「明日は表紙撮影とインタビューだけ。久しぶりに早く終わりそうだな」
「んー」
「レイ?聞いてる?」
「一字一句逃さず聞いた」
「聞いちゃいねぇ」

夜遅くのワンボックス車内。
2列目3列目をフルフラットにした後部では●ン・キホーテの激安ジャージを着たレイが、カラフルなうずまきキャンディをガリガリ齧りながら横になっていた。シートの上を回った勢いでポケットからスマホが飛び出そうが、髪の毛がボサボサに絡まろうが全く気にしていない。

これがあの大人気アイドルレイ・ローゼンハイムなんだから変な話だ。この姿をファンが見たら…といっても完全プライベートの時でしか見せない姿だからまぁいいとしよう。
ところで…明日の予定の次に何かを話そうとしていたがはて、何だったか。ド忘れしてしまっ…あぁそうだ思い出した。ミカサがグルリと後ろに振り返る。

「明日引っ越すから」
「誰が?」
「レイ」
「聞いてない」
「今言った」
「死んでしまう」
「生きて」
「もう部屋押さえてあるから断れねぇぞ」
「勝手にも程があるだろ!やだよ3人がいないと生きてけない」

この3人は長年ミカサのばーちゃん家で4人一緒に住んでいる。家事が出来ない、むしろ家事という漢字すら知っているかどうかも分からないレイはそれはもう3人を頼りに頼って今まで生きてきたが、とある日にそろそろレイは独り立ちしてもいいんじゃないか、いやしろと思い立った2人の行動は早かった。そこでカクカクシカジカとばーちゃんに相談してみたらちょうど自分が管理人をしている所に空き部屋が1つあると。

というわけで特別に取り置きしてもらい今に至るのだった。洒落っ気もないから荷物は大量のジャージだけなので引っ越し業者もいらない。なんて楽な引っ越し。

「めんどくさい」
「何とかなる」
「でもばーちゃんに嫌とか言ったら悪いもんなぁ、2人には死ぬまで言えるけど言うけど」
「おい」
「あーーーうん、うん、わかった」

そうだ、引っ越すといっても部屋に籠ってりゃいいだけの話か。家事もやりたくなった時にやればいい。そんな時は来ないけど。自己解決したレイは既に決定事項となっていた1人暮らしを改めて了承した。

「引っ越しは一緒に行く」
「全然慰めになってないけどわかった」

再びシートの上を右に左に転がり始める。
いつだって勝手に決めるんだからこの2人、と思ってるレイだがその当人の面倒くさがりが災いして何もしないからサポートしてもらっているという事実に果たして彼女はいつ気付くのだろうか。


*


「もしもし?」
『おやぁーエルビンさんかね?元気しとる?』
「ご母堂!お陰様で。どうされました?」
『そうそう、うちの孫が空いとった部屋に明日引っ越すけぇ挨拶の電話と思てのぉ』
「お孫さんが?なるほど」
『何かあったら力になってやって欲しいんよ』
「お任せ下さい。えぇ、はい、はい、それではお身体に気を付けて」

懐かしの黒電話の受話器を置いた金髪の男はソファへと戻る。男の他には3人。

「ご母堂からの連絡で明日お孫さんが此処に引っ越して来るそうだ」
「そうか、元気だったか?」
「お元気そうだったよ」
「マジで!?じゃあ歓迎会しなきゃ!」
「あぁ、派手にやるとし、!!」

言葉も言い掛けに4人はバッと立ち上がり握り拳を天高く上げる。
視線の先にはテレビ。その中で彼等が最も愛しているアイドルが笑顔で手を振っていた。

「「「「レイちゃん最高!!!」」」」

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