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緑間くんと高尾ちゃんが家族になるまでのはなし。2


七月の終わり、夏真っ盛り。茹だるような暑さと日本特有の湿気に中てられて、火神は少しうんざりしていた。日本の四年制大学を卒業後、すぐにアメリカへ飛んだ火神は、今ではNBAで活躍する立派なプロバスケットボールプレイヤーとなった。レギュラーシーズンは帰国なんてとてもできず、その後もちょこちょこと帰国はできたものの長期の休暇はなかなか取れなかったため、今回の夏休みともいえる長期帰国は彼が首を長くして待ち望んだものだった。

すう、っと腕の中で可愛らしい寝息を立てる恋人の髪を手櫛で梳いてやる。長い濃紅の髪は自分の色と似て非なる不思議な深さがあって、それを火神はとても気に入っていた。火神の恋人、赤司征は国内最難関の大学を首席で卒業し、今は何だかよくわからない(一度聞かされたけれど、ややこしい名称だったので忘れてしまったようだ)会社を経営し、順調に業績を伸ばしているらしい。けれど火神の腕の中に収まって眠るあどけない寝顔の持ち主は、火神にとっては社長でもなんでもなく、ただの愛しい女の子なのだった。

一昨日、帰国したばかりの火神は、日本に家を持たないことを理由に赤司の家に転がり込んでいた。何せなかなか会うことのできない恋人なのだ。電話やメールはしていても、直接会うのとでは訳が違う。そんなわけで日頃会えない分を埋めるようにくっつき、求め合い、朝も夜も関係なしに自堕落な生活を送っていた。

「うげ、もう七時過ぎかよ…」

昼間致してから心地よい疲労感に満たされ、二人してずいぶん眠ってしまっていたらしい。そろそろ夕飯の準備をしないとまずい時間になっていた。とりあえずベットの下に散らばった衣類の中から自分のものを探し出して身に着ける。ついでに赤司の分をベッドの端に寄せて置いた。

「さて、晩飯何にすっかなー」

ぐぐぐっとひとつ伸びをして、冷蔵庫に向かう。野菜室を開けた瞬間に、インターホンが鳴った。

「誰だよこんな時間に…宅配便か?」

出来れば居留守を使ってしまいたいところだが、あとで赤司にばれるといろいろ面倒くさいので、とりあえずtalkボタンを押して会話を繋ぐ。エントランスホールにいる来訪者を映すカメラが捉えたのは、意外な人物だった。

「…高尾?」

高尾和菜。確かキセキの世代の一人である緑間真太郎の恋人だったはずだ。

「あれ、火神じゃん!よ、元気?征ちゃんいる?」
「おー…とりあえず開けるから上がってこいよ」
「ありがとー」

ピッピッと慣れた手付きで操作し、オートロックを解除してやる。開かれたドアの向こうに消えて行く後ろ姿をインターホン越しに眺めながら、これは厄介事がやってきたかもしれないと火神は思った。やたら明るい振る舞いがわざとらしくて、なんだか気味が悪かったのだ。そして火神の予想はドンピシャで当たることとなる。







ガチャリとロックを解除した瞬間、部屋に飛び込むようにして入ってきた高尾は、火神のことなんてお構いなしにさっさと上り込むと、勝手知ったるといった様子で寝室のドアを開けた。

「あ、おい…っ!」

火神は慌てた。何せ寝室には、自分の恋人が生まれたままの姿でシーツに包まっているのだから。

高尾は少しだけ歩みを緩めてベッドサイドに寄ると、赤司の姿を見つけて意地悪そうな笑みを浮かべた。

「こんな時間からお楽しみだったってわけか。お熱いねー!」
「っせえな!もういいだろ!」
「よくない。私は征ちゃんに会いに来たんだから……征ちゃーん、ちょっと起きろー」
「う…ぅ…?」

ゆさゆさと無遠慮に揺さぶられて、赤司がゆるゆると目を開ける。とろんとした色の違う二つの目が、ぼんやりと高尾の姿を捉えた。けれどすぐに瞼が下りはじめ、再び双眼を隠す。すう、っと寝息を立て始めた赤司を見て、高尾はあんぐりと口を開けた。

「え、ちょ、征ちゃんまた寝るの…?」
「あー…征は低血圧だからな、一度寝るとなかなか覚醒しねーんだよ。もっかいチャレンジしてみ?そのうち起きるだろ」
「ええーなにそれめんどくさ…あ、でもこれはある意味弱点か…?だとしたらいいこと知ったかも」

一人でぶつぶつ呟きながら、もう一度赤司を起こそうと奮闘する高尾に、火神は諦めたように溜息をひとつ。

「今夜はなんか簡単なもんにしよ…」

疲れをにじませたような声音で呟いて、高尾を寝室に残したまま、キッチンへ向かったのだった。



赤司が起きだしたのは、結局火神が高速炊飯で米を炊き上げ、コンソメで野菜たっぷりポトフの味を調え終わった頃のことだった。まだ少し気怠い雰囲気を引きずりつつも、きちんと洋服を着て寝室から出てきた赤司の後ろで、高尾がぐったりとベッドに伏している。どうやら赤司を起こすのには、相当苦労したらしい。赤司はそんなことなどお構いなしにソファに腰かけ、ふあぁ…と欠伸をしながら「それで?」と尋ねた。

「どうして高尾がここにいるんだ?」
「いや、俺もよくわかんねーんだけど」
「高尾、今日はどうして来たの?」
「んー…なんとなく会いたかった、とかじゃダメ?」

ふらりと寝室から戻ってきた高尾は、赤司の隣に腰かけて誤魔化す様に笑う。

「却下だ。お前はそんな理由でこんな時間に家に来るような奴じゃないだろう」
「まあねえ…」
「…真太郎となにかあったのか?」

確信を突く赤司の言葉に高尾は目を丸くし、それから、敵わないなあと破顔した。

「うん、ちょっとね。征ちゃんに話聞いて欲しくなっちゃってさー」
「ふうん…」

じいい…っと音がしそうなくらい真剣な表情で、赤司は高尾の目を見つめた。綺麗な子に見つめられると同性でもときめくってマジだよなあ、と高尾は思う。恐ろしく綺麗な顔立ちをした友人は、やがてぱちりとひとつ瞬きをすると、くるりと火神の方へ向き直った。

「火神、今夜は帰ってくるな」
「はあ?!」
「高尾は僕に大事な話がある。お前がいたら邪魔だろう」
「待て待て、じゃあ俺はどこ行けばいいんだよ」
「そんなの、テツヤのところでも涼太のところでも、好きにしたらいい」
「はーもう…わかったよ、出てきゃいんだろ、もう…」

大げさな溜息を吐いた後、火神は諦めたように立ち上がった。荷物を準備するために寝室に消えていく背中に哀愁が漂っていて、高尾は突然申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「火神、なんかごめんな?」
「あー、いいって。どうせまだ休暇は1か月以上あんだし、それにこいつの我儘には慣れてっからな」
「僕は君の前で我儘言った覚えはないけど?」
「…征は自分の胸に手当てて、今までの行動思い出してみろ」
「……」





火神を自宅から追い出した赤司は、彼の背中を見送り終わるとさっさとドアを閉め、またリビングに戻ってきた。そしてそのままキッチンに向かうと、冷蔵庫から新品のミネラルウォーターを二つ取出し、高尾に一本投げてよこした。

「……で?なにがあった?」

ことりと首を傾げながら尋ねる赤司に、高尾は苦笑した。赤司の誤魔化さない単刀直入さが、高尾はとても好きだ。女子同士の世界には一種の駆け引きめいた言葉遊びのようなものがあって、そういう面倒くさいものがあまり好きではない高尾はいつもうんざりしていたから。けれど話しにくい話題の時は、赤司のようなまっすぐさはちょっとだけ困るかもしれない。

「ええー…いきなり聞いちゃう?」
「当たり前だろう。こっちはたたき起こされてここにいるんだ。さっさと話してもらわなければ困る」

どうせややこしい話なんだろう、とため息まじりに言われて、この子はエスパーなんじゃないかと思う。色の違う双眼にじいっと見つめられ、高尾はまだ何も話していないのに全てを見透かされているような気持になった。

「うー…じゃあ、言う」
「うん」
「妊娠した」

きょとり、と赤司が目をぱちくりさせる。自分を見つめていた目がゆっくりと視線を腹に移動させていくのを感じて、高尾はなぜか恥ずかしいようなこそばゆいような不思議な気持ちになった。

「へえ、おめでとう」
「驚かないんだ」
「驚いてるよ」
「征ちゃんわかりにくい…」
「そう?」

ああ、でも満たされた。緑間の家から逃げ出したあの時、どうして赤司の存在が心に浮かんだのか、高尾はやっとわかったような気がした。たぶんこうやって、無条件に自分の中にいる新しい命を認めてくれるようなひとに会いたかった。目の前に山積みになっている様々な問題を横において、まずはおめでとうって、祝福されたかったのだ。

「どれくらいなの?」
「今14週目に入ったところ」
「ふうん…結構経ってるんだ。それで?」
「ん?」
「産むんでしょう?」
「…なんでわかったの」
「高尾が真太郎の子どもを産まないわけないだろう?」
「…参りました」

両手を上げて、降参のポーズ。赤司は蠱惑的な微笑みを浮かべ、愛おしそうに高尾の腹を指でなぞった。

「聞かせて、何があったのか」






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