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緑間くんと高尾ちゃんが家族になるまでのはなし。3


ここからの話は産婦人科に勤めている母の話を頼りに書いていますが、母は看護師ではなく医療事務なので、なにかしら間違っているかもしれません。あくまでフィクションであることを前提にお楽しみください。








高尾が妊娠に気づいたのは、割と早い段階だった。彼女の生理周期は安定していたし、きちんといつ来たのかもカレンダーに記してあったため、ひと月たっても生理が来ないことにすぐに気づき、産婦人科に行った。そこで正式に妊娠していることを言い渡され、これからのことに必死に頭を巡らせることになる。それは今から2か月前のはなし。そのとき、高尾は妊娠6週目だった。

もしも堕ろすなら早めに、という医師の言葉に、高尾は産みますと言い切った。堕ろすなんて選択肢は万に一つもなかった。自分の状況と緑間の状況、両方を考慮して、どれほどそれが厳しいのかを理解しても、それでも諦めるなんてできなかった。そして、諦めないために、高尾はいろいろ隠れて準備を始めたのだ。

高尾は社会人2年目だが、緑間はまだ学生、しかも医師試験を控えたある意味受験生のようなものである。もしもそれに受かったとしても、その先も研修やらなんやらで、彼はずっと忙しい。そんな状況で、自分の両親からも緑間の両親からも、下手したら緑間自身からも反対されることはわかりきった答えだった。

だから誰にも相談しなかった。

そうして2か月、秘密事を抱えたまま、高尾は子どもを産むための準備を始めていった。会社に引継ぎ込みであと2か月で辞めることを告げ、一人暮らししている部屋も今月末に引き揚げ、実家に荷物を送り返す手筈は整っている。まだ家族には言えていないが、荷物を送り返す直前に電話で伝えようと思っていた。

そうして今日だ。14週目前後からお腹が目立ってくるようになると看護師が言っていた、だから誤魔化しが聞かなくなる前に緑間に打ち明けた。

「…それで、真太郎の反応は?」
「…わからない。逃げてきちゃったから」

誰に反対されようと絶対産む、そう決めていたはずなのに、いざ緑間を目の前にしたとき、高尾はとても恐ろしくなった。自分の腹に宿る小さな命の半分は紛れもなく緑間の遺伝子を含んでいるというのに、もしその大元に拒絶されてしまったら?そうしたら、自分はどうしたらいいのだろう。どうしてあげたらいいのだろう。考えたらとても恐ろしくなって、だから言い逃げのように一方的に会話を遮断して逃げ出した。

「状況はわかった。それから、高尾が考えていることも大体は。…君は時々可哀想になるほど献身的だね、高尾。どうせ一人で産むつもりなんだろう?」
「征ちゃんには何でもお見通し、ってか…」
「別に、推測すれば簡単なことだよ。だけど、真太郎はそれで納得するのかな?」
「さあ、どうだろ…」

赤司の問いかけに、高尾は曖昧な言葉しか返せない。赤司はふうっと息を吐くと、少しも困っていない顔で「困った子だね、高尾は」と言った。

「逃げていても始まらないのに。どうするの、こうやってずっと逃げて、真太郎に認知すらさせないつもり?」
「…私は、真ちゃんの将来に傷がつくのが一番怖いんだ。だから、もしも真ちゃんが望むなら、私はそれでもいいよ」
「………」
「呆れた?」
「いや、……ただ、本当に高尾は健気で献身的だなあ、と思ってね」
「それ、高校の部活の先輩にも言われたなあ」






高尾が緑間と出会ったのは、高校一年の春のことだ。男子バスケ部にマネージャーとして入部した高尾は、そこで初めてキセキの世代というものを目の当たりにした。緑間真太郎。キセキの世代No.1シューター。その恐ろしいほど正確で綺麗なシュートに、自他共に認めるバスケ馬鹿である高尾はあっさり落ちた。

それは彼に対する憧憬の始まり。



見た目からして神経質そうな男だとは思っていたが、実際、緑間は様々な拘りを持っていて、それはしばしば部内で問題を引き起こした。元々素直ではない性格に、占いに対する異様な拘り、我儘、そして負けたことがないというある意味危うい土台を元に聳え立つ高いプライド、それからちらりと見え隠れする傲慢。これらは幾度となく先輩の琴線に触れ、部内の空気を悪くした。最初の頃は一触即発な空気になるたび、高尾が割って入ったものだった。おかげで先輩から「緑間係」と呼ばれるようになり、セット扱いが当たり前になったのだが。

部内で少し、いやかなり浮いた存在である緑間が気になって仕方なくて、高尾はよく彼を構った。不用意な発言をしそうになれば諌めたし、先輩から文句がきそうなことは事前にフォローを怠らなかった。私生活でも同じ。飼い主の後ろをついて回る子犬のように、高尾は緑間に纏わりついた。高尾は自分の明け透けで人当たりの良い性格をきちんと理解していた。少なくとも緑間が三年間校内行事等で浮かなかったのは、間違いなく自分のおかげだと断言できる程度には。

そんな、憧れてはいるがやたら面倒くさい男に高尾が惚れたのは、案外早い時期だった。緑間が初めて敗北を経験した、IH予選の後だ。試合の後、ふらりと何処かへ消えてしまった緑間を探していた高尾は、雨に打たれながら悔し涙を流している緑間を発見した。雨に打たれながら泣くとかどんだけだよカッコつけだなー真ちゃんはププッ、とかなんとかくだらないことを思いながら、高尾は軽い気持ちで緑間に声をかけたのだ。しかし振り返った緑間の、悔しさと憤りと安堵と、未知なるものへの恐怖、その全てをぐちゃぐちゃに混ぜたようなひどい表情に、高尾は何を言ったらいいのかわからなくなった。

「真ちゃん、お疲れ」

辛うじて出たのは、なんとも在り来たりな言葉で。どうしたらいいのかわからなくて、そっと抱きついてみた。嫌がられるかと思いきや、強い力で抱き返される。子どものようにしがみつく彼が、どうしてだろう、とてもいとおしくて。

それは、憧憬が恋慕へと変わった瞬間。




恋を自覚しても、高尾の緑間に対する態度は大きく変わることはなかったように思う。ただ、一部の部員はなんとなく高尾の気持ちに気づいていたようだし、緑間本人も鈍いわけではなかった。しかし緑間は特に態度を変えることもなく、高尾が隣にいることを許した。

「高尾は本当に健気だよな」

これはいつだったか、高尾が宮地に言われた言葉である。そこには高尾の気持ちになんとなく気づいていながら受け入れることも拒絶することもしない緑間と、それでも傍にいたがる高尾に対しての呆れと同情めいた何かが隠れていた。宮地の言葉に曖昧な笑みを返しつつ、高尾は心の何処かで「違う」と思った。

高尾は確かに誰かの世話を焼くのが好きだ。けれど緑間に対するそれは、健気だとか献身的だとか、そういったプラスの言葉を使うのが申し訳なくなるくらいに、エゴに塗れている。高尾は緑間の一番でありたかった。緑間の角が徐々に取れ、人付き合いが少しずつ上手になっていくにつれ、気づいてしまったから。緑間の周りには、彼を助けてくれる存在がたくさんあること、だからもしも高尾がいなくなっても、緑間は不自由なく生活できるだろうこと。それが恐ろしくて、高尾は一生懸命緑間の側に在ろうとした。

だから本当は違う。緑間が高尾を必要としていたんじゃない、きっと、高尾の方が緑間に依存していたのだ。







「でも付き合っているんだろう?」
「…うん。真ちゃんは恋愛感情無しに誰かと付き合えるほど不誠実な男じゃないし、だからきっと私を好きだって気持ちはあるんだと思う。けど、」
「はっきりした言葉がないから不安?」
「…征ちゃんさあ、本当、エスパー?」
「まさか。高尾がわかりやすいだけだよ」

赤司は呆れたように笑うと、宥めるようにぽんぽん、っと高尾の頭を撫でた。

「少し話し過ぎたかな。顔色がよくない。もう休め」
「ん。ソファ借りてもいい?」
「いいよ。本当はベッドを貸してあげたいところだけど、生憎シーツが大惨事でね」
「ふふ、それは勘弁」
「だろう?」

いろいろ、思っていたことをぶち撒けたせいか、安心したせいか、とろりと緩やかに眠気がやってくる。ソファに身体を横たえ、高尾は睡魔に抗わず目を閉じた。気を張って疲れてしまったせいか、すぐにすとんと夢に落ちる。そんな高尾にひとつ、ため息を零すと、赤司は寝室から運んできたタオルケットをふわりとかけてやった。

「まったく馬鹿だね。高尾も、真太郎も」

さて、あの堅物眼鏡をどうしてやろうか。







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