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俺と彼女のなれ初めのようなはなし。


パソコンの画面を見つめ、信じられないといった表情で、征が目を見開いている。黄瀬、黒子、青峰のブログ、それから緑間と紫原のTwitter。その全てを別窓で開き、もう一度確認するようにひとつひとつに目を通して。そうして俺を振り返った征は、泣き出しそうな顔で火神、と俺を呼ぶ。もうお前も火神だろと思いつつはいはいと返事をしてやれば、信じられないと小さく呟いた。

「な?だから言ったろ。お前はちゃんとあいつらに大事にされてんだって」
「…もっと、反対されるかと思ったよ。君みたいなお人好しを誑かしておいて、あまつさえ結婚だなんて…って」
「何でだよ。むしろ俺の方が釘さされてんじゃねーか」
「…だって、君は彼らの光だ」

征には以前から、キセキの世代がバラバラになったのは自分のせいだと決めつけているきらいがあった。そしてそんなバラバラになった彼らの前に現れ、意図せず彼等を再びひとつにくっつけた(らしい)俺のことを、何か神聖なものの話をするように語る。

自分の元から一人、また一人と大切な者が去って行くことを経験した征は、誰かと深く関わることを本能的に恐れるようになっていた。それはキセキの世代と呼ばれるあいつらに対しても同じで、だから彼女はキセキ達が集まったときも、馬鹿騒ぎをしている彼等を一歩下がった位置から幸せそうに眺めるだけで、決して自分から仲間に入って行こうとはしなかった。

『お前は行かないのか?』

そう尋ねたら、入る資格がないからと言った。彼女が彼等に対して感じている勝手な負い目はそのまま彼女自身の壁となり、他者の侵入を頑なに拒んでいたのだった。

俺はそんな彼女が可哀想で堪らなくなって、思わず同情で手を伸ばした。けれどその手は撥ね返され、平気だと強がる彼女の脆い部分を何度も見ていくうち、気づいた。こいつは才能に恵まれ人から羨まれるような場所にいるのに、どこまでも孤独で、決して強くなんかない、どこにでもいる繊細で傷つきやすいただの女の子なんだって。

気づいたら、どうにかして守ってやりたいと思うようになった。同情が愛情に変わり、怖いくせに虚勢を張る彼女の隣に立つのが、俺であれと思った。そう自覚してから、実際彼女を手に入れるまでには二年もかかった。何せ頑なに「自分が誰かに好かれるはずがない」と思っている人間なので、俺の好意を伝えるだけでも相当な時間がかかったし、伝えたら伝えたで一切信じようとしない。あまりにも腹が立って、逃げられないように強引に抱きしめ、好きだ愛してると言い聞かせるように何度も言ったのは、今では恥ずかしい思い出である。俺の腕の中でもがきながら、征は何度も嫌だといった。

「火神を好きになったら、テツヤ達にますます嫌われるじゃないか…」

途方に暮れたような声でそう言って逃げようとする。そんなわけねーだろと言っても暖簾に腕押し状態でまるで聞く耳を持たないから、俺は彼女を一層強く抱き直し、お前自身の気持ちはどうなのかと尋ねた。これで好きではないと言われたら、潔くあきらめるつもりだった。

俺の言葉に一瞬、固まった彼女は、次の瞬間にはとうとう涙を溢れさせ、悔しそうに拳を俺の胸にぶつけてきた。

「…すき……」

そうして呟かれた言葉は、掠れて弱々しい、けれど俺を受け入れる言葉だったのは確か。




あれから8年経った。付き合い始めてからもやはり彼女の中でのキセキに対する罪悪感は強く、俺と付き合っていることは周知の事実なのに、彼等の前ではわざと距離を置いたりした。俺は征のそういうところも理解していたし、全部引っくるめて愛してやりたいと思っていた。けれど結局はぼろぼろ取りこぼし、たくさん悲しい顔をさせてしまった。

それでも隣にいて、俺が与えるものひとつひとつに驚いたり、喜んだり、ときどき同じものを返してくれたりする赤い子がいとおしくてどうしても手放せなくて。だから、この子が不安にならないように、法的にずっと俺に縛り付けてしまいたいと思った。俺が征を手放すことなんて絶対あり得ないと何度教え込んでも理解してくれない頑固な女に、法的な手段でもってわからせてやりたかった。

「…あのさ、俺、そろそろ結婚したいなー…とか、思ってるんだけど」
「……誰と?」

あの時の征のきょとーんとした顔は、一生忘れないと思う。マジでわかってなかった。俺が結婚したいと思ってる相手が自分だなんて、欠片も思ってないような顔をしていた。そして征は数分後にやっと俺の言った意味を理解すると、8年前と全く同じ反応をしてみせたのだった。

「お前は頭良いくせに変なとこ馬鹿だよな」
「馬鹿に馬鹿呼ばわりされる筋合いはない」
「感情面で馬鹿って意味だ」

むむむ、と眉間にシワを寄せ、俺を睨んだ征は、けれどなにも反論することはなかった。多分、自分でもわかっているのだろう。

彼女と結婚するために、俺は漫画やドラマでしか聞かないような台詞を一生分使った気がする。あの時のことはできればもう二度と思い出したくないが、少しの恥で彼女を手に入れられたのだから、まあ結果オーライなのだろうか。

目の前で小さな赤い頭が揺れる。俺を捕まえて離さない色の違う両の瞳は、出会った頃よりも少しだけ柔らかい気がした。気のせいかもしれないけれど。

好きになってから10年、付き合い始めて8年。結婚してまだ3日。並べてみると長いように思えるけど、人生なんてまだまだこれからなのである。付き合っていた頃に感じていた、いつか失くしてしまうかもしれないという焦燥はもうない。

愛されることを怖がるのなら、何十年とかけて、ゆっくり教え込んでいけばいいのだ。

だってもう、この子は俺のものなのだから。









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