ウォール・シーナまで引き取りにいかなければならない物がある。ちゃっかりと会話を聞いていたレイは2人が驚く程の立派な挙手を見せお使いという名の任務に同行することになった。不思議な子だ。場所が場所だからと本日肩車はなし。少し残念ではあるけれど、それでもいつもとは違う景色をこの目に写す事が出来るだけでレイは良かった。

「みんなと違う」
「ここは調査兵団がある場所ではないからな、貴族が多い」
「カネノモウジャ?」
「どこで覚えた」
「ハンジとナナバ」

アイツ等幼い子供に何という言葉を…もはやレイの父親であるエルヴィンが聞いたら何と言うか。相変わらずのボキャブラリーの無さで貴族の説明をしたが、頷きながら話を聞く彼女が果たしてどこまで理解出来たのかは分からない。それにしてもよくここまで会話が出来るようになったものだ。最初の時は睨まれた上にジャケットを焼かれてそれはもう、違う事でミケは感心していた。

最初は子供を同伴させるなんていいのかと意見をしたが蓋を開ければ、本当に待ち合わせ場所で頼んでいた物を引き取るだけだったらしく事はすんなりと終わる。むしろ『一緒に来てくれた小さな兵士さんに』とレイは飴まで貰ってしまったくらいだ。ミケと手を繋ぎ空いた手には飴を握り締め2人は再び来た道を歩いていた。

「ちゃんと礼を言えたな」
「うん」
「食べないのか?」
「帰ったら」

みんなで食べよう。
思いの外たくさん貰ってしまった飴。レイは落とさないように確認しながら頷く。
そんな時大通りの方から女性の悲鳴が聞こえた。悲鳴と、泣き声の様なとにかく大きな声。反射的にミケが止まると未だに飴を見ていたレイは気付くのに遅れてぶつかる。ようやく何事かと見上げ、彼の視線の先を見た。先程よりも野次馬が増えている。なんだ?人集りで見えないがあの中心に誰かいるのか?

「ミケ、行こう」
「レイ」

声が気になったのか腕を引っ張る。だが体格差からして明らかに引っ張っていけないと分かるとレイはその手をパッと離し声の方へと走り出した。すかさずミケも追う。
子供の彼女はスルリと大人達の足元を避けながら進んでいき、やがて敷き詰まった空間を抜けるとそこには倒れた男の子に救命措置をしている男の人と、恐らく悲鳴の主であろう男の子の母親がいた。

「ねぇこの子は死ぬの?死なないわよね!?」
「今医者を呼びに行ってもらってるから落ち着いて!」
「この子が死んだら私…っ!」

やっとのこと人集りをかき分けて見つけた小さな黒髪の肩をポンと叩く。

「急に走るな、危ない」
「…」
「レイ?」
「あめ、持ってて」

するとレイは持っていた飴を全部ミケの手に預け男の子の元へと近付いた。レイ!いいから戻れ。お嬢ちゃんは下がってて!静止を全く聞かずにぐったりとした男の子の心臓に耳を寄せる。音。何も聞こえない。耳を離し今度は左手を心臓がある位置に置けばレイの瞳の色は黒から黄色へと変わっていく。その行動にあらゆる感情が籠った視線が降り注いだ。次第に騒がしかった人集りが一気に静まると同時に一瞬だけ、バチッ!と光が見えた。しばらくしてレイはそれに満足したのか小さく笑うと、側にいたミケの手を引っ張り来た時と同様スルリと早足で人集りを抜け帰路をスタスタ歩いていく。

待て。いや待て。ズルズル引かれる形で歩きながらも今現在のレイの保護者でもあるミケは納得がいかなかった。

「あの子はもう大丈夫」
「何をした」
「ひとだすけ」
「人助け?」
「うん」

確かに目が黄色に、また使ったのか?
そう思った所で後ろから歓声が聞こえた。察するに男の子が息を吹き返したのだろう。次に助けてくれたあの子は!?いないぞ!どこに行ったの!?等の声が聞こえてくる。驚いた。急に何を仕出かすかと思いきや驚いた。どうやらレイは本当に人助けをしてしまったらしい。簡単に言えば死んでいた人間を生き返らせたようなものだ、そりゃ歓声も上がるだろう。

「…ごめんなさい」

しかし想像していた言葉ではない言葉が出てきて面食らう。助けたかったの。でも戻れって言われたのに戻らなかった。勝手に動いたから。それにずっとあそこにいたらもっとミケが大変になっちゃうって思ったから。だから腕引っ張って歩いた。ポツポツと語るレイはしょぼくれている様に見える。
悪いことしちゃったのかな?見上げる黒い瞳は不安げでこちらが何も言わなければ今にも泣きそうだ。ミケは手を離すとレイを抱き上げる。いつもの肩車だ。

「わっ」
「悪い事なんかしていない」
「…ほんと?」
「あぁ、レイにしか出来ない事をしたんだ。よく頑張ったな」
「……ありがとう」

あめ、帰ったら食べよう。6こある。
ミケ、ハンジとナナバ…モブリットとリヴァイにあげる。あと1こはエルヴィンと半分こ。半分でもレイと同じなら喜ぶぞ。うん。

その後ウォール・シーナに黒髪の天使が現れたという噂が出回るのだが当の本人が知ることはなかった。

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