天にまで届きそうな所謂億ションの最上階がリヴァイの家だった。エレベーターが着くまでにトイレ行きたくなったらどうするのかは今度聞いてみる。
まっさらに空いていた1部屋が俺の部屋になり、ベッドと小さなテーブル。あとは命と同様に大事なノートパソコン。他はリヴァイの部屋とキッチン、トイレと風呂。たった2LDKだけれど余計な家具が置かれていないのでとんでもない広さに感じた。
そして何よりも塵一つなく綺麗なのはリヴァイが潔癖症だからだそうだ。それでよく他人を住ませたなと思う。
「先入るか?」
「後でいい」
ドアの向こう側で遠のく足音。
此処に住んでから何日か経つが部屋から出る事はあまり無い。広いのは落ち着かない。真っ暗な部屋に浮かぶオンラインの画面には、俺と部下達のアバターが討伐完了を喜ぶ万歳のモーションをしている。
『やりましたね分隊長』
『よくやってくれた』
『これでまた拠点が広がる〜♪』
『芋子は芋酒でお祝いします!!』
『明日のイベントもよろしく頼む』
『了解しました!』
伸びをするとパキパキと骨が鳴る。喉が渇いた。ノートパソコンと一緒に立ち上がりリビングに出るとシャワーの音。
「…ん?」
使用形跡が微塵もないカウンターキッチン。
そりゃ社長だから家でのんびり食べる事も出来ないか。だが今日は違った。普段ミネラルウォーターしか入ってないはずの冷蔵庫には白い箱。気になったので手に取り開けてみる。好奇心はこの歳になっても健在だ。
「……美味そう」
箱の中には一目で高級と分かるケーキ。
じーっと見ていると『僕をお食べよ!』と言われている気分になってくる。いや、コイツ等は確かにそう言ってる。
「よし、食ってやる」
モンブランだけ取り出した。
頭が疲れた時には甘いモノ、今日も死闘を繰り広げた俺お疲れ様。早速1口。
「……何だこの美味さ」
芸術か。コレ作ったパティシエ天才か。
カタカタとキーボードを叩きながらまた1口1口と、モンブランは胃の中へとあっという間に消えていった。証拠隠滅の如く丁寧にフォークを洗い片付けて、束の間の感動に浸れたお礼にケーキに両手を合わせる。
「ご馳走様でした」
「何がだ」
「!?!!?」
「幽霊じゃねぇぞ俺は」
「出たのか」
「あぁ、紅茶」
「座って待ってろ」
やけに素直な同居人に首を傾げながらもソファに腰掛ける。しばらくしてポットとカップが乗せられたトレーをガラステーブルに置きミケは相棒と共にリヴァイの隣に座った。カップに淹れた紅茶を差し出すと1口、やっぱりいつ飲んでも美味い。
おかげで店のも飲めなくなっちまった。
特に仕事が終わって一息つける時にコイツの紅茶を飲むのが楽しみにもなってる。頼むタイミングが悪いようで「今かよコノヤロウ」的な視線でいつも睨まれるが。ニートの都合なんざ知らねぇ。そうやってカタカタカタカタよく飽きねぇもんだ。
「ケーキに合うだろうな」
「ケーキ?」
「今日貰った、そこの店はモンブランがそれはそれは美味いらしい」
「…そうか」
「1つだけあったな」
「……そうか」
「食った感想は?」
「と、飛んでいった」
「嘘が下手にも程があるだろ」
リヴァイは身を乗り出すとミケの口の端を舐めたが、年齢=何とやらの彼は全く動じていない。
「なんで舐める?」
「付いてた」
「バケツだけは勘弁」
「前に何やってたか教えたら許してやる」
「そんな事でいいのか」
ようやく手を離したミケと目が合う。
金髪青眼、俺とは真逆。
「バリスタをしていた」
なるほど、道理で美味いわけだ。
なら会うまでに色んなヤツに飲ませてたって事か。それはそれで少し気に喰わないところがある。
「辞めた理由は」
「さぁ…たぶん、美味しいって言われる事に何も感じなくなったからだと思う」
だから辞めた。
「慣れちゃいけない事に慣れてしまった」
「そうか」
「でも、」
お前はいつも美味いと言ってくれる。
久しぶりに聞いて嬉しかった。
「ありがとう」
「何もしてねぇよ」
「じゃあ部屋に戻る」
「あぁ」
礼を言われるとはな。
本当に、不思議なヤツ。