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Let me love you1


中学バスケ界を席巻した「キセキの世代」


そのずば抜けた才能を持つ男たちをひとつに束ね、指揮していたのは、たったひとりの女の子だった。


Let me love you. 1


僕が彼女をはっきりと認識したのは、まだ三軍で思うように結果が出せず、くすぶっていた頃のこと。いつもは滅多に三軍の練習など見に来ないはずのその人が、なぜかその日はそこにいた。彼女は何かを探すように熱心に練習風景を見ていたが、やがて視線を絞り、なぜか僕ばかりを見つめるようになった。そして見つめられ続けること数分、彼女は徐々にその端正な顔立ちを砂場に埋もれていた宝を見つけた時の子どものように輝かせ、僕と目が合うとわずかに目を細めて微笑んだ。それは僕が彼女に見出され、光あふれる世界へと引き上げられる少し前のこと。僕が初めてはっきりと、「赤司征」という存在を認識した瞬間だった。




赤司征という存在は、元々一方的に情報だけはあった。というのも、彼女は何かと目立つ存在だったからだ。成績は学年一位の座を明け渡したことがなく、書道や読書感想文、絵画など、文化的な面でも多くの賞を受賞している。容姿も申し分なく、先生受けも良い。そして極めつけは、男子バスケ部のマネージャーであることだった。マネージャーといっても一軍専用なのだが、初めて一軍のコートに来たとき、僕は思わずマネージャーという単語を辞書で調べたいと思うくらいに驚いた。というのも、ちょうど行われていた3on3の対戦で、片方のチームによく目立つ赤い髪の女の子が混ざっていたからである。それは間違いなく赤司さんだった。自分よりも二回り以上大きな相手に対し、全く臆することなく、それどころか逆に圧倒してさえいる。

「赤司さん、すごい…」

思わずこぼれてしまった驚嘆に、隣にいた桃井さんが苦笑した。

「征ちゃんはいつもこうなの」

どこか諦めにも似た気配を滲ませたその言葉に、僕は桃井さんがそれをよく思っていないのだと知る。

「だって征ちゃん、女の子なのに」

そう言った桃井さんは、すぐにしまったという顔をした後、このことは征ちゃんには言わないでねと何度か僕に釘を刺した。

「征ちゃん、女の子だから、とかそういう言葉にすごく敏感なの」

桃井さんの言葉に、なぜかすんなり納得してしまった。おそらく赤司さんは、彼らとずっと対等でいたいのだ。よく知らないくせに、どうしてだろう、すごく赤司さんらしいと思った。



一軍に入ってすぐに気づいたことだが、赤司さんは恐ろしく融通の利かない女の子だった。マネージャーは赤司さんと桃井さんの二人なのだが、一般的なマネージャー業は桃井さんが一人で担当し、赤司さんは練習に混ざったり戦略を立てる参謀的な役割を果たしている。のだが、その参謀である赤司さんの作ったメニューはどれも地獄を見るかのようにハードなのだ。おかげで元から体力のない僕はしょっちゅうぶっ倒れたし、時にはあの青峰くんですらぐったりと床に倒れ伏すこともあった。しかしそんな僕らに対し、彼女は冷ややかな視線を投げては「もう終わりなの?」と挑発的に問いかけるのだった。今にして思えば、人一倍負けず嫌いな奴らばかり集まっていたあのバスケ部では、あれくらいがちょうどよかったのかもしれない。けれどあの頃の僕たちにそこまで読めるはずもなく、青峰くんなんかはよく腹を立てては更衣室で罵詈雑言を吐き出していたものだ。けれどあの頃、彼女の考えた戦略や相手に合わせたフォーメーションなんかがなかったら、あそこまで無敗でいられたかどうかは怪しいのだから、結果的に僕らはみな彼女に感謝している。



そんな赤司さんは、その難しい性格と何でも出来過ぎてしまう有能さのせいか少々学内で浮いた存在だった。その時代錯誤とも思える外見もまた、敬遠されることに拍車をかけていたのかもしれない。長い長い髪は腰のあたりまで綺麗な三つ編みに結われ、スカートは膝が少し見える程度、無地の紺色のソックスに何の飾りもついていないスクールバッグ。あまり校則の厳しくない学校であったが故に、その真面目過ぎる格好はどこにいても一際目立った。

にぎやかの見本のような中学の中で、彼女はいつだって一人だった。

いや、時々は一人じゃなかったのかもしれない。

キセキの世代の中でたった一人だけ、紫原くんだけは、常に彼女の動向を気にしているようだった。


「赤ちんはねー、あれで案外さびしんぼだからー」

紫原くんの言葉を笑ったのは誰だっけ、ああそうだ、あれは確か青峰くんだ。可笑しくて腹が痛いと笑う青峰くんを見て、紫原くんはどこか悲しそうな表情で、本当なんだよ、と言ったのだった。

「きっと峰ちんにはわからないよ」
「はあ?なんでだよ?」
「…桃ちん」
「さつきぃ?」

青峰くんが、訳が分からないといった表情で助けを求めるように僕を見る。そんな目で見られても、僕だってわからないものはわからないのだ。

「すいません、僕にもちょっと…」
「比べてみて、桃ちんと赤ちんのこと」

ことんと首を傾げた紫原くんは、そう告げると静かにお菓子を咀嚼し始めた。あとは自分で考えろということらしい。

桃井さんと赤司さん。比べてみろと言われても、彼女たちの間はバスケ以外の共通点を見つけることが難しいくらいに違いが多い。というかむしろ…

「ああ、わかりました」
「マジかテツ、教えろ!」
「確かに青峰くんにはわかりづらいかも知れませんね」

桃井さんは青峰くんの幼馴染だ。常に愛らしく笑い、女性らしい身体を持ち、気さくな性格で媚びていると思わせないように甘えるのが上手い。自分の力量以上のものを決して抱え込まず、誰かに助けを求め、頼ることができる賢い女の子だ。けれど反対に考えてみると、赤司さんは上っ面だけで見ているよりもずっと不器用で、へたくそな生き方をしているようにすら思えるのだ。

あの子はつらい時、誰かに頼るだろうか。


弱いところを見せるのを嫌う子だ、頼るどころか辛いことさえ周りに悟らせずに、いつの間にか自分で解決してしまうのだろう。きっとあの子は、いつだってそういうふうに生きてきた。誰も必要とせず、一人でいろんなことを乗り越えてきた。きっと赤司さんが誰かを必要とするのはバスケをする時だけで、彼女もそれを当たり前だと思っている。だけど。

「さびしんぼ」だと紫原くんは言った。それはもしかして、本人すら自覚していないことを、あの野性的ともいえる嗅覚で、紫原くんが嗅ぎ取っているのかもしれなかった。

「だからねー俺は、赤ちんのそばにいたいなーって思うんだ」

紫原くんの言葉にそうですねと頷いた、あのとき赤司さんに対して感じた庇護欲のような不思議な感情は今でも忘れていない。忘れていないのに、僕は結局、彼女に向けて伸ばした手を、自分から振り解いてしまうことになる。







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