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緑間くんと高尾ちゃんが家族になるまでのはなし。4


緑間は混乱していた。それも、未だかつてないほどの度合いで。

違和感はあったのだ。高尾は最近、緑間の家に来てもやけに早く帰ることが多く、ときどき物思いに耽るような姿を見かけることもあった。しかし緑間自身、定期考査などで毎日が忙しく、気にかけている余裕がなかった。今になってみればこれはもう、言い訳にしか聞こえないが。

思えば今日の高尾は最初から変だった。いつも仕事の関係で平日は7時以降にしか緑間の家に来られないはずなのに、今日は夕方にはすでに家にいた。いつもよく動く口は今日はおとなしく、笑顔にもどこか陰があったように思う。けれど緑間はそれを深刻には捉えていなかった。きっと仕事で何か嫌なことがあったのだろう、もしくは少し体調が悪いのかもしれない。そう、甘く考えていた。しかし実際は違った。

「私、仕事辞めたから」

そう緑間に告げた時の高尾の顔は冷静で、だから緑間は、高尾が衝動的に退職したわけではないと知る。けれど、今年で二年目になる仕事は彼女に向いているらしく、時折愚痴は零すものの、楽しそうに働いていたはずだった。それなのに、どうして。

こくりと唾をのみ、何かを決心したように自分に向き合う高尾の姿に、緑間は嫌な予感を覚える。なにかとてつもなく大きな問題が、自分と高尾に降りかかってくるような、そんな予感。

「あともうひとつ、こっちが本題ね。私、妊娠しました。じゃ、そゆことで」

そしてその予感は現実のものとなる。高尾の口から出た言葉を、上手く咀嚼できない。

こいつは今、何と言った…?

いつもは回転数の早い頭が、今日に限って正常に働かない。というより、たぶん、最低なことだけれど、理解をするのが怖かったのだと思う。

緑間の唖然とした視線から逃げ出すように立ち上がると、高尾は急ぎ足で玄関に向かう。それを縺れる足で追いかけながら、緑間はまだ、事態を飲み込めずにいた。

「真ちゃんはなにも心配しなくていいから、私に任せておけば全部大丈夫だから。ごめん」

高尾にそう言われて、緑間はやっと、これは現実なのだと知る。伸ばした手は届かず、玄関のドアが二人を断絶するようにパタリと閉まった。

ああ、あのとき俺はどうしたら良かったのだろう。

のちに緑間は自問する。その問いに正確な答えなどなかったが、それでも、あのとき高尾を放っておくべきではなかった。どんなに言葉が足りなくても、なにも出来なくても、緑間は高尾を追いかけるべきだったのだ。

* * *

「あの、緑間くん…?」
「んだよ辛気くせー顔して」
「緑間っち、どうしたんスか?」

その数時間後、ようやく我に返った緑間は、とりあえず誰かに相談したくて黒子の家に押しかけていた。普段なら連絡を入れてから行くところなのだが、どうにも動揺していて、そんなことを考える余裕がなかったのだ。そうして転がり込んだ先ーー黒子の家には、予想外なことに、黒子以外に黄瀬と青峰の存在があった。なんでも青峰は昨日アメリカから帰国したばかりらしく、久しぶりに三人で宅飲みをする予定だったらしい。とすると緑間はその楽しい空間をぶち壊しにしてしまったわけだが、今は他人に気を使うことなどできなかった。けれど青峰や黄瀬のいる前ではどうにも話しづらく、結果緑間はもう30分ほど、ラグの上に座り込み、沈黙したままだった。

「緑間くん、なにか話してくれないとこちらとしても対応に困ります」
「…わかっているのだよ」
「わかってんならさっさと話せよ」
「煩いのだよ!」
「んだと?!」
「まあまあ、青峰っちも緑間っちも落ち着いて!ね?」
「……」

はあ、っと黒子が小さくため息を吐く。どうもこれはまだまだ時間がかかりそうですねと今夜の飲みを諦めかけたところで、不意に来訪者を知らせるチャイムが鳴った。

「はい……え、火神くん…?」

緑間のすぐそばに座っていた黒子が立ち上がり、足音もなく玄関に向かう。がちゃり、と扉を開けた先にいたのは、火神大我だった。また面倒事が増えるような予感に、黒子は頭を抱えたくなる。

「急に悪ぃ。征に追い出されちまってよ、今日だけ止めてくれねーか?」
「追い出された…?まさか帰国早々喧嘩でもしたんですか?」
「ちっげーよ!なんか高尾が急に来て、話があるとか言うから出てけって言われただけだ」
「高尾…だと!?」
「え、緑間?!」

ガタガタッというすごい音とともに、緑間が玄関に姿を現した。黒子しかいないと思っていた火神は一瞬ひるみ、けれど玄関に散らばるいくつかの靴を見やって、他にも先客がいそうだと把握する。緑間の登場に驚いた火神だが、落ち着くと今度は緑間に対する怒りがふつふつと湧いてきた。

「てめぇ緑間!!高尾と何があったか知んねーけど早く仲直りしろよ!!俺が征の家に帰れねーじゃねーか!」
「そんなの言われなくてもわかっているのだよ!」

ああやっぱり面倒事が増えた、と黒子は密かに額を押さえる。

「ちょっと二人とも、落ち着いてください。とりあえず火神くんは家に上がって、それから僕たちに、何があったのかきちんと説明してください。でないと僕らはいつまでもおいてけぼりです」

まずはとりあえず、近所迷惑になりそうなこの怒鳴り合いを沈めることから始めなくては。気の遠くなりそうな現状に、黒子はここにはいない高尾と赤司の存在を少しだけ恨んだ。





「高尾が妊娠したぁ?!」
「緑間っちがやらかした?!青峰っちじゃなくて?!」
「おい黄瀬、どーいう意味だコラ」
「おめでとう、なんですかね、ここは…」

この場合の反応はどれが正しいのだろうか。一番まともだと思われるのは黒子だが、普通に考えたら火神の「高尾が妊娠したぁ?!」のほうが一般的かもしれない。

「で、どうするんです?」
「…それを相談しに来たのだよ」
「は?相談も何も、アイツ社会人だろ?産めばいいじゃん」
「高尾は社会人だが、俺はまだ学生なのだよ。しかもあいつは仕事を辞めたと言っていた」
「辞めた?!そりゃまた突然ッスねえ…」
「高尾さんは今何週目なんです?もしも産まないとしたら、急がないと母体に影響が出るかもしれないですよ」
「それが、わからないのだよ…」
「はあ?てめ、ふざけてんのか?」
「ふざけてなどいない!!」
「火神くんも緑間くんも、さっきからちょっと煩いです。喧嘩するなら出てってください」
「「……」」

家主の一喝に、緑間と火神ははっとして口を閉じる。あと何度このやり取りを繰り返せばいいのだろうかと、黒子は諦めたい気持ちでいっぱいになった。

「とりあえず話を整理しましょう」
「まず、高尾が妊娠してんだろ?んで、仕事も辞めた。緑間は何週目か知らねぇ…」
「なんていうか…詰んでるッスね、だいぶ」
「これ、結構計画的な気がしますね。もしかしたら高尾さんは少し前からこのことを知っていて、仕事のことだとか、いろいろ準備していたんじゃないでしょうか?」
「だとしたら、なんで緑間に黙ってたんだよ?」
「そりゃあ緑間っちには言えなかったんでしょ。だって学生だし」
「学生(笑)な」
「学生(笑)ッス」
「……」
「ちょっと、緑間くんいじめるのやめてください。黙っちゃったじゃないですか」
「すいませんッス」

緑間は黙って床を睨みながら、今更自分の立場を思い知った。そうだった、こいつら全員働いているのだ、と。黒子は小説家として順調に知名度を上げているし、黄瀬は大学卒業後、モデル以外に俳優業にまで手を広げた。一見馬鹿に見える青峰や火神だって、アメリカでプロとして立派に活躍している。つまり、この空間にいる学生は、緑間一人なのだった。

イライラ、と緑間の指先が何度も床を叩く。バスケを辞めてテーピングをしなくなった指先が、こつんこつんと神経質な音を奏でた。

そんな中、ピンポーン、と、間の抜けた音が室内に響いたのと、来客ですねと黒子が呟いたのはほとんど同時だった。

「火神くん、ちょっと出てきてください。宅配便だったら、印鑑は玄関にあります」
「はあ?俺かよ…」

渋々ながら、火神が立ち上がる。やれやれと身体を伸ばしながら玄関に向かい、印鑑を片手にがちゃりとドアを開けると、そこにいたのは宅配便業者でも新聞代を回収しに来たおばさんでもなく…

「征?!!!」

赤司征その人だった。






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