「…」
反射的に自分を庇おうとした両手を顔の前から退ける。パチパチと灰のように消えていく巨人。赤かったレイの瞳が次第に元の色に戻ると次第に視界に広がる現状。
「…ぐしゃぐしゃ…」
跡形もなく破壊された建物たち。
横に目をやると血みたいな赤い液体がベッタリと壁に付いていた。砂埃のにおい、何処からともなく聞こえてくる巨人の足音。
レイは立ち上がり近くの崩壊した民家へと身を潜めた。此処なら見つからない、かもしれない。
「…みんな、どこだろう」
その前にどうして壁の中でこんな事が起きているのか。ひょっこり顔を出して辺りを見回すと立体機動の音が時折聞こえてくる。戦ってるんだ。
『なんで動かなくなっちまったんだ!』
『とにかくあの岩で穴を塞いでもらわないと…!』
「…いわ…?」
ガスの音と一緒に聞こえた兵士の会話。
動かない?いわ?ふさぐ?
何が何だか分からないがいつまでも此処にいたらエレン達には会えない。そんなの嫌だ。会ってちゃんと言わないと、抜け出してごめんなさいって。怪我といっても擦り剥いただけだから走れる。
「…たぶん…あっち」
さぁ行こう。自分の淡い記憶を頼りにレイは民家を飛び出した。右に曲がって、次は左、道なりに少し走ったら大きな通りに出るはず。上がる息もそのままにひたすら走った。合ってる。ここまで来たら後はここを曲がって、
「!!」
曲がり終えた途端レイの心臓は上げたこともない音を上げて跳ね上がった。
大きな岩の近くで座り込んでいる巨人に出くわしたからだ。思わず後ずさりするが…なんだろう、変な感じがすぐにした。他の巨人とは…違うような。
その時その巨人が伏せていた顔を上げレイを真っ直ぐに見つめた。あれ?ううん、怖くない。初めて会ったんじゃない。わたしは…知ってる。この巨人が誰なのか知ってる。
「…エレン…?」
さっきの聞こえた会話…もしかして。
「…わたしだよ、レイ」
見つめたままエレンからの反応はない。
それでもレイは話し掛ける。
「…あのね…死んでたの」
「遊んでくれたお兄ちゃんとお姉ちゃんも」
「腕も足もなくて、」
「勝手に抜け出してごめんなさい」
「もうそんな事しない」
「わたしも戦う。だから、」
今まで反応がなかったエレンがこちらに手を伸ばした時、
「レイ!!」
一瞬でレイの身体が浮き屋根の上に着地する。振り向くとミカサに抱き締められ、頬に付いた砂埃と血を手のひらで優しく拭われた。
「レイ…!」
「ミカサ…」
「こんなに怪我して…!」
「…ごめんなさい」
「いいの、良かった…」
「そうだミカサ!エレンが!」
「ねぇあれを見て!」
兵士の指差した方へ視線を向けるとエレンが大岩を抱え大通りを歩いていた。
「エレン!」
「レイ!行ってはだめ!」
「やだ!」
「あなたは此処にいて」
「でも…っ」
「約束する、エレンを死なせたりしない」
差し出された小指に自分の小指を絡めた。
*
何か聞こえる。どこか騒がしい。
歓声のような。
作戦は成功したって事なのか…?
この視界、まだ…巨人になったまま?
『エレン!』
聞き慣れた幼い声。
すぐ下に視線を向ければレイがいた。
真っ白なワンピースは汚れていて、生々しい擦り傷が剥き出しの足と手にいくつも見える。
俺は…何て事をしてしまったんだろう。
「さっさと出てこい」
すると項をそがれる音の後にエレンの視界が一気に開けた。
重力に逆らう事なく前のめりに倒れ何度も咳き込む。しばらくして身体を起こせば壁外から戻ってきたエルヴィン団長達がいた。
「…エルヴィン団「エレン!」
「レイ…」
「作戦は成功したよ、ご苦労だったね」
「ありがとう…ございます」
小さな腕に抱き締められる。
同じ様に腕を回すと心臓の音が聞こえた。
傷付いた腕を撫でる。
「ごめんな、ごめんな…」
「ううん」
「…レイの声、ちゃんと聞こえた」
(だからお願い、たすけて)
「一緒に戦えた」
「え?」
「巨人に勝てたね」
ありがとうエレン。
助けてくれてありがとう。
明るい太陽の様な笑顔。
夕陽がウォール・ローゼを包み、
そして少年は涙を流した。