「他の種類は飲まないのか?」
「あの店のダージリンしか買ったことねぇ」
「ミルクティが飲めるならアッサムやウバを買ってみたらどうだ。あとキーマンもいける」
「ほう」

ストレートで飲むなら…ディンブラ、キャンディ、ヌワラエリヤ辺りがオススメだな。
ちなみに今言ったやつはストレートといって、生産地名の茶葉だけを使用したものだ。

ブレンドは名前通り複数の産地の茶葉を混ぜて作ったもの。ざっと上げればイングリッシュブレックファースト、セイロン、オレンジペコといったところか。

フレーバーも名前通りにストレートやブレンドの茶葉に香りをつけた茶葉の総称だ。あの店だと確かアップルとアールグレイが人気だったと思う。こんな感じで紅茶は大まかに3つのカテゴリに分けられるが、

「まぁ要は何が好きかだ」

紅茶を置きノートパソコンを手に取るとミケはスタスタと部屋を出ていった。紅茶を淹れる以外はパソコン漬け。けれどよく行く場所が1つ、屋上だった。

ミケは笑わない。
かといって無愛想というわけでもなく、かといって愛想が良いわけでもない。自分の思うがままに生きる名前だけでなく言動までもが猫みたいなヤツ。
だが一緒に暮らしていると警戒心が次第に溶けてきたのかそれなりに話すようになった。仕事中は互いにパソコンに視線を向けているが。合わせたくなったらバケツで脅せばこっち向くので、それがなかなかに面白い。

屋上のドアを開ければいた。
縮こまる様にして座りパソコンを触る姿は家でも同じ。デカい図体をよくここまでコンパクトにしたな。この座り方は癖なのか。

「よくここに来てるな」
「高い所が好き」
「ただの猫じゃねぇか」
「かもしれない」
「紅茶、美味かった」
「あぁ」

目が合わない。今はバケツもない。
俺のいる現実はコイツの中では仮想で。
数歩内の距離にいるのにいる世界が違う。

「仮想は退屈か?」
「退屈だ。現実は?」
「好きな場所だから退屈じゃねぇよ」
「俺もこっちは退屈じゃない」

指差したパソコン。
1歩近付きしゃがみ、まるで飼い猫を撫でるようにミケの髪に手を滑らせれば思いの外サラサラとしていて少し長い金色の前髪が揺れる。
高い高い屋上。見えるは晴天、聞こえるは都会の喧騒。手が止まり目が合っただけで2つの世界が1つになれた様な気がしたのは俺だけだろう。

「たまにはこっちの世界に来たらどうだ」
「どうして」
「さぁな」
「確かにこっちは退屈だが」

お前といる時は、そんなに退屈じゃない。

「…」
「腹が減った」
「何か頼め」
「一緒に食わないか?」
「それ」

オンラインゲーム。

「いいのか?やるんだろ」
「まぁたまには、」

こっちは晴れか、洗濯物がよく乾きそうだ。洗濯物?テメェいつも干さねぇだろ。紅茶を淹れるのが俺の仕事だ。物は言いようか。でもいい塩梅じゃないか?そうかもしれねぇな。

パソコンを閉じ立ち上がったミケ。
スルリと横を通り過ぎ中に戻って行く姿を歩いて追い掛ける。まるで猫の散歩みたいな。
閉じかけに見えた画面は雨が降っていた。

「こっちの世界に来てもいいと思って」

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