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2.練習中は鬼にもなります


2.練習中は鬼にもなります

多少の時間狂わせはあったものの無事に六校が集結し、最初の午前練習が始まった。合同と言っても流石に六校全員が入れるほど体育館は広くないため、三つある体育館をひとつにつき二校ずつ使うことになった。基本的にレギュラーメンバーしか参加しない合宿のため、(誠凛は部員数が少ないので、特別に全員参加を許可された)人数はさほど変わらない。中でも洛山は諸事情により無冠の三人のみの参加なので、人数調整的に誠凛と同じ体育館を使用することになった。

「ねーねー赤ちん、俺もそっちに参加してもいーい?」

練習を開始してすぐ、ひょこりと体育館の入り口に姿を現したのは紫原だった。替えの練習着やらドリンクボトルやらをぐちゃぐちゃに一抱えにしながら赤司の元へとやってきた紫原は、おねだりをするようにねーねー、と甘えた声を出す。

「…敦、練習はどうしたんだ」
「んー?室ちんにお願いしたら行ってきていいよーって。許可もらったから来ちゃった」
「来ちゃったって…まあいい。その代わりみっちり扱くぞ」
「がんばるー」

へにゃあ、っと気の抜けるような笑みを見せた紫原に、赤司がゆっくり手を伸ばす。その意図するところに気づいた紫原は、前かがみになって赤司に頭を差し出した。紫色のまっすぐな髪を、小さな手がわしゃわしゃと撫でる。大型犬とその飼い主のような一連の行動に、体育館の端から見守っていた黒子は懐かしい光景だなあ…と目を細めた。

「じゃあ練習を始めようか。敦のメニューはこれね」
「うげー…赤ちんこれハード過ぎー」
「これでも加減したつもりだけど。ほら、早く始め「「「ちょーっと待ったあー!!」」」…は?」

赤司の言葉を遮るように響き渡った三つの声。どたどた、っとなだれ込むように体育館に飛び込んで来たのは、目に鮮やかな緑、黄、青。予期せぬキセキ大集合である。

「大輝に涼太、真太郎まで…一体どうしたんだ?」

突然現れた元チームメイト達に、赤司はことりと首を傾げる。理解できないことが起こった時、じいっとその対象を見つめるという赤司の癖は未だ健在らしい。初めて見るものを目で追う子供のような仕草は愛らしいが、ひどく無防備だ。

「赤司っちぃ…その癖、まだ直ってなかったんスね。他の奴らの前で見せたらだめッスよ…」
「癖?なんのことだ。お前達はなにをしに来た?」
「何って…バスケに決まってんだろ」

何を当たり前のことを、という表情で、青峰はなぜか少し得意げに言い切る。それに便乗するように、緑間と黄瀬も頷いた。

「バスケ…?まさかお前達もこっちの練習に参加する気か?そんなの、監督や主将の許可がおりるはずないだろう」
「許可なら今吉サンにちゃーんと貰ってきたぜ。どうせこっちにいてもサボるだけだし、赤司ンとこ行って扱かれてこいってな」
「青峰が誘いに来たから今日の分の我儘を一回使って来たのだよ。また全員で練習出来る機会など滅多にないからな」
「俺は緑間っちと青峰っちが行くって聞いて、行きたくてうずうずしてたら笠松先輩に体育館から蹴り出されたッス」
「………」

全員が全員、許可を貰って来ていることに、赤司はため息しか出ない。そもそもなぜ他校の主将達にこいつらを押し付けられなければならないのだろうか。ただでさえ一癖も二癖もある奴らだ、中学時代だって相当苦労したというのに、高校に上がって暫く離れていたのだから尚更制御なんてできないだろう。

「赤ちん困らせるのやめろし。俺だけでじゅーぶん間に合ってるからー」

赤司がどうしたものかと思案していると、紫原に突然後ろからぎゅうっと抱き込まれる。赤司の頭の上にこつんと顎を乗せた紫原は、不機嫌な声で威嚇するように青峰達を睨みつけた。

「なんで紫原だけ特別なんだよ。ずりーぞ!」
「不公平なのだよ」
「俺だってみんなと練習したいッス!」

途端に返ってくる三者三様の返事が体育館内にわっと響いて、赤司は諦め顔で耳を塞いだ。

「…わかったから静かにしろ。一応お前達のデータから予測してメニューは作ってきてある。後で各校の主将達に相談しながら提示しようと思っていたんだが、午前は基礎練のみだからちょうど良い。試しにやってみせてくれ」
「よっしゃ!」
「やったー!」
「いいだろう」
「んもー、赤ちんてば簡単にオッケー出しちゃうんだから…」

どうやらご機嫌を損ねてしまったらしい。赤司を抱き込む力が強くなる。赤司は苦笑しながら、くっついてくる大きな子供の手を宥めるように撫でてやった。

「ああそうそう、大輝は書いてあるメニューの三倍こなしてもらうから、そのつもりで」
「はあ?!」
「遅刻してきたこと、忘れてないからね」
「………」
「青峰っちご愁傷様ッス」

思わず両手を合わせた黄瀬を青峰が思い切り蹴り飛ばしたのは言うまでもない。


そうしてキセキの世代達が続々と集まってくる中、体育館の端でうずうずソワソワ柔軟をしている者が、二人。

「火神くん、黒子くん。あっち、行きたい?」

あまりにも集中力に欠けている黒子と火神を見兼ねた相田が尋ねると、火神は勢いよく、黒子は少し躊躇いがちにこくりと頷いた。その様子を少し寂しく思いながらも、相田は仕方ないかと諦めにも似た感情を抱く。チームワークを重視した練習は勿論大事だが、各々の個性を磨くことも、プレイヤーにとってとても重要だ。個人技に関しては、火神のずば抜けた才能を満足させられるだけの相手を誠凛のみで用意するのは難しい。その点、キセキの世代は個人技に特化した選手の集まりである。だから相田は、むしろこのチャンスを利用させてもらうくらいの気持ちで火神と黒子を送り出すことに決めた。

「いいわよ、行って」
「マジかよ!…ですか?!」
「いいんですか…?」
「ええ、今回はその方が得るものが大きそうだし。それにね、キセキの世代をまとめ上げた赤司征がどんなふうに火神くんを鍛え上げるのか、ちょっと興味あるのよ」

相田はキセキの世代の騒ぐ姿を見つめながら、何かを企むように笑う。それを見た黒子もまた、笑みを浮かべながら、少し自慢げに胸を張って言ったのだった。

「赤司さんはすごいですよ」


* * *

「…というわけで来ました」

相変わらず何を考えているのかわからない表情でそう告げる黒子に、赤司はもう何も言うまいと決めた。というか、反応したら負けのような気がする。

「黒子っち…!また一緒にプレイできるんスね!」
「つかテツはともかく、なんでアイツまでいんだよ」
「珍しく青峰と意見が合ったのだよ…」
「んだと?!」

テンション高く黒子に抱きつく黄瀬とは反対に、青峰と緑間は敵意をむき出しにしたまま火神を睨んだ。それに挑発されるように、火神も喧嘩腰でギロリと眼光を強める。一触即発の嫌な空気を打開してくれるような存在も他になく、赤司は仕方なしに彼らの間にはいった。

「大輝も真太郎も少し黙れ。…火神大我、と言ったな?僕はお前を育ててやる義理はない。誠凛に戻れ」
「あ?別に育てろなんて言ってねーよ。俺はキセキの世代ともう一度戦りてーだけだ。つかお前こそそんなちっさくて細っこい身体で指導なんか出来んのかよ」
「へえ、言ってくれるじゃないか…男尊女卑とはまた頭が古い」
「…赤ちんの悪口言うとか許さねーし」
「敦、いいよ。…さて火神、参加を許可してやってもいいが、僕に喧嘩を売ったからにはそれなりの覚悟で取り組んでもらうよ。まずは大輝と同じメニューを同じ量こなしてみせろ。話はそれからだ」
「赤司っちー、青峰っちのメニューって確か三倍じゃなかったッスか?」
「そうだけど?仮にもテツヤの光なんだから、大輝程度には出来ないと困るだろう」
「ええー…そりゃあそうッスけど…」

青峰や緑間と違い、火神に対して比較的プラスの感情を抱いている黄瀬としては、少々火神が気の毒になるくらいのメニューである。大丈夫かな、と黄瀬が不安そうにしているのに気づいたのだろう、赤司は黄瀬の練習着を引っ張り、黄瀬を赤司の目線と同じくらいまで屈ませた。

「…涼太は火神の肩を持つのか?」
「は?てか近い近い!赤司っち近いッス!」

むうっと不機嫌な顔をして至近距離でじっと見つめてくる左右非対称の瞳に、黄瀬の頬がかあっと赤くなる。自分も大概綺麗な顔立ちであることは自覚しているが、赤司のそれとは別物だ。赤司の美しさはモデルや芸能人のような美しさとは別格の、人形染みた精巧さがある。可愛がりたくなるような愛らしさと、飾りたくなるような美しさ。そのふたつを兼ね備えた外見を、しかし赤司が自覚していないのが問題だった。キスができるくらいの距離で見つめられ、黄瀬はらしくもなくあわあわと狼狽える。無自覚って本当怖い!と涙目になりかけた黄瀬を、赤司の後ろから伸びてきた腕が救った。

「赤ちん、そんな近づいたらだめー」
「んぐ、」
「紫原っち…!!」

紫原は赤司の唇を手のひらで覆うようにして、後ろから引っ張るように黄瀬との距離を取らせた。それにホッと息を吐いた黄瀬は、相変わらず不機嫌な目つきで見つめてくる赤司を見つめ返し、そっとその手を赤司の頭に乗せた。

「別に火神っちの肩持つとか、そーいうんじゃないッスよ。だからそんな顔しないで?」
「……」
「もー、赤司っちぃ…」
「…涼太がかわいいから許してあげる」

降参、とばかりに不機嫌な顔を崩した赤司を見て、いつも笑ってたら超可愛いのに、と黄瀬が思ったのは秘密の話である。


* * *


「赤司、お疲れ」
「征ちゃんお疲れ様。うちのお姫様は忙しいわねぇ…」
「お疲れー!」

ひととおりのメニューを渡し終わった赤司が洛山のコートに戻ってくると、ちょうど休憩を取っていた無冠の三人に労いの言葉をかけられた。

「ありがとう。放ったらかしにしてしまってすまなかった」
「別に気にしてないけど。でもキセキの面倒見るとかいいの?あいつらますます強くするなんて、敵に塩送るようなもんじゃん?」

くしゃりと葉山に髪を撫でられながら問われ、赤司はされるがままに身を預けながら首を振る。

「いいんだ、もともと各主将達とメニューの相談をするつもりだったし」
「あら、どういう意味?」
「僕が見ているのは今じゃないからね。目指すのはもっと先、あいつらなら日本代表だって夢じゃない。だからこれはそのために必要な投資であって、彼らが強くなって誰がどこを負かそうと、最終的な利益は僕のところにやってくる」
「それはまた、大きな目標ねえ…」
「そうかな。彼らの力なら、やれると思うけれど。それにね、僕はお前達にも期待しているんだ。なんたって僕が育てているんだからね」
「マジで?じゃあ俺超頑張るー!」

葉山にテンション高く抱きつかれ、赤司は無抵抗なまま何かを企むように艶やかな笑みを浮かべる。

「全く、赤司にはかなわねーな」

それを見た根武谷と実渕は苦笑しながら肩を竦め、自分たちの女王様が可憐に微笑むさまを見守ったのだった。





本当はみんなでわいわいお昼食べたり、桃井ちゃんと赤司ちゃんがお風呂でおっぱい談義したり、湯上りの赤司ちゃんが将棋盤持って秀徳の部屋を突撃して緑間くんに説教されたり、玲央先輩が赤司ちゃんの外見のお手入れしたりむっくんを座椅子にしてお昼寝する赤司ちゃんとか書きたかったんですけど、あんまりにも長くなったのでやめました。続いたら書きます。







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