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赤司ちゃんと青峰くんが恋人契約をするはなし


それは大学四年の冬のこと。元旦だというのに実家にも帰らず、青峰は学生向けマンションの一室に引きこもっていた。おせち料理を目当てに実家に帰るつもりだったのだが、どうにも寒くて外に出る気が起きない。冷蔵庫に入っている食材を思い出しながら、もう帰んのやめよっかな、と青峰は一人呟いた。

冬は苦手だ。全てを凍てつかせ、縛り上げるような冷たさに捕らわれるような気がして。

くあ、と欠伸をした青峰は、騒がしい元旦の特番につまらなそうに目をやると、いくつか音量を下げてからもぞもぞと炬燵に潜り込んだ。ぬくぬくと身体を温める熱に、つい瞼が落ちそうになる。とろとろとぬるくなる意識をそのままに目を閉じたら、邪魔をするように携帯が震えた。ちょうど眠りに落ちかけていたこともあり、青峰はその音を聞かなかったことにしたのだが、一度途切れた後もう一度震えだしたので、諦めて起き上がる。

「…はい?」

誰だよ俺の眠りを邪魔する奴は、と、いつもよりいくぶん不機嫌に低くなった声は、しかし携帯越しに聞こえた柔らかな女の声のおかげでいつものトーンを取り戻す。

「やあ大輝」
「赤司…?」
「うん」

青峰の眠りを妨げた相手、赤司征。青峰を含むキセキの世代をまとめ上げ、優勝へと導いた、帝光時代の監督兼マネージャーだった女。

「なんだよ、新年早々」
「うん、それなんだけどあのね、大輝は今家にいるのかな?」
「あ?いるけど」
「そう、よかった。じゃあとりあえず開けてくれないか?寒くて凍えそうなんだ」
「…は?待てお前まさか…」
「今お前の家の前にいるけど?」
「はあああ?!」

青峰は乱雑に携帯を放ると、玄関まで急いだ。鍵を開けるのももどかしくて、ガチャンと大きな音をたてて開けられた扉の先、

「マジでいた…」

赤司は本当に立っていた。白いもこもこのダウンコートを着た彼女はそんなに寒そうには見えなかったが、よく見ると鼻や頬が赤くなってしまっている。たぶん触れたらとても冷たいのだろう。

ああ、赤司だ、と青峰は思った。自分よりずっと小さい身体のくせに、異様なほどの存在感がある。じいっと自分を見上げてくる瞳も、少しも変わっていない。

「大輝?寒いからとりあえず入れて欲しいんだけど」
「ん?あ、わりぃ」

片腕でドアを支え、赤司が入りやすいようにしてやった青峰は、そういえば、と小さな疑問に気がついた。

赤司は何故ここにきたのだろう。






コートを脱いだ赤司は、両足を炬燵に突っ込んだ後、ほわっと頬を緩めた。外気に奪われた熱を取り戻そうと、両手も炬燵に潜り込ませる。あったかい、と呟いた赤司にレンジで温めたばかりのお茶を差し出すと、彼女はうーっ…と迷うような仕草をした後、仕方なくと言った様子で炬燵から手を抜いた。大きめのマグカップを両手で持って、ふうふうと息を吹きかけてからこくりと一口。飲み込んだ後、ほうっと息を吐いた赤司は、ありがとうと青峰に微笑んだ。

青峰は赤司の向かいに座り、同じように炬燵に足を突っ込む。タイツを履いているというのに冷え切った足先が当たって、ひぇっと情けない声をあげてしまった。

「お前足冷たすぎだろ…!!」
「冷え症だからな」

これが普通だと言わんばかりにマグカップを傾ける赤司に、青峰は何も言えなくなる。とりあえず両足の裏で足先を挟んでやると、じんわりと体温が伝わったらしい、大輝は優しいねと彼女は嬉しそうに笑った。

「んなことはどーでもいんだよ。なんで突然ウチ来たんだお前」
「会いたかったから、かな」
「嘘だろ」
「うん」
「嘘なのかよ?!」
「うん」

悪びれもせずくすくす笑う赤司は中学時代より角が取れてずっと柔らかくなった印象があるが、そのぶん本心を隠すのが格段に上手くなったように思う。

「実はね、お願いごとがあって来たんだ」
「願いごとぉ?」
「そう。大輝は確か、卒業したらすぐにNBA入りが決まっていたよね?」
「まあな」
「卒業まではまだ二か月弱あるだろう?その二か月弱の大輝の時間を、僕にくれないか?」
「は?」

そもそも基本的に、赤司は人に頼る様な女ではない。だから彼女が「お願いごと」と言った時点で、何か嫌な予感はしていたのだ。

「…どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ、大輝。二か月弱の間、僕と恋人になって欲しい」

けれどまさかここまでぶっ飛んだ内容のお願いごとが来るとは思っていなかった。ああ、赤司ってやっぱりわかんねぇ、と青峰は思わず出かかった溜め息を飲み込む。

「…理由は?なんの説明もなしにホイホイ頷ける様な話じゃねーぞ」
「そうだな、うん。じゃあ手短に話そうか。実は今日、婚姻の正式な日取りが決まったんだ」
「こん、いん…?」
「もしかして婚姻の意味もわからないのか?」
「馬鹿にすんな、結婚のことだろ!…ん?つか誰が結婚すんだ…?」
「僕だけど」
「はあっ?!」

がちゃん、と炬燵の上のマグカップを倒してしまった。中身は空だったからよかったものの、赤司は呆れ顔で青峰を見やる。お前は相変わらず大雑把だねと睨まれたけれど、青峰はそれを気にするどころではなかった。

「誰とだ?!」
「さあ、知らないよ。何処かの会社の御曹司ってことに間違いはないけれど」
「会ったこともないやつと結婚すんのかよ」
「親が決めたことだからね」

つまりは政略結婚なのだろう。親同士が決めた相手と結婚する。会ったこともないような男と。赤司のことを何も知らない男が、彼女を娶ってあの肌に触れて、抱くというのか。

想像して、怒りでかあっと目の前が赤くなった。青峰は赤司に恋愛感情を抱いたことはない。青峰にとっての赤司は常に正しく、逆らうと恐ろしく、けれど味方につければこれほど頼もしい人間はいないと断言できる存在だった。赤司は導き手のような位置づけにあって、別に神聖視をしていたわけではないのだが、なんとなく手を伸ばしてはいけない存在のように思っていた。

それが、どこの誰とも知らない男に攫われ汚されようとしている。青峰にはそれが許せなかった。幾分身勝手な感情だと理解はしているが、おそらく自分以外のキセキの世代も皆同じような感情を抱くだろうと青峰は思う。


「…それは、いつなんだよ」
「役所に届けを出すのが四月の半ば、式は六月の終わりだと聞かされた」
「……で?俺と二か月付き合ってどーすんだよ。恋人がいるんで結婚は無しにしてくださいとか言うつもりか?」
「いや、そんなことはしないよ。もう決まったことだからね」


ぐいっと最後のお茶を飲み干した赤司が、ことりと炬燵にマグカップを置く。熱に触れていたせいか、色白の指先が赤い。


「何も企んでないんだ。ただ、残り少ない独身の期間を少しでも楽しみたいと思っただけ」
「それが俺の恋人かよ」
「うん。大輝といたら退屈し無さそうだしね。その代わりタダで付き合えとは言わない。お前好みの身体ではないと思うが、恋人になるからには僕の身体は好きにしていいし、家事は僕がやろう」
「…それ、マジで言ってんのかお前」
「当たり前だろう」


こいつは自分の言っていることをどこまで理解しているのだろうか。この契約的な恋人には性行為も含まれていると暗に示され、青峰は動揺を隠せない。しかも家事を引き受けるだなんて、どうも赤司らしくない。というか、今日の赤司は全体的に赤司らしくない。大人しいというか、毒がないというか。じいっと人の眼を見つめるくせは相変わらずだけれど、いつものように堂々としているというわけではなく、むしろ青峰の出方を不安げに伺っているように思えた。それがどうにも、青峰の支配欲を煽る。


「いいぜ、乗った」
「本当か?!」


がたん、と赤司が立ち上がる。おー、っと気のないふりをして返事をしたら、軽い足取りでこちらへやってきた赤司に突進する様に抱きつかれた。


「ありがとう」


ほっとしたように笑う彼女に、礼を言うのは俺のほうだと青峰は思った。なにせ二か月弱の間性欲に困らされることはなく、家事からも解放されるのだから。





…まあ青峰に思うところはいろいろあったのだが、とりあえず、奇妙な恋人生活は元旦から幕を開けたのだった。






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