mobile text | ナノ




体力コントロールがへたくそな赤司くんのおはなし


元帝光中男子バスケ部主将にしてキセキの世代のひとり、赤司征十郎。学力も運動能力も文句なし、しっかりしていて人望も厚く、カリスマ性もある。そんな完璧人間のように思われがちな赤司には、ある欠点があった。それは、体力コントロールが上手くできないこと。

中学の頃はまだよかった。中学生なんて、高校生に比べたら身体はまだまだ発展途上、たいていのチームよりは自分のチームメイトの方が大きく、それは赤司にかかる負担を少なからず減らしていた。また、黒子の技にリミットがあることも、赤司が周囲に何の疑問も与えずにベンチに引っ込むことを容易にさせていた。まあそもそもゲームメイクの権限は赤司が握っていたので、黒子を理由に使わなくてもチェンジは可能だったのだが。そんなわけで、中学時代は決勝戦で人ごみに酔ったり、季節の変わり目に体調を崩す程度で済んでいた。

しかし問題は高校である。まだ一年だというのに主将を任された赤司は、自分よりもよほど身体の出来上がっている敵を相手に戦っていかねばならなかった。当然ベンチに引くことは許されないし、フルで戦うことを求められた。

先述したように、赤司は体力コントロールが上手くできない。どんな格下の相手と戦うときでも、どうしても手を抜けない。全力で戦ってしまう。そうして試合が終わった後、加減を知らない子どものように、疲労に抗えずに倒れてしまうのだった。

「…っ、…」
「あら、征ちゃん、気が付いた?」

ぱち、っとシャボン玉が弾けるように、突然意識が覚醒した。ゆらゆらと不規則に揺れる振動によって、赤司は自分がバスに乗っていることを知る。と同時に、自分が温かく少しかたい何かに頭を預けていることにも気がついた。

そうっと目だけを動かして確認してみると、それは実渕の太ももだった。…膝枕か。

「征ちゃん、大丈夫?辛い?」

なにも返事をしなかった赤司を不審に思ったのか、実渕が上から覗き込むようにして赤司と目を合わせる。ぺたり、と額に当てられた彼の手のひらはひんやりしていて心地良く、赤司はすうっと瞳を閉じた。そして、目を閉じたまま、返事を返そうと口を開く。

「…っ、は、けほっ、」

何かを言おうとした唇は、けれど言葉を紡ぐことはなく、代わりにこんこん乾いた咳をこぼす。上手く言葉すら交わせないもどかしさに、赤司は眉間にシワを寄せた。

「赤司ぃ、大丈夫かー?ほら、スポドリ」

突然聞こえた実渕以外の声に、赤司は重い瞼を開く。赤司の目の前にちょこりと座り込み、割と近い距離で見つめてくる、猫みたいなまあるい瞳の持ち主。しょんぼり眉を下げながら自分を見てくる姿は先輩なのに愛らしくて、元チームメイトの黄色いわんこを思い起こさせた。

葉山から差し出されたスポーツドリンクを赤司が緩慢な動きで受け取ると、ペットボトルだというのに、開けられた蓋からストローがのぞいていた。こうして前もってあれこれ準備されてしまうくらいに何度も倒れているのだと思うと、どうにも情けなくなる。けれど事実である以上仕方が無いことなので、赤司は黙ってドリンクを口に含んだ。

「体調はどうだ?」

前の席に座っていた根武谷がこちらを振り返って尋ねる。そこで赤司は初めて、自分が最後列に座っていることに気がついた。正確には寝転んでいる、のだが。

「微熱があるわ。咳も出てたし」
「そうか」
「明日までに熱が下がればいいんだけど…大事をとって授業はお休みした方がいいかもしれないわね」

ドリンクを飲むことで精一杯の赤司の代わりに根武谷の問いに答えた実渕は、膝に乗せている小さな赤い頭をゆるりと撫でた。

「大丈夫って言うから出したけど、やっぱフルはまだ無理かー」
「そうねぇ…まあ征ちゃんがフルで出なくても、大抵のところには勝てるから大丈夫だけど」
「それより目の前で倒れられる方がよっぽど心臓に悪いからなー…」

ちゅう、っと音を立てて、赤司の口からストローが離れた。同時にまた小さく咳き込むので、実渕がそっと背中を摩ってやる。少し喉が潤ったお陰か、掠れてはいるが、赤司の声が戻ってきた。

「すまない…」

吐き出されたのは小さなちいさな謝罪の言葉。王様には似合わないそれに、三人は顔を見合わせて苦笑する。

「征ちゃんは謝らなくていいのよ?あなたの実力はみんなが認めているんだし、例えリミットがあってもあなたにはそれを上回る価値があるんだから」
「でも、」
「でも、は要らない」

さらに何かを言おうとした口を、葉山が指でちょんっと押さえる。不服そうにうーっと唸るのが子猫みたいで可愛くて、実渕はついクスリと笑ってしまった。

「さあ、もう寝なさい。着いたら起こしてあげるから」

実渕の手が、光を遮るように優しく赤司の目元を覆う。むう、っと口をへの字に曲げたのは、きっと赤司のせめてもの抵抗だ。けれどその抵抗も、すぐに収まる。転がるように眠りに落ちていった小さな王様の寝息を聞きながら、かつて無冠と呼ばれた三人の男は、ただひとつ、同じ願いを想うのだった。


おやすみ僕らの王様、はやくよくなりますように。







第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -