた。きちんと掴めたのを確認して指を離してやると、おお、と感嘆の声が漏れる。

「だいき、セミ!」
「おー、怖くねーだろ?」
「こわくない。だいき、しゃしんだ」
「写真?撮れってか?」
「そうだ、はやく!」
「へーへー仰せのままに」

掴んだセミを顔近くまで持ち上げ、麦わら帽子装備でピースをする赤いお子様は、家の中で一人遊びをしているときよりもずっと自然な表情で、そして無邪気だ。

「お前ちゃんとそんな顔もできんじゃん」

嬉しくなって思わずぎゅっと抱きしめた。その拍子に彼の手からセミが飛び立ってしまい、盛大に悪態をつかれたけれど、それも許せてしまう。第一印象の可愛くない、は撤回だ。こうして素直にしていれば、この子どもは多分、世界一かわいい。

「あたらしいのつかまえなきゃゆるさないからな」

腕の中でもがきながら文句を言う姿も、まあ、うん。



* * *


夕暮れ、遊び疲れて電池が切れたように眠ってしまった征十郎を背負いながら帰宅したら、ちょうど征十郎の母親が迎えにきていた。彼女は俺に背負われた泥んこの征十郎を見て目を丸くした後、柔らかく微笑んだ。

曰く、征十郎は保育園にも幼稚園にも通わず、家でベビーシッターと二人きりで過ごすことが多いらしい。それ故、外で遊んだ経験があまりないのだという。なるほど、だからあんなに興奮していたのか。

「でも驚いたわ。うちの子、人見知りで初対面の人には滅多に懐かないのに…よっぽど大輝くんによくしてもらったのね。ありがとう」

くうくうと深い眠りから覚める様子のない征十郎を俺の背から受け取った彼女は、彼をそっと抱き直すと、俺と俺の母親にもう一度ありがとうと頭を下げて、タクシーで帰って行った。

「…なあ、あいつまた来る?」
「あら珍しい、大輝、征ちゃんのこと気に入ったの?」
「ちげーよ!なんとなく!」

ふうん、と母親がなにかを含んだように笑う。

「今度は預かるんじゃなくて、遊びに来て貰ったらいいんじゃない?」

そんな母親の言葉を知ってか知らずか、帰宅して目を覚ましたらしい征十郎から電話があるのは、それから一時間後の話である。

「だいき!」
「声でかっ!起きたのか」
「おきた。だいき、しゃしんおくってくれ」
「ん。あとで母さんの携帯からお前の母さんの携帯に送るわ」
「わかった。あと、つぎはトンボがとりたい。むしとりあみをかってもらうからまってろ」
「ばーか、網なんて使ったら簡単すぎて面白くねーだろ。手ぶらで来い」
「そうなのか?」

知らず知らずのうちに次の約束をしていることに気づくのは、電話を切ってすぐのことだった。

2012/09/12







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