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オネエ先輩から見た赤司くんのはなし


はじめは大嫌いだった。キセキの世代の主将だった男、無冠の五将の才能をあっけなく埋れさせた男。彼のチームのおかげで舐めた辛酸は数えきれず、それは他の二人も同じで。それなのにいきなり此処にやってきて、今日から主将になったのだという。一年生のくせに、赤司は実渕の望むポジションをあっさりと手に入れていった。それがどうにも腹立たしくて、最初は彼に冷たく当たったような気がする。今となっては葬り去りたい恥ずかしい記憶だが。

赤司の才能は元々知っていたけれど、実際にチームメイトとなって間近でそのプレイを見ると、その凄さには舌を巻くばかりだった。

これがキセキの世代か、なるほど、底がない。

初めてスタメンとしてとある高校と練習試合を行なったとき、実渕はなぜ彼が主将になったのかを感覚で理解した。それはたぶん、バスケ部全体に当てはまることで、だから彼の存在には、三年生の先輩すら文句を言わない。そんなチート少年に、とあるリミットがあると知ったのは、その試合が終わったあとに控え室で休憩しているときだった。試合用のユニホームのままぼうっと椅子に座っていた赤司が、突然電池が切れたようにぱったりと倒れたのだ。始めはなにが起きたのかわからなかった。ただ、浅い呼吸と発熱する身体に、只事ではないと悟る。

「ちょっと、大丈夫?!」

ぐったりと長椅子に伏す身体を抱き起こしたら、赤司は辛そうに眉をしかめ、うっすらと目を開けた。

「平気だ、少し疲れただけだ、から…」

そう、掠れた声で告げた赤司は、そのままふっと意識を飛ばした。

彼が目を覚ましたのは、それから約半日後のこと。熱でとろりと潤んだ瞳で実渕を見遣った赤司は、そこで初めて、自分の身体にリミットがあることを明かしたのだった。

体力のコントロールが上手くできないんだ、と彼は言った。だからフルで試合に出ると、限界まで消耗してしまうんだ、とも。じゃあ中学のときはどうしていたのと尋ねれば、幻の6人目がいたからね、と返される。だから、誰かにこんな弱った姿を見せるのは初めてだと赤司は言った。そのとき、じわりと心の奥に湧き上がったのは、多分庇護欲というもの。

そうして赤司の弱味、いや、秘密を知った実渕は、さりげなく赤司を観察するようになった。すると「体力のコントロールが上手くできない」と部活に限定するような言い回しを使っていた割に、日常生活でも体調が優れないような雰囲気を醸し出していることがちょくちょくあった。それは季節の変わり目であったり、集会の後であったり様々だったが、その体調不良をひたすら押し隠して何事もないように振る舞う姿はいっそ哀れだとすら思う。

みんなが王様を祭り上げるから、王様は弱く在れない。常に背を伸ばして、後ろに付く者達を引っ張る存在でいなければならない。まだあんなに小さな、やっと高校生になったばかりの子どもが、だ。

しかも厄介なことに、あの小さな王様はそれを当たり前だと思っている。なにも疑うことなく祭り上げられ、他者に心を配る姿はまるで贄のようだと実渕は思った。ああ、可哀想に。

手を伸ばしたのは、そんな同情があったからかもしれない。秘密を知ってから、実渕は赤司をよく構った。それに対し、鬱陶しそうに反応する姿はとても愛らしかったし、最初は実渕の一挙一動に大袈裟に反応していた赤司が、だんだん慣れて許容していくのも喜ばしかった。じわり、じわりと浸食するように甘やかして、赤司が変化に気づいたときには、彼はもう実渕の甘やかな罠に囚われていた。

「あまり僕を甘やかすな」

そう、命令のように願われたのはいつだったか。人を頼ること、寄りかかることに怯え、拒絶しようとする手を絡め取って。

「征ちゃんはもっと甘えていいのよ?先輩っていうのはね、後輩が無条件で甘えることを許された存在なんだから」

そう、言い聞かせるように囁けば、赤司は目の奥を揺らがせてじっと実渕を見た。

「…主将でも?」
「主将でも、あなたが後輩であることに変わりはないでしょう?」
「…そうか」

実渕の言葉にこっくり頷いた赤司は、やがて迷うように指を伸ばすと、その白い指先できゅっと実渕の服の裾を掴んだのだった。それは多分、赤司なりの甘え方。

そのときから、赤司にとって実渕達は甘えることを許された存在であり、実渕達にとって赤司は庇護の対象となった。

危うい橋を一人で平然と渡っていくような危なっかしさを持つ彼から、どうにも目が離せない。一人で平気だと立つ足が傷だらけなことにすら気づけない、自分に鈍感なこのこどもを、多分、自分達はどうにかして守りたいのだ。








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