壁内で巨人が出現した。
慌ただしく行き来する兵士達、飛び交う声が止まない兵舎内。大変な事になっているのだけは分かった。レイはエルヴィンに手を引かれ足早に廊下を進んでいく。時折やって来た兵士達に指示を出しているその顔は見た事もないくらいに険しい。やがて見知った人物の所まで来るとエルヴィンは手を離しレイの頭を優しく撫でた。どうしたの?と言った表情で彼を見上げる。

「安全な場所まで頼んだ」
「了解」
「レイ、ハンジの言う事をしっかり聞くんだよ」
「?うん、わかった」
「じゃ行こう」

立体機動であっという間にいなくなったエルヴィンを見送ると今度はハンジに手を引かれ、兵舎ではなく壁内の避難場所へと歩いていく。報告では2体の巨人が壁の入口付近に出現したとの噂だ。まだ遠い位置にいるといえど避難させるに越したことはない。暫く歩くと兵士達の指示に従って避難している住人の波に合流する。ここまで来れば安全だ。

だが、すぐ近くで建物が崩壊する音がした。砂煙と共に見える生々しい何か。人間よりも遥かに大きい…あれが、巨人?そのせいでパニックになった住人達が避難場所へと一斉に走り出しハンジはブレードを引き抜いた。

「分隊長!」
「アイツを始末する!全員避難させたら加勢してくれ!」
「了解です!」

心配そうに見つめるレイにハンジは大丈夫だよと笑いかけた。いつもの笑顔で。

『わたしも すぐいくから さぁ はしって』

周りがスローモーションになる様な、頭の中で1字1字が木霊した。まるで聞いた事があるかのように。ダメ、行ったらダメだよ。死んでしまうよ。遠くなっていく後ろ姿に必死に手を伸ばす。それでも届かない。行ってしまったらもう二度と会えなくなる。会えなくなる?誰に?これは誰の記憶?ううん、そんなこと今はどうでもいい。今度は自分から行けばいい。レイは兵士の手を振り切ると走り出した。今度は自分が助ける番だ。

「ルイザ!!」

たぶん向こう。砂煙が薄れてきつつも視界が変わらず悪い街の中をレイは宛にならない自分の勘だけを頼りに走る。ひたすら前だけを見ていてせいか小石に気付かずに転んでしまった。膝からジワリと血が滲み始める。

「った…」

足の鈍痛に耐え立ち上がると夜でもないのに何故か暗い。大きな影。その答えは目の前にあった。レイが静かに顔を上げるとほんの数十メートル先にいたのだ。巨人が。互いを見たまま微動だにしない1人と1体。

「…こいつが…」

また込み上げてきた誰かの記憶。あれがローゼンハイムを滅ぼした。そしてルイザを殺した。許さない。絶対に許さない。瞳がみるみる青に変わっていく。

地面を蹴ってこちらに走り出した巨人と、レイの振り上げた左手に合わせて地面から突如現れた巨大な氷の柱がぶつかるのはほぼ同時だった。
巨人が怯んだのを見逃さずにレイはこの場から少しでも離れるため走り出す。背後で何度かぶつかる音がした後に砕けた音が聞こえた。後ろを見るとこちらめがけて走ってくる。距離がすぐに縮まり捕食しようと飛びかかったのを視線が捕らえた。
青から桃へと瞬時に目の色を変え左手を右から左に払う。すると何かに引っ張られるかのように巨人は左に吹っ飛び瓦礫の中へと突っ込んだ。

「…」

桃から青へと色を戻し手を上げると巨人の真上に無数の氷の矢が現れ、振り下ろすと目にも止まらぬ速さで身体へと突き刺さる。矢が深く刺さり身動き出来ない巨人に近付くとレイは手を伸ばしゆっくりとその手を握り始めた。握られていく度に一回り、二回りと巨人が潰れていき所々から血がブシュッと飛び散り始める。苦痛の悲鳴が辺りに響く。

「ゆるさない」
「レイ!!」

手を握り切ると巨人は巨大な破裂音と共に潰れて跡形もなく消え去った。バタバタと大量の血が地面にも建物にもレイにも降り注ぐ。3体目が出たとの報告を聞き駆け付けたハンジは目を疑ったが、建物からすぐさま降り立ち走って近付くと瞳の色が紫から黒に戻るレイを強く抱き締めた。怪我してない、良かった…本当に良かった…!
抱き締められるという温もりに安堵したレイは糸が切れた様に意識を失う。

「ルイザ、たすけられてよかった」

その言葉を残して。

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