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指先で食べる不機嫌


ざあざあと、シンクに水の跳ねる音がする。食事の後の洗い物は衛生的にさっさと片付けてしまいたくて、火神は先ほどから泡だらけのスポンジを片手に食器洗いに徹していた。赤司と火神、二人分の食器はそう多くはないが、今日は大きめの鍋を使ったせいでいつもよりも少し時間がかかる。これだから煮込み物は面倒くさいんだよなあ、まあたくさん作って冷凍しておけばまた食べられるのは利点だけれど。…なんて、ぼんやり考えながら手を動かしていたら、火神の背中に小さな衝撃が走った。ドンッ、と表現するほどのものではないが、少し重たい。

「征?」

後ろからにゅっと伸びてきた手が、火神の腹に回る。黙ったままぎゅっとくっついてきた恋人さまは、どうやら甘えたい、構われたい気分らしい。こんな風に自分からくっついてくることなど滅多にない天邪鬼が売りの相手だからこそ、たまにこうして甘えられたときの破壊力はすさまじい。抱きしめ返してやりたい、と火神は反射で両手を上げかける。そしてそこで、そういえば食器を洗っていたんだったと思い出す。両手は泡だらけ、流したところで濡れているのに変わりはなく、その手で赤司に触れることにはどうにも抵抗があった。

「わり、ちょっとこれ洗うから待ってろ」
「…やだ」

仕方なしにそう伝えれば、赤司は不機嫌にトーンダウンした声でそう返す。そうしてますますくっついてくるものだから、邪魔されているような気分になって、火神ははあ、とため息を吐いた。

「征、あとでちゃんと構ってやるから」
「構ってやるだなんて、ずいぶんな上から目線だね」
「ヘソ曲げんなって」
「別に、もう結構だ」

ふいっとつれない言葉を残し、赤司が背中から離れていく。まずい、これは本格的にヘソを曲げたなと火神は気づいたけれど、食器を置いて手を洗って拭いて、なんて一連の動作をしているうちに、赤司は寝室に引きこもってしまった。ああ、こんな面倒なことになるのなら最初から食器洗うのやめておけばよかった、と火神は頭を抱えたくなる。結局シンクを泡だらけにしたまま、エプロンも外さずに寝室へ急いだ。

「征、」

鍵はかかっていなかったけれど、こんもり盛り上がったベッドは動く気配すらなく、赤司は完全無視を決め込んでいるようだった。

「征ちゃーん?」
「……」
「赤司さまー?」
「……」
「だーもう、めんどくせえ…」

読んでも一向に返事すらしない赤司にイラっとした火神は、強行手段とばかりに赤司の隠れているシーツを引きはがす。だいたい自分に非があるというより、どこまでも征に振り回されているだけという気がするのはどういうことか。考えるとこっちだって腹を立てていいんじゃないかと思えてしまう。

やっと現れたベッドの中のひきこもりは不機嫌な表情で火神を見上げた後、ふいっと視線を逸らした。

「いつまで拗ねてんだよ」
「別に、」
「拗ねてねーならこっち向けよ」
「……」
「…やっぱり拗ねてんじゃねーか」

赤司は外面だけはいいので、大人びてしっかり人間のできた男だと勘違いされがちだが、実は根っこのあたりが存外子供っぽい。ひとつのものに固執して取られたくないと抗う様子だとか、一度機嫌を損ねたら駄々っ子のようにあれこれと文句をつけてずるずると引きずるところだとか、ある意味とても面倒くさい生き物である。

「…なあ、仲直りしようぜ」

まあでも火神は面倒くさい人間ともう三年も付き合っているわけで、そのあたりの触れ方については多分赤司を知っている誰よりも上手い。ゆるりと頭を撫でながら囁けば、赤司は観念したように右手を差し出した。指先がきゅっとキツネの形を作る。ずいっと差し出されたそれに、自分の指キツネをちょんっとくっつけて、キスをさせたらそれが、仲直りの合図。これは素直に謝ることが苦手な赤司のために、火神が決めたルールだ。これをしたら、それ以前に起きた喧嘩についてはもう一切言及しないこと。ごめんねと言わなくても仲直りできるうえ、後に気まずさも残らない。

「…火神、洗い物はもういいのか」
「途中だけどいい、今はお前優先にする」
「ん、いい子」

やっと機嫌を直した赤司が、柔らかに笑った。その表情に誘われるようにキスをする。ベッドに乗り上げて、抱きしめて、目いっぱい甘やかすように触れて。とろりと蕩けるような空気になったら、その先は、二人だけが知っている。



* * *

指キツネ、帰宅したときとかにもやってたら可愛いなあと思います。ただいま、おかえり、ちゅ、みたいな。
ついでに、赤司くんは眠たいときに甘えたな構ってちゃんになるとおいしいです。


2012/09/16






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