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赤司ちゃんの両親に挨拶に行くはなし。


朝っぱらからベッドの上を占拠し、ドレスを着た自分の写真を見比べながら、征はうんうん唸っている。床にも数枚写真が散らばっていて、試しに拾い上げてみたら、裏側に赤ペンで大きく×印がつけられていた。どうやらこのドレスは彼女の選考から外れたらしい。とりあえず落ちている写真を全て拾い集め、真新しいアルバムファイルに一枚一枚収納していく。

ドレスを着た征の写真は、彼女が桃井とドレスを選びに出かけるたびに増えていく。選考から漏れたものに興味はないから捨ててくれと征は言うが、俺はどうしてもそれができなかった。だって、好きな人が写っている写真だ。…そう言ったら、征は呆れた顔をしたのだけれど。

そんなわけで捨てられない写真はアルバムにどんどん溜まり、そろそろ征のドレス専用アルバムが一冊完成するんじゃないかというくらいになっている。我ながらとんだ嫁フリークだ。ぱらぱらとアルバムのページを捲るたび現れる白いドレスを纏う征は、そういえば彼女の母親によく似ていた。というか、妖精か何かと疑いたくなるくらい年齢を感じさせない母親だった。そして父親は…思い浮かべて、思わず苦笑してしまう。というのも、泣いた顔しか思い出せなかったからだ。それは俺が、俺よりよほど年齢も地位も上の男が号泣する場面を初めて見た日のはなし。






プロポーズを受け入れてもらうのにもかなりの労力を要したが、俺にはまだやらなければならない重要なことが残っていた。それは、征の両親への挨拶だ。結婚するために男が立ち向かわねばならない最難関でもある。この日のために俺は着慣れないスーツをわざわざ新調し、少しでもまともに見えるようにかつてないほど身なりに気を使った。そんな俺を見て一言、「似合わないね」と呟いて爆笑し始めた征を、初めて引っ叩きたくなったのは秘密のはなしである。

そんなわけで、ご両親を前にした俺の緊張はピークに達していた。隣にいる征は涼しい顔である。あれ、なんか腹立つぞ。

「あの、俺…じゃない、僕は火神大我と申します。征さんとは8年ほどお付き合いさせていただいてます。それでその、僕は普段アメリカを拠点に生活をしているんですが、えっと…」
「要するに、遠距離恋愛が辛いから結婚したいんだって」
「ちょ、征!」

しどろもどろな俺の言葉をすっぱり切って、征がものすごいすっ飛ばした要約をしてしまった。予想外のことに俺は慌ててしまい、思わず素が出てしまう。

「だって本当のことだろう?」
「そうだけど!そうだけどいろいろ順序ってもんが…あーもう!」

これはもう猫を被っていても仕方が無い。覚悟を決めた俺は、畳に手をつきぐっと頭を下げた。

「俺と征さんの結婚を許していただけないでしょうか!」

あれは疑問系じゃなく断定だったね、と後の征は語る。

俺はしばらく頭を下げていたのだが、いつまで経っても返事がない。不安になってちらりと顔をあげると、

「えっ…」

なんと泣いていた。父親も母親もだ。

母親はともかく、ぱっと見厳格そうな父親がぼろぼろ涙をこぼす姿には、流石の征も驚いたらしい。ぽかーんと間抜け面を晒している。あ、ちょっと可愛いかも。そうしている間に、征の父親は右腕でぐいっと涙を拭い、征の名前を呼んだ。

「征、なんで言わなかったんだ」
「言う必要がなかったから」
「8年も隠していただなんて…」
「隠していたつもりはないよ。言う必要がなかっただけって言ってるじゃないか」

父親の叱るような口調に、征の機嫌が下降していく。少し膨れっ面をしてそっぽを向く征に、これはなにかヤバイ展開かとオロオロしていたら、今度は俺が名前を呼ばれた。

「大我くん、と言ったね?」
「は、はい!」
「本当にありがとう」
「は?」

深々。その言葉の通り、深く頭を下げられて、今度は俺が間抜け面になる番だった。

「うちのじゃじゃ馬娘と8年も付き合って、結婚にまで踏み切ってくれて…」
「は、はあ…あの、頭上げてください…」

俺の言葉に潔く頭を上げた父親は、また込み上げてきたらしい涙を拭いながら笑んだ。

「うちの娘はとんだバスケ馬鹿でね、この歳になっても浮いた話一つなくて、一生独り身かと心配していたんだよ」
「余計なお世話だよ」
「こら、征!」

相変わらず膨れっ面な征を思わず嗜めると、父親と同じく涙を拭っていた母親がくすりと笑った。

「うちの娘をよろしくお願いします」
「え、じゃあ…」
「娘を幸せにしてやってください」

その瞬間、ガッツポーズをしてよっしゃー!と叫んでしまったことはどうか大目にみて欲しい。


思い出したら恥ずかしくなってきた。なんだかいろいろ居た堪れない。大体全部こいつのせいなんだが。ちらりと横に視線をやったら、征は写真から目を逸らさないまま「何?」と尋ねてきた。

「いや、面倒くさいやつと結婚しちゃったなあ…って思って」
「…後悔してる?」

さっきまで俺のことなんて見向きもしなかったくせに、こんなときだけ見上げてくるのはずるいと思う。

「するわけねーだろ」
「そう…」

赤い柔らかな髪をくしゃくしゃに撫でてやりながら言えば、征は安心したように小さく頷いて、また視線を写真に戻した。

征が8年間の交際を両親に言わなかったのはなぜか、俺はなんとなく理解している。腹立たしいことだが、多分征は俺といつか別れることを前提に付き合っていたのだ。彼女お得意の自己完結型ネガティブで、いつか終わる恋だと勝手にカテゴライズされていたのだろう。だから両親には言わなかった。言えなかった。言えばきっと、期待を持たせてしまうから。

俺はどれだけ信用がなかったんだか、考えると情けなくなってくる。けれど俺は、彼女の勝手なカテゴライズを打ち破ってここにいる。

「火神、」
「ん?」
「これとこれ、どっちがいい?」
「…俺、お前のドレスには口出さないって決めてんだけど」
「いいから早く決めてよ」
「へーへー」

緑間の指摘どおりの我儘女王で、親にも言われるくらいのじゃじゃ馬娘で、だけどどうしようもなく大事なおんなのこ。だからずっと側にいるよ。


まあとりあえずまずは君の隣を陣取って、衣装選びから始めようか。








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