「風、ふいてる」
「そうだね。身体は大丈夫かい?」
「うん」

ウォール・ローゼから少し離れた場所にある小高い丘にエルヴィンはレイと来ていた。念の為に立体機動装置を装備して。辺り一面目が洗われるような緑。近くには大きな木が一本あるだけで夏場に腰掛けたらちょうどいい日陰になりそうだ。壁内で巨人が出現し討伐してから数時間後に意識を失ったレイはベッドの上で目を覚ました。

「ぜんぶ」
「?」
「覚えてない」
「それならそれでいいんだ」

ルイザという女性の名前を口にした事。
彼女がたった1人で巨人を殺した事。
しかしレイは何一つ覚えていなかった。
事が起きたのが壁内なのも問題だが、そもそも少女が1人で巨人を殺したとはどういう事なのだと。ナイルやニック司祭に聞かれに聞かれたが、私を尋問するのは一向に構わないがレイを審議会に懸けるのだけは認めないと半ば強引に言いくるめた。間に入った総統の気遣いにより今後も調査兵団で保護するという結論で一論争は無事に終わった。

しゃがんで草を撫でるレイに合わせてエルヴィンもしゃがんだ。橙色の夕陽に照らされて彼女の黒髪は一段と艶めいた光を反射させている。生温い風に髪の毛が吹かれサラリと靡くのを、私は何回見ただろうか。一度レイに髪は結ばないのか、と聞いたら『エルヴィンが似合うって言ってくれたから』それで髪は結びたくないらしい。子供ってそういう小さい事でも嬉しくて覚えてるんだね。それを聞いて素直に嬉しかった。

「レイ」
「ん?」
「逆に思い出したいと思う?」
「なにを?」
「全てを」

数日前に突然ナイルから手渡されたボロボロの羊皮紙の束。何処で誰が見つけたかも分からないが、お前に渡すのが一番だと思った。ざっと読むだけでもすぐに内容は理解出来る。私に内密にする事も出来たんじゃないか?中見てそりゃ驚いたし未だに信じられないけどな、子供しょっぴく程鬼じゃない。

『これ…!本当にレイの事が書いてある』
『…ローゼンハイム、人体錬成に魔法…伝説の国は実在したんだ…』
『ルイザ・ウェルズリー…クソメガネが聞いたって名前もこれで合点がいく』
『伝えるのか?』
『どうしたいかは本人に任せる』

「ううん」
「レイ?」
「思い出すまでいい」
「そうか」
「今の家族はみんなだもん」

ハンジとナナバはとってもおもしろい。モブリットはすごくやさしい。リヴァイはこわいけどやさしいよ。ミケは肩車してくれてやさしい。オルオとエルドとグンタはやさしいお兄ちゃんで、ペトラはやさしいお姉ちゃん。一つ一つ指を折って部下達の名前を呼んでいくレイ。その表情は最初に会った時の何倍も明るい。エルヴィンはね、

「いちばん、大切なひと」

今まで生きてきて一番感動した瞬間に出会ったかもしれない。その満面の笑顔はいつ出来るようになったんだい?知らなかった。子供は知らない間に成長していくものらしいがその通りだ。

「エルヴィン、肩車して」
「あぁいいよ」

夕陽は輝きを増していた。髪の毛に触れる小さな手。私はいつまでレイと一緒にいれるだろうか。もしこの大切な存在と別れなければならない日が来たとして、互いに受け入れることは出来るのだろうか。だがその日が来るまで精一杯この子を愛してあげようと思う。

「私もレイが一番大切だ」
「よかった」
「そろそろ帰ろうか」
「うん」

これを見て思う事はそれぞれあると思うがあの子には今まで通りに接してくれると嬉しい。

「あっ!レイお帰りー!」
「お帰り!」
「ただいま」
「エルヴィンと出掛けたの楽しかった?」
「うん。ミケ肩車して」
「仕方ない」
「おい、汚ぇまま兵舎内歩いたらぶっ飛ばすぞ」
「ぶっとば?」

それでも私が最期に願う事はただ1つ。
いつまでもレイ様が幸せに過ごされる事だ。これを見て誰かが彼女に救いの手を差し伸べてくれることを願って止まない。
あなたにローゼンハイムの御加護がありますように。

彼女の願いは、叶った。


幸せとは欲しいものを得たり、なりたいものになったり、したいことをしたりするところから来るものではなく、
今得ているもの、今していることを、あなたが好きになるところから生まれる。
byトリーチェ

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