団長室の椅子に座っているのはレイ、少し嬉しそうな表情を浮かべながら図鑑を読んでいる。一度ここに座ってみたかったんだ、という話を本人から聞いていたエレンは熱心に独学している姿を優しく見守っていた。

「レイ」
「?」
「楽しいか?」
「びみょう」
「まぁ、そうだよな」

率直な感想に笑って答える。
肝心のエルヴィン達は主力部隊を率いて壁外調査へ出てしまっていて、レイは所謂留守番、その間彼女の子守を任されていたのがエレンだった。
子守といえば聞こえは優しく簡単に思われるかもしれないが、調査兵団団長から娘を超えた域で大事に大事にしているレイの子守を頼まれたのだ。ほんの僅かな失態でも許されない。何かあろうものなら死んで償えとか兵長に言われるかもしれない。怖ぇ。

あれだけ椅子に座れて喜んでいたのに、今は足をプラプラと投げ出し早く帰って来ないかなぁとレイは呟いていた。自分達とも仲良くはしているが、やはり一番親しんでいる人達がこの場にいて欲しいと思うのは当たり前のことだろう。

「あのね」
「ん?」
「ここで食べていいって」
「ならそろそろ持ってくる」
「うん」

いつもは食堂で食べているが今日は特別に許可してくれたらしい。レイはご飯が食べ終わったら一緒に図鑑を見ようという誘いを承諾してくれたエレンを見送った。

「…」

椅子を足でクルクル回しながら外の景色を見る。それでもつまんない、ちょっとだけならいいかな。
誰も来そうにない事を確認したレイは椅子から飛び降りると団長室をこっそりと抜け出した。時折隠れながら兵舎の外へと向かう。

「…あ、」

外に出て走ってる最中に遠くに見えた高い高い壁のてっぺん。
その近くに鳥が飛んでいる。ここからだと小さくてハッキリとは見えないけど間違いなく鳥だ。そのまま壁の向こうへと飛んでいく。
壁の向こう。一度だけエルヴィンと行ったことがある。綺麗で広くて、もっともっと先に行ってみたいと思ったけど巨人がいるからダメなんだって。

「自由…」

いつか、行けるかな。
みんなと壁の向こうに。
そのために私には何が出来るだろうか。
戦わない私にも出来ることあるかな。

「わっ」

突然大きな音が聞こえてきた。
身体を伝う振動に思わず足を止める。

「なに、」

音がした方へ振り返るとすぐ真上に巨人がいた。
目を見開き笑った様な顔で民家の向こう側からこっちを見ている。

「…きょじん?」

どうして、ここにいるの?

最後に大きく手を振り上げたのが見えて。
次の瞬間には何も見えなくなった。

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