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束縛系男子降旗くん


練習終わり、部室にて。



監督のしごきに疲弊した身体はだるく、着替えるのも億劫で、降旗は部室内のベンチに座り込んでいた。あー…とだらけた声を出しながら手の中にある携帯を指で触っていたら、新着メールを示す表示とともに、携帯がぶるぶるっと震える。ああ、赤司君からのメールか。

【ただいま】

それだけ書かれたメール。数か月前からつき合いだした恋人は、用件以外の内容を文字にするのが苦手だ。会えば他愛のない話も尽きないのに、メールでは結構そっけない。けれどそれはわざとでもなんでもなくて、彼はそういう人間なのだと降旗はよく理解していた。そしてそれについて赤司が密かに悩んでいることも知っていたりする。

【おかえり。いつもより遅かったね。今日は何があったのか教えて】

受信時間を見ながらメールを返信する。「ただいま」というメールは、赤司が寮の自室に戻ったらすぐに送るように頼み込み、毎日の習慣にさせている。赤司は呆れた顔をしていたが、心配なんだよと一言言えば、諦めたように了承してくれた。赤司は意外と降旗に甘いのだ。

『降旗くんって意外と束縛激しいんですね』

黒子にそういわれたのは、いつのことだったか。そうかな、と首を傾げる降旗に、黒子は真顔で頷いたのだった。思えばあれは、結構ドン引きレベルだったのかもしれない。けれど遠距離な時点でどうしても心理的にも物理的にも距離が生まれてしまうことは分かりきっていたし、だから安心をこんな小さなことで得られるのならいいんじゃないかなあ、と降旗は思うのだ。

【監督にフォーメーションのことで相談していたら帰宅時間が遅れてしまったんだ。すまない。今日も特に変わったことはなかったけれど、先輩にお昼を誘われて一緒に食べたよ】

「ふうん…先輩とお昼ねぇ…」

思わず呟いた声は思ったよりも低く、隣で同じようにだらけていた福田が驚いたように降旗と距離を取る。

「降旗くん、」
「ん?なんだよ黒子」
「あまり赤司くんを苛めないでくださいね」

じっと降旗を見つめる黒子の表情は、相変わらずなにを考えているのかわからない。けれど自分に釘を刺しに来たことだけは明らかだったので、表情の硬い彼に向かって肩をすくめてみせた。

「大丈夫。俺が好きな人を苛めるわけないじゃん」


* * *


【先輩とお昼食べたんだ、へぇ…】

降旗から返ってきたメールに隠しきれない怒りのようななにかが含まれていて、赤司は携帯を見つめたまましばし固まった。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか、と赤司はらしくもなく落ち込みながら送ったメールを見直す。降旗はいつも、その日赤司に起こった出来事を聞きたがる。毎日毎日、大きな変化があるわけでもないのに、同じことを聞くのだ。だから赤司は昨日とは違う何かを探すことに一生懸命になる。今日はたまたま、実渕にお昼を誘われた。それは赤司にとってイレギュラーな出来事だったから降旗に報告しただけなのだけれど、降旗にとっては嫉妬の対象となってしまったのだった。けれど残念なことに、赤司はそのことに気づいていなかった。時折、自分が送ったメールの返信で降旗の機嫌が悪くなることがある、そのことには気づいている。けれど、降旗の地雷がなんなのか、赤司は未だにわかっていない。だからこそ何度も何度もそれを踏み抜いて、返ってきたメールを読んで凹むのだ。

「征ちゃん、ちょっといいー?」

コンコン、と控えめなノックの後に、部屋のドアが静かに開く。ドアの隙間からひょこりと顔を出したのは実渕で、先日赤司が彼に渡したメニュー表をひらひらと振っていた。

「玲央…」
「征ちゃんどうしたの?!酷い顔してるわよ!」

理解のできない返信に途方に暮れていた赤司は、へにゃりと眉を下げ、弱り切った表情をしている。それにぎょっと目を見開いた実渕は、メニュー表を放り投げる勢いで室内に入ってくると、何があったのよ!と詰問するように赤司に近寄った。

「いや…メールの意味が、よくわからなくて」
「メール?ああ、例の彼氏から?見てもいいかしら」
「ああ」

すいっと差し出された携帯を受け取り、指でトントン、と軽くタッチしながら赤司の送ったメールと降旗の返信メールを交互に見ていく。遡って読んでいくうち、実渕の表情はどんどん険しくなっていった。

「…征ちゃん」
「なんだ」
「こんな束縛彼氏、さっさと別れちゃいなさい」
「…いやだ」
「征ちゃん、」
「嫌だ」

実渕から奪い取るようにして取り戻した携帯を、ぎゅうっと胸のあたりで握りしめる。意地悪をしているわけではないのに苛めているような気分になって、実渕は困ったわねえ、と呟いた。とりあえず撫でて落ち着かせようかと手を伸ばせば、怖がるように震えて、携帯を守るように手に力を込める。たった一人の男に雁字搦めに束縛されている赤い子供がかわいそうで、可哀想で、実渕は衝動のまま、小さな身体を抱きしめた。

「降旗光樹…いつか会ったら絶対伸してやるんだから…!」





そして修羅場である。

実渕の密かな決意は、案外早いうちに叶うこととなった。洛山が東京へ遠征に行く機会ができたのだ。しかもそれを聞きつけた誠凛の女監督が一試合だけでいいから練習試合を、と申し込んできたのを赤司が二つ返事でOKしたことで、実渕は大手を振って降旗の顔を拝むことができるようになった。

そうして初めて見た自分たちの愛らしいキャプテンの彼氏さまは、なんというか、拍子抜けするくらい平凡だった。よくそこらを歩いていそうな普通の容姿、バスケも特に秀でた才を持っているわけではなく、どこまでも平凡。けれど実渕ににこやかに向けてくる視線はきつく冷ややかで、メールのイメージそのものだった。

「あなたが降旗くんね?」
「はい。実渕さん…ですか?」
「ええ、知っているのね、アタシのこと」
「赤司くんがよく話していたので」
「…そう。知っていてくれたのなら都合がいいわ。知っているついでにちょっと殴らせて頂戴」
「玲央?!」

降旗の隣に並んで立っていた赤司が、何を言い出すんだと目を丸くする。けれど赤司が止めるよりも先に動いた実渕は、右の手のひらで降旗の頬を思いっきり張った。グーでいかなかっただけ加減してやったわよ、と実渕は思う。平手打ちをされた降旗は吹っ飛ぶように尻もちをつき、それを見た赤司は慌てて降旗を背に守るように庇った。

「玲央!何をしているんだ!」
「征ちゃん、どきなさい。今日はあなたには従えないわ」
「玲央、」
「ごめんね。でももう一発だけ殴らせて、じゃないとアタシの気が済まないの」

ぶん、っと実渕が再び右手を振りかぶる。赤司は信じられないといった様子で実渕を見やり、くしゃりと表情を歪ませた。

「れお…れお、やめて…」

今にも泣きだしそうな表情で首を振り、赤司はお願い、と繰り返す。その姿に実渕は動けなくなってしまって、ぺたりとその場に座りこんだ。すると未だに尻もちをついたままの降旗と、ぱちり、目が合う。瞬間、ニィ、と笑われて、実渕は全身に鳥肌が立つ思いがした。







「…テツヤ。なんだこの文章は」
「なにって、君と降旗くんの高校からの軌跡を脚色しつつ書いた小説ですよ」
「脚色しすぎだろう…!お前は僕と光樹をどうしたいんだ…!!」

昼下がり、某所のマジバにて。大学の講義が終わったら会えますかと珍しく黒子が誘うので、赤司はあまり好きではないジャンクフード店に足を踏み入れた。すでに黒子は到着していていつもの如くバニラシェイクを啜っていたのだが、赤司が用件を尋ねるよりも早く、赤司に分厚い紙の束を差し出した。

「まあとりあえず読んでください」

そう促され、黒子に甘い赤司は仕方ないなと特に警戒もせず席に着く。そうして読み始めたのが、つい10分ほど前の話である。見覚えのありすぎる名前の羅列にあり得ない展開、全部を読み切ることなくばさりと乱暴に紙束をテーブルに投げ置いたのは、当然といえば当然だった。

「気に入りませんでしたか?」
「当たり前だろう。人の名前を勝手に使って…!そもそも僕はこんなに女々しくないし、光樹はこんな男じゃない!」
「わかってますよ、だからこれは脚色です。だってこれ、今度の文芸部誌の原稿なのに、あったことをそのまま書いたら赤司くん、怒るでしょう?」
「当たり前だ!…というか、え?文芸部誌…?」

ぽかん、と赤司の口が開く。赤司くんはお間抜けな表情をしていても可愛いですねと心の中で呟きながら、黒子はズズズ、となくなりかけのバニラシェイクを啜った。

「そんなの絶対認めないぞ、僕は」
「はあ、そう言われましても…原稿はPDF形式ですでに部長に送ってしまいましたし…」
「なっ…?!」

ガタッ、と派手な音を立てて赤司が立ち上がる。その音に何事かと周囲からの注目が集まり、赤司ははあ、っと深いため息を吐いたあと、静かにもう一度椅子に座り直した。頭が痛い、とばかりに額を押さえ、赤司は黒子を睨みつける。

「…ちなみにこれ、光樹には見せてないだろうね?」
「今朝一番に見せましたけど」

悪びれる様子もなく言う黒子に、最早ため息しか出ない。がっくりとテーブルに突っ伏し、諦めの境地に入った赤司を、赤司くんが凹むなんて珍しいですね、と言いながら黒子が携帯で撮った。誰のせいだと思っている、と口に出すことすら疲れて、心の中で散々罵倒したのは赤司だけの秘密である。





おまけ:降旗くんの反応


なんの因果だかわからないが、降旗は黒子と同じ大学の同じ学部に進学した。高校からの知り合いといったこともあり、黒子の影の薄さにもだいぶ慣れていた降旗と、黒子はよく空き時間を共にする。降旗は高校からの恋人である赤司と同棲を始めたばかりで、黒子は面白がっているのか純粋な興味か、同棲生活の様子をよく聞きたがった。

「赤司くんとは上手くいっていますか?」
「あの人は厄介で面倒くさい思考回路をしていますけど、わるい人じゃないんです」
「僕らのキャプテンを泣かせたりしないでくださいね」

黒子が言うのはいつも、赤司を案ずる言葉ばかりだった。キセキの世代は皆、互いをとても大切にし合っている。その中でも特に赤司は皆を引っ張る立場にいたせいか、慕われ方も人一倍で、黒子以外のキセキの世代達も赤司をよく気にしているらしかった。けれど直接降旗を訪ねてこないのは、黒子が定期的に報告をしてくれているかららしい。正直紫原あたりに来られたら本気で殺されそうな気がするため、黒子には感謝している。…している、けれど。

「黒子ぉ、なにこれー…」

分厚い紙束を気が遠くなりながら読み切った降旗は、ぐったりと机に伏しながら尋ねた。気のせいじゃなければ、自分や赤司の名前が書いてあったように思う。しかもなんか俺超性格悪く書かれてるし、黒子から見た俺ってこんなんなの?!と、降旗は少しだけ泣きたくなった。

「君達の高校からの軌跡を脚色しつつ書いた小説です」
「いやこれ脚色しすぎでしょ。つーか俺ってこんな性格悪い?!」
「いえ、降旗くんはかなりのお人好しですが、こっちのほうが面白くなりそうだったので」
「面白くって…はあ…」

これは何を言っても駄目だな、と降旗は早々に白旗を揚げた。この諦めの速さは、ある意味赤司の教育の賜物だ。なにせこのような場面で赤司と対立しようものなら、関係がこじれにこじれることを身を持って学ばされたので。

「というか、突っ込むところはそこなんですか?降旗くんだけでなく、赤司くんのことも割と脚色したともりだったんですけど」
「あー…うん。や、でも征はわりとこんな感じかもしれない」
「え?」
「本人気づいてないけど、あれで結構泣き虫だから。読んでて『あーこの展開なら征泣くわ』って思う場面結構あって、黒子すげーな、よく見てんなーってちょっと尊敬したよ」

黒子本人としては全く意図していなかった答えである。

黒子の中の赤司像は中学の時のままだ。絶対的な安心感を抱かせる頼もしい姿で、皆の一歩先を歩く人。それが黒子の中の赤司であって、だからこそ現実とはかけ離れた姿を書いてみたくて崩した。けれど、降旗の中の赤司はむしろ、黒子の作った虚像に近いのだという。赤司との付き合いはもう長いが、彼がそんな姿を黒子に見せたことはないし、他のキセキの世代だって、おそらく同じだ。

「なんというか、改めて自覚すると寂しいものですね…」
「え?」
「いえ、なんでも」

キセキの世代の絆はとても深い。けれど、その絆の仲ですら知りえなかった赤司の新しい一面を、自分たちよりも後に赤司と知り合った降旗が知っていることが、黒子には妙に寂しく思えた。

「あー…黒子、用事ってそんだけ?」
「はい。この後なにか予定でも?」
「予定ってか、今日食事当番俺だからさ、用事終わったなら帰りたいなーって」
「ああ、なるほど」

そういうことならどうぞ、と言えば、じゃあまた明日、と快活な声とともに去って行く。まだお昼前だというのに、今から夕飯の準備だなんて、いったいどんな手の込んだものを作るのだろうか。僕らのキャプテンは、存外甘やかされているらしい。

「なんだか悔しいので、次の部誌も赤司くんをネタにしてやりましょうか」

小さく呟いて、黒子は愛用のB5ノートを開いた。書きたいものをぽつりぽつりと箇条書きにしながら、ふふ、っと可笑しそうに笑う。


完成した部誌の原稿を読んだ赤司が真っ赤になって黒子を問い詰めるのは、それから数か月後のはなし。







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