mobile text | ナノ




諦めと受容の違いのはなし


冷蔵庫の中身や調味料、調理器具など、青峰の家のキッチンを引っ掻き回して粗方把握した赤司は、足りないものを買い足しに少し遠いが大きめのスーパーマーケットまで足をのばしていた。勿論一人で全てを持ち帰ることはできないため、荷物持ちに青峰を連れている。足りないものをメモしてあるiPhoneを片手に、赤司は手際良く必要なものを手に取っていく。青峰はカートを押しながらそれを受け取り、買い物籠に入れていた。

「それにしても大輝の食生活には呆れたよ。あんなに沢山カップ麺を買い込んで、スポーツ選手の自覚はあるのか?」
「っせーな、いいだろ別に。いちいち一人分の飯作んのめんどくせーんだよ」
「それにしても栄養が偏りすぎだろう。…あ、大輝あれ取って」
「ん、これか?」
「うん、それも買うから籠に入れておいてくれる?」
「へいへい」

文句を言いつつも、買い物をする手は止めない。料理に関しては青峰は門外漢なため、とりあえずの不満は飲み込んで赤司の言う通りに動くことにする。ビールとおつまみをこっそり買い物籠に忍ばせるくらいはしたけれど。

「ん、メモに書いてあるものはこれで全部かな。あとは今日の夕飯だけど、大輝はなにが食べたい?」
「肉」
「…具体的な料理名を言え」
「あー…餃子とか?」
「お前の頭の中では肉料理=餃子なのか…」
「その憐れむような目をやめろ」

呆れた顔で青峰を見やった赤司は、けれど少しだけ頬を緩めるとぽいぽいっと餃子の皮が入った袋を買い物籠に放り込む。

「ちょ、おま、どんだけ入れてんだ」
「お前は自分がどれだけ食べるかわかっているのか」
「わかってねーけど今お前が入れた分が多すぎんのはわかる」
「余ったら冷凍しておけばいいだろう?」

何を当たり前のことを、といわんばかりに青峰を見つめた赤司に、青峰は何も言えなくなった。赤司の目はずるい、と青峰は思う。色の違うふたつの瞳に見つめられてしまったら、どうにも逆らえない。今の赤司は中学の頃の威圧感なんて欠片も纏っていないというのに、彼女を幼く見せる丸い瞳は人を従える力を持っている。それはきっと、赤司が間違えるはずがないという根拠のない信頼のようなものがあるからかもしれない。

「ああそうそう、大輝」
「…なんだよ」
「餃子つくるの、手伝ってくれるよね?」

ほら、また。そんな顔で言われたら、逆らえるはずがないのに。


―――――――
―――――
―――

両手にスーパーの袋を引っ提げて、帰路を歩く。赤司がひとつ袋を持ちたがったのだが、そこは男の意地で譲れなかった。そのため、青峰の隣を歩く赤司が持っているのは小さなハンドバッグひとつである。両手に重い荷物があるせいで、歩く速度は行きよりも遅くなる。けれど赤司の歩幅は小さいため、今の速度は丁度よかった。

普段の振る舞いから誤解されがちだが、青峰は案外フェミニストである。幼い頃から桃井にも両親にも「女の子には優しく!大切に!」と言い聞かせられ続けたせいか、青峰自身が意識していないところでそれを発揮していたりする。そのおかげで高校時代、青峰の知らないところで密かにファンを得ていたらしいのだが、青峰は卒業するまでそれを知ることはなかった。もう少し早く教えていてくれたら高校生活がバラ色になったかもしれないのに、と思ったのは男として普通のことではないかと青峰は思う。

「あ、神社」

青峰が少しだけ昔を思い出していたら、隣りを歩いていた赤司がぽそりと呟いた。それに反応して顔を上げれば、あまり大きくはないが確かに神社がある。元旦は過ぎたがそれでもぽつぽつと参拝している人影が見えるのは、やはり新年だからだろうか。

くいくいっと控えめに、青峰のダウンコートの裾が引かれる。赤司は裾をぎゅっと握りながら、少しだけ寄ってもいいか?と青峰に尋ねた。

「おみくじ、引きたい」
「……おみくじだけだからな」





小さな石段を一つ一つ上っていく。腕しんどいんだけど、と青峰が小さく呟いたら、持ち前の身軽さで数歩先を歩いていた赤司が振り返って、いいトレーニングになるじゃないかと楽しそうに笑った。その拍子に、長い紅の髪がふわりと広がる。赤色は神社によく馴染んだ。数段先にいるだけだというのに、その色は青峰の目にまぶしい。こいつ和服とか似合いそうだよな、巫女さんとか、と青峰は一瞬邪な妄想を抱くが、いつぞやに観たアダルトな映像をうっかり思い出しそうになって必死に妄想を打ち消した。

水舎で柄杓を使って両手と口を漱いだ後、赤司はその先にある拝殿の方へ向かった。いや、正確には拝殿の傍にあるおみくじ売り場の方へ、か。

「もちろん大輝も引くだろう?」
「や、俺はいーわ」
「……」
「わーったよ、引きゃーいんだろ!」

ああ、どうにも赤司には弱い。いや、これはたぶんキセキの世代に共通することだと思うけれど。断じて青峰が特例であるというわけではない。…と思う。

シャランシャランとおみくじの箱を揺すり、一人ずつくじを引く。おみくじ売り場のおばさんが引いた棒と交換に手渡してくれたくじをゆっくりと開いた、青峰の目に飛び込んできた文字は小吉だった。あれ、そういえば小吉と末吉ってどっちがいいんだっけ?

「おい赤司、お前なんだった?」
「大吉だけど」
「お前本当引きが良いっつーか…もう宝くじとか買ったら当たりそうだよな……」
「何馬鹿なこと言ってるの」

勝つことが基礎代謝なこの女には、おみくじですら一番良いものがあたるらしい。なんだか世の中不公平な気がする。はーあ、とため息を吐きながら、青峰は自分のおみくじを手近な木の枝に結んだ。

「お前も結ぶか?」
「いや、いい」
「あっそ」

赤司は小さな手でそうっとおみくじを畳むと、何か大切なものをしまうようにポケットの中に入れた。そして「帰ろうか」と青峰を振り返る。

「お前、参拝してかねーの?」
「なぜする必要がある?」
「あー…ほら、結婚が破談になりますように、とかさ」
「ないな。そもそも僕は神なんて信じていない」

おいおい、神社にいるというのになんという言い草だと青峰は呆れたのだが、赤司の顔から表情が全くというほど消え失せていることに気づき、ああまるで昔の赤司に戻ったみたいだと少しの既視感を覚える。高校に入って、赤司の育てたチームが負け、彼女は人生ではじめて敗北を知った。それからの彼女は、中学の頃と比べると格段に穏やかで、考え方も柔軟になった。無表情なことが多かった中学時代と比べたら良く笑うようになり、いろいろな表情を見せるようになったと思う。

「…諦めてんのか」
「諦めているんじゃない、受け入れているだけだ」
「らしくねーな」
「そんなの、僕が一番わかっているよ。だけど神に祈ったところで何も変わらない。この話が破談になったとしても、同じような縁談はまたくるだろう。そうしたらあとはもう、堂々巡りだ」

堂々巡りは時間の無駄、だから最初から受け入れる。それは無駄が嫌いな赤司らしいと言えばそうなのだが、青峰には納得のいかない答えだった。だってこれは一回限りの試合とかじゃない、一生を左右することなのだ。

「納得いかないって顔してるね。まあ大輝に理解しろって言うのは難しいかもしれない」
「…それは俺が馬鹿だって言ってんのか」
「いや、ちがう。そうだな、なんて言ったらいいんだろう…大輝は『切り拓く者』だから、かな」

難しい壁に当たったとき、青峰はそれを予期せぬ方法で切り抜け、新たな高みへと世界を切り拓いていく。納得のいかないものを受け入れるなんてことは絶対にしない。昔は赤司もそうだった。まだ彼女が負けを知らない頃。けれど大人になっていくにつれ、それがいかに無謀で難しいことだったのかを知る。純粋で、ただただ自分の能力を過信していられたあの頃。それと比べると、今の自分はどうだろうか。赤司はそこまで考えて、はっと首を振る。

「すまない。帰ろうか」
「……」
「大輝、」
「…ん」

青峰は未だに納得いかないといった表情をを浮かべていたが、赤司が歩き出すと黙ってその後をついてくる。

大輝はそのままでいて、と赤司は呟いた。
小さな声だったから、その言葉はきっと、青峰には聞こえなかった。聞こえなくてよかったと思った。

赤司は青峰のまっすぐさがとても好きだ。才能が開花したせいで周囲に敬遠されバスケを純粋に楽しむことができなくなっても、どうしてもバスケから離れられなくて、行き詰って、苦しくて、それでも逃げずに乗り越えた。その芯の強いまっすぐさがとてもとても好きで。それは赤司がとうの昔に失ってしまったものだからこそ、どうしても守り抜きたいものだった。






第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -