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試合翌日のはなし。


◎試合の翌日。熱が下がらなかった赤司くんが学校を休んだようです。





瞼が重たい。どろり、と泥濘に足を取られるように、意識が不安定で鈍い。薄らと目を開けると、電気を消された薄暗い部屋の中、ひとり。そうっと身体を起こしたら、ずきり、と右の頭に片頭痛。耐え切れずに額を押さえたら、すっかり乾いてぬるくなった冷えぴたがやんわりと存在を主張した。

ふと机を見やれば、手を付けていないままの粥が目に入る。寮内にある食堂で働くおばさんが昼ごろにわざわざ作って持ってきてくれたのだが、どうしても食欲が無く、食べることができなかった。何も食べずにいきなり薬を飲むと胃を傷めることを知っていたから、薬は朝飲んだっきりだ。そろそろ熱も頭痛も限界だけれど、もう動くのも億劫で、赤司は再びベッドに倒れ伏した。

赤司の身体はあまり丈夫ではない。本人はただ体力のコントロールが上手くできないだけだと思っているが、実際は季節の変わり目など、気圧や天候の変化に左右されやすく、疲れにも弱い。しかし持病というほどのものを持っていないせいで、赤司自身の認識は薄い。だからすぐに無茶をする。要するに自分の限界を知らない、子どもなのだ。

「征ちゃーん?入るわよ?」
「…玲央、…っ、」

ひっそりと、伺うような声音で尋ねながら、実渕がそうっと部屋に入ってくる。それに反応して身体を起こしたら、頭が揺れたせいか片頭痛が一際強く痛み、赤司は思わず顔を顰めてひゅっと息を止めた。

「征ちゃん、だめよ。起きあがらなくていいから、ね?」
「ん…」
「あんまり良くなってないみたいねぇ…」

言われるままにもう一度身を横たえ、赤司は目だけを動かして実渕を見やる。心配そうに見つめ返した実渕は、小さくため息を吐くと、赤司の額に貼りついている冷えぴたをペリリと剥がし、新しいものに貼り替えた。ひんやりと心地よい冷たさが額を覆い、感じる痛みと熱をゆっくりと和らげていく。思わずほう…っと息を吐けば、実渕の指がいたわるように赤司の髪を掬った。

「ご飯食べてないのね?」
「…食欲がないんだ」
「どうせ噛むのもしんどいんでしょう?もう少し待ってなさい。今小太郎たちがアイスとかゼリーとか買いに行ってるわ」

何も食べないよりはマシでしょう?食べやすいし、と言われ、赤司はゆるりと頷いた。髪を掬っていた実渕の手が、ゆっくりと赤司の頬に移る。その体温がひやりと気持ちよくて、赤司は無意識にその手のひらにすり寄った。

「あら、今日は甘えてくれるのね」

実渕はなぜか、嬉しそうに笑う。赤司にはいつもそれがよく理解できなかった。赤司はチームの要だ。キャプテンとして常に人の前に立ち、導くための存在だ。それなのにこんな不甲斐ない姿を何度も見せて、なぜ失望しないのだろうか。

以前に尋ねたら、実渕は「先輩だからよ」と言った。けれど帝光時代、赤司が先輩に頼った記憶はないし、そもそも先輩は自分たちのような頭一つ抜けた後輩を毛嫌いしている節があり、関わりも薄かった。だからこそ、赤司には今の状況が理解できないのだった。

「玲央は、」
「ん?」
「玲央は、誰かの世話を焼くのがすきなのか…?」
「…そうねえ……征ちゃん限定で、好きかしらね」
「なぜ僕限定なんだ?」
「それは征ちゃんが好きだからよ」
「…前と答えが違う」

むうっと唇を尖らせたら、実渕はまた柔らかく笑う。どうしてそんな笑顔を自分に向けるのか、やっぱり赤司にはわからなかった。

「前は、お前が先輩で僕が後輩だからだと言った」
「そうね、それもあるわ」
「それ『も』?」
「それも。征ちゃんは大事な後輩で、あたしは征ちゃんが大好き。理由なんてそれだけよ。前と少しも違わないわ」

すり、と柔らかな手が頬を撫でる。手入れの行き届いたその手は優しくて、どうしてだか胸の奥があたたかくなった。

「あかしーぃ?起きてる?」
「大丈夫かー?」

薄ら開いたドアからひょこり、と覗いた顔が二つ。いつもの騒がしさはなりを潜め、今はただ、心配のみを瞳の奥に湛えていた。

「起きてるわよ、起きあがれはしないけど」
「え、そんな酷いの?!」
「片頭痛がねぇ…ちゃんと買ってきた?」
「おう、バッチリだ!」

根武谷が左手に持ったコンビニ袋を掲げながら、にこりと得意げに笑う。それを受け取った葉山が実渕に手渡すと、実渕は使い捨てのスプーンと蜜柑のゼリーを取り出し、赤司に握らせた。

「とりあえずこれを食べて、そうしたらお薬飲んでもう一度寝ましょうね。」
「少し身体が疲れてるだけだ、飯食って寝たらすぐ直るだろ」
「そーそー、寂しかったら俺が添い寝してやるし!」
「あんたの添い寝なんていらないわよ」
「…いや、そんなことはないよ」
「「「え?!」」」

頭を揺らさないようにそうっと起きあがり、ゼリーの蓋をぺりぺり剥がしながら赤司は言った。

「少し寂しかったしね。でも今の僕は熱っぽいから、暑がりな小太郎には無理かもしれないね」
「あら、だったらあたしが添い寝してあげるわよ」
「ちょ、待って!俺だって平気だし!!」
「俺が抱っこしててやってもいいぞ」
「「それはだめっ!」」

最初は声を押さえていた三人が、今やいつものようにわいわいと騒ぎ立てている。頭に響きそうなものなのに、実際はむしろ居心地が良くて安心した。薬も飲んでいないはずなのに、なぜか痛みが引いていく気がする。

とても不思議だ。だけど、嫌じゃない。嫌じゃないのがまた不思議だ。

「…布団を持って、皆まとめてここに来たらいいんじゃないのか?」
「それは良いわね」
「ちょっと寮長に布団借りれるか聞いてくる!」
「俺も行く」

ばたばたと慌ただしく室内を出ていく足音がして、赤司は実渕と二人、部屋に取り残された。

「全く、騒がしいやつらだわ」
「でも、嫌じゃないんだろう?」
「ええ。征ちゃんもでしょう?」
「…ああ」

自分は思ったよりもずっと、彼らに絆されているのかもしれない。それは、キセキとは違った縁の結び方で。

だけどあの頃とは違う、ただ誰よりも前を歩くためだけの存在ではなく、ときには甘えたり寄りかかることを許された、特別な。



そんなことを考えてしまうだなんて、やはり自分は熱に侵されているなと赤司は思った。けれどそれならばいっそ、全てを熱のせいにしてしまえと、赤司はゼリーを咀嚼しながら、すぐ傍にいる先輩に甘えるようにもたれかかったのだった。






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