うっすらと開いた視界に入ったのはエルヴィンとエレン。ぼんやりとする中で此処が自分の部屋である事に気付く。何も置いてないなんて女の子になったのに勿体ない、なんてナナバに笑われた殺風景な部屋。段々と意識が覚醒していく。全身に感じる鈍い痛みと少しの怠さ。

「エルヴィン、団長…エレン…?」
「起きた…よかった…!」
「…わたし、は…」
「丸1日気を失っていたんだよ」
「丸1日…」

横になったまま思い出してみる。旧市街地でエレンと別れてからは記憶が曖昧だった、1つだけ残して。次々襲い掛かってくる巨人を倒しきって、それからはもう覚えてない。気付いたらここにいたとしか。身体を起こすと自然や血、建物や巨人、兵士達の様々なにおいが混ざったモノではなく此処は自分だけのにおいしかしない。帰ってきたと再認識した。今にも泣きそうな顔をしたエレンは、あの日巨人化したらしく俺と一緒に旧市街で倒れていたのを発見されたそうだ。
ひたすら謝罪を重ねる彼に生きて帰ってこれたから1人前だねと返した。

「だから気にしないで」
「…本当に…感謝してる」
「どういたしまして」

じゃあお大事にと部屋を後にしたエレンを見送るとエルヴィンが向き直った。その顔は少し、じゃないくらいに怒っている。やめてくれ。まだ起きたばかりなんだ。

「さて」
「…なんだ」
「相当に無茶をしてくれたな」
「そこまでしてない」
「こうまでなってしてないと?」
「数が多くて」
「気が気でなかった」
「……悪かった」
「騒ぐのが目に見えてるハンジとナナバには明日にしろと言っておく」
「ありがとう」

どこまでもお見通しなエルヴィンには頭が下がる。部屋を出ていく際にもう一度謝罪をしたらにっこりと笑ったのでこれ以上のお咎めはない、と思いたい。

ベッドから降りると床に立つ感覚が新鮮に感じられた。一歩一歩歩いて窓を開ければ夕方独特の生温い風が当たって心地良い。いつもの調査兵団のにおい。真っ赤に燃える夕陽をまじまじと見てしまう。男だったらこうならなかったと思うのが少し悔しい。あちらこちらに包帯が巻かれているが幸い骨折などはしていないので、数日休めばいつも通りに動けるだろう。

「ミケ」

振り返ればいつの間にかドアが開いていて目の前にリヴァイがいた。ひと目で分かる細い身体や腕に巻かれた包帯が痛々しい。次の瞬間には彼女を強く抱き締めていた。
リヴァイは肩に顔を埋めているのでどんな表情をしているか分からない。ミケはしばらく驚いていたがやがてその細い腕を背中へ回す。

「…すまない」
「謝るだけで済ませる気か」
「…」
「どれだけ心配したと思ってんだクソ野郎」

身体が離れ2人の目が合う。その時ポロポロとミケの頬から涙が零れ、今度は自分から抱き締めた。
生きてる。自分は生きてる。曖昧な記憶の中でも1つだけはっきりと覚えていたこと。

「リヴァイ…」
「どうした」
「…怖かった…っ」
「…あぁ」

それは恐怖。
エレンと別れ1人で巨人と戦っていた時。このまま自分はみんなの元へ、リヴァイの元へもう帰れないんじゃないかと思ったらひどく手が震えて、悲しくて怖くなった。ミケは泣きながら話す。こんな小さく細い身体で、男の精神のままでいろと言う方が無理な話だ。女だ。お前は女なんだから怖くて当たり前だ。

あぁ本当に、心底俺はお前に対して思う。
生きててよかったと。そして助けに行ってやれなくてすまなかったと。
リヴァイは髪を優しく撫で続けた。

「そうだな、よく頑張った」

今日くらい好きに泣けばいい。それで枯れるくらいに泣いたら眠ってしまえばいい。お前の気が済むまで一緒にいてやると言ったら頷いた時、頬にミケの髪の毛が柔らかく触れた。

「…服、濡れた…」
「あ?気にしねぇよ」
「…ただいま…」
「おかえり」

本当にありがとう

生きて帰ってきてくれて、

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