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だいじにしてよ。


赤ちんはとっても優等生。だから授業中も、いつだってばっちり起きている。けれど頭のいい赤ちんにとって、授業はとても退屈なもので、だから時々、襲ってくる眠気に負けてしまいそうになるのだ。そしてそんなとき、赤ちんは眠るまいとしてある行動をとる。その行動が俺は嫌いで、大嫌いで、いつもやめてよと言っているのに、彼女はまるで聞く耳を持たないのだった。

「赤ちん、またやったの…?」

白くて小さくて、やらかい滑らかな赤ちんの左手の甲に、ちいさな瘡蓋がひとつ。それ以外にも細かい引っかき傷がたくさんあって、ああ、またなのかと気づいてしまった。赤ちんは授業中に眠くなると、自分で自分の手を引っかいて爪を立てて、痛みで意識を保とうとする癖がある。どれだけ言ってもやめてくれない、悪癖。

知らず知らずのうちにぎゅっと眉を寄せてしまっていたらしい。赤ちんは困ったように眉を下げて、別にもう痛くないからと言った。

「赤ちん、俺これ嫌いって言ったよね?」
「……」
「俺、赤ちんのことは大好きだけど、こーゆーことする赤ちんは嫌い」

俺の言葉に、赤ちんはわかりやすく傷ついた顔をした。けれどすぐにいつもどおりの表情に戻り、僕だってお前のこと好きでもなんでもない、と拗ねたようにも聞こえる声で返すと、くるりと踵を返して教室のほうへ歩き出してしまった。長いお下げの赤い髪が、翻る。スカートが柔らかく風を含んで、離れていく背中はいつもよりも小さい気がした。

…そんなにあからさまに傷つくのなら、最初からやらなきゃいいのに。




そうしてもう、三日が経った。普段なら時間があれば赤ちんにくっつきに行っているような俺だけど、ここ三日はろくに会話すらしていないことに、部内では不安感が募っているらしい。

「喧嘩でもしたんですか?」

そう尋ねてきた、黒ちんの探りは、たぶん部内の総意だ。その数日、自分の不機嫌は自覚しているし、それが部内にあんまりいい影響を与えていないこともわかっている、けど。

「喧嘩なら早めに謝ったほうがいいですよ」
「…今回は俺悪くないしー。だから赤ちんが謝るまで許さない」
「赤司さんが?」

黒ちんが、あからさまにそれは無理だろうという顔をする。

うん、俺もそう思うよ。赤ちんは簡単に誰かに頭を下げられるような、素直な子じゃない。だからこそいつもなら俺から仲直りのきっかけをつくっていた。



でも、だけどね、黒ちん。



今回はだめなんだよ。



だってここで俺が折れてしまったら、赤ちんはまた、何度でも同じことを繰り返す。








赤ちんが俺に接触してきたのは、喧嘩してからたぶん一週間くらい経った頃のこと。朝練を終えて、教室に向かおうと部室のドアを開いたら、道を塞ぐようにして仁王立ちをした赤ちんがこちらを睨むようにして立っていた。小さいくせに妙な威圧感。男だらけの部室に物怖じしてスカートを握ってぷるぷる、なんてしてくれたら可愛いのに、現実の赤ちんは後ろからわらわらと覗いてくる男たちの群れにも全く動じず、腕組みをしたまま「敦」と俺の名前を呼んだ。凛とした姿はいつもと変わらない。声も、表情も。だけどあれ、赤ちん髪の毛おろしてるの、珍しいなあ。

「敦、」
「なにー?」
「足が、痛い」

むうっと不機嫌そうに、赤ちんはその場でぱたたんと足踏みをした。

「敦がいないせいだ」
「うん」
「歩くの疲れても、そばにいないし」
「うん」
「髪だって、一人じゃどうにもできない」
「…うん」

ああ、そうか。赤ちんの髪、いつも結んでるの俺だったっけ。不器用で細かい作業なんててんで苦手なくせに、赤ちんの綺麗な髪を触るのが好きで、いつの間にか髪を結うのだけは得意になってしまった。

「ここも、なんか、ずっと痛い…っ」

赤ちんは不機嫌な顔のまんま、ぎゅうっと心臓のあたりを押さえてうずくまる。ぜんぶ敦のせいだ、なんて恨みがましく呟かれて、なんだかおかしくて笑ってしまった。長い髪が床にぺたりとついてしまっているのがもったいない。俺が大事にしてる髪なんだから、もっと気を使ってよ、赤ちん。

小さくなってうごかないのはとても可愛いのだけど、しょんぼりしている赤ちんはらしくなくて嫌だなあと思った。赤ちんにはいつだって自信に満ち溢れた女の子でいて欲しい。凛と背筋を伸ばして。大勢の男がいる前で、こんな弱った姿を晒したりしないで。

「赤ちん、俺もおんなじ。ここ、ずっと痛かったよ」

しゃがみこんで、それでも赤ちんより俺はいくらも大きいけれど、目線をどうにか合わせるようにして小さな手を包み込んだ。手の甲には小さな瘡蓋の剥がれた痕以外、もう何も残っていなかった。これもきっと、あと数日で消えるのだろう。

「赤ちん、あれ、やめてくれたんだね」
「…ん」
「ありがとー」
「……」

こっくりと頷く仕草が稚くて愛らしい。まあるくなった背中と、縮こまってしまった足にそっと手を添えて抱き上げたら、久しぶりの感覚にふへっとだらしなく顔が緩んだ。

「赤ちん、赤ちん、まだ足痛いー?」
「敦がいるからもう平気」
「よかったー」

ぎゅーっと強めに抱っこしたら、珍しくされるがままになってくれた、小さい身体が愛おしい。

赤ちんはやっぱり、ごめんねとは言わなかった。そういうとこだけは絶対揺らがない。不器用なんだか強情なんだか、よくわからないけれど、赤ちんはそれでいいんだと思う。そういうとこがあるからこそ赤ちんは赤ちんなんだし。


ああ、だけどやっぱり自分のことだけは大事にして欲しいかなあ。



数日後に見られるだろう、赤ちんの綺麗な手の甲を思い浮かべて、俺はちょっとだけ、こらえきれずに笑った。






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