【忘却の物語主人公】


「トリックオアトリート」
「私からは飴だよ」
「ありがとうペトラ」

黒のワンピースにオレンジのリボンを普段はしないツインテールに付け、小さなカゴを持ちレイは宴会騒ぎで賑わう調査兵団内を1人歩いていた。
そろそろハロウィンだな、子供のイタズラに毎回困らされてよ。困りながらも楽しそうに笑うナイルの言葉にエルヴィンはレイを思い浮かべた。あの子も楽しんでくれるだろうか。それに部下達にも少しくらい無礼講させてもいいかもしれない。そしてウォール・シーナの服屋で服とリボンを買ったエルヴィンは兵団に戻り幹部達に相談を持ち掛けた。

「いいんじゃない?明日に酒持ち越さないようにすればさ!」

結果は満場一致で賛成だった。ハロウィンという事を忘れてただの大宴会になるのは目に見えてる事だがそれもいいだろう。当日は小さな物でもいいからレイに渡すお菓子を持っておくようにと伝えてその日は解散となった。

「トリックオアトリート」
「ったくしょうがねぇな、ほれ」
「?へんな色」
「カボチャ味の飴だと」
「ありが「あっはっはっ!!じゃあ今から私がぁー!?巨人への愛を猛烈な勢いでぇー語ってやろうじゃないかウヒャヒャ!!!」
「おぉ…もう出来上がってんのか」
「今日くらいは団長も多めに見てくれるよ」

オルオからカボチャ味の飴、エルドからはマシュマロ、グンタからクッキーを貰い少し遊んでもらったレイは改めてお礼を述べ、食堂内で一際大きな声で飛ばすハンジの元へと向かった。あちこちから笑い声と話し声が聞こえてくる。その道中でも兵士達がレイにお菓子をくれるのでカゴの中は順調に埋まっていった。

「あっ!来たかレイ!ハロウィン仕様で一段と可愛いねぇよーしよしよしよし!」
「ナナバ元気だ」
「座るか?」
「うん」

ナナバも出来上がってるみたいで上機嫌に頭を撫でられつつレイはミケの膝の上によじ登った。隣にという意味だったのだが可愛いらしい勘違いである。分隊長ビン振り回さないでください!分隊長そんな大声出さなくても聞こえてますから!あんた明日どうなっても知りませんよ!モブリットはいつだってモブリットだ。そんな苦労を遠巻きに見ていたレイは水の入ったコップを渡した。

「モブリット」
「ん?」
「あげる、ハンジで大変だから」
「はは、ありがとう。じゃあお礼に」
「俺からも渡しておく」
「ありがとう」

ミケとモブリットそれぞれからチョコを貰ってる間にも出来上がり2人組は酒を飲み続ける。酒の意味をよく知らないレイにとってはすごく元気になってるな、としか思わなかった。

「トリックオアトリート」
「んん!?欲しいのかな?いいよぉ〜あげちゃうよぉ〜?ハンジさんとナナバからはコレ!!」

差し出されたのはジャック・オ・ランタンの形にくり抜かれた小さなカボチャだった。くり抜かれた空洞に蝋燭が刺さっておりどうやら火を点けるとランタン代わりとして使えるようだ。でも火を付ける時はレイじゃなくてエルヴィンに点けてもらいなね。ありがとう。頷いて返事を返すとミケの膝から降りて辺りを見回す。そうえば何処にいるのかな。同じ席でも酔っ払い2人とは真逆に静かに酒を飲んでいたリヴァイが気付いた。

「エルヴィンか?」
「うん」
「部屋にいるぞ」
「トリックオアトリート」
「ほら」
「ありがとう」

最後にリヴァイからお菓子をもらいみんなに挨拶を済ませ食堂を抜け団長室へと向かう。先程までの騒がしさがまるで嘘の様に静まり返る廊下と階段を歩いていけば、大した時間もかからずに目的地へと着くことが出来た。コンコン。人の部屋に入る前にはノック。これもエルヴィンと約束した事だ。入りなさいの声が聞こえ静かにドアを開ける。来たのがレイだと気付くとエルヴィンは動かしていたペンをキリのいい所で止めた。これで明日に持ち越しても問題ない。

ついでに引き出しをチラリと開いて準備しておいたお菓子を確認する。よし、いつトリックオアトリート言われても大丈夫。

「たくさん貰ったじゃないか」
「ありがとう、たくさん言えた」
「よく出来たね」
「あのねエルヴィン」
「うん?」
「これあげる」

そう言ってレイが差し出したのは綺麗にラッピングされた小さな袋。透明なその袋の中には色々なお菓子が詰め込まれていた。リボンの結び方はハンジ達に教えて貰ったらしい。少しいびつながらも彼女の一生懸命さが十分に伝わってきた。エルヴィンにプレゼントだよ。

「いつも、ありがとう」

思わず目頭が猛烈に熱くなる。いや酒は入っていないはずなのに。恥ずかしそうにしながらも笑って自分を見上げるレイがそれはもう娘の様に可愛くて。自分の為にこんなサプライズをしてくれたなんて…目にいれても痛くないとはまさにこの事か。痛感。エルヴィン・スミス、もはや親バカの域に達していた。

「ありがとうレイ」
「どういたしまして、トリックオアトリート」
「はい、どうぞ」
「ありがとう。一緒に食べよう?」
「そうだね、みんなには内緒にしておこうか」
「うん」

幸せそうに笑い合う2人の姿は確かに親子だった。

- ナノ -