両親の存在すら知らない俺は、ほぼ産まれたと同時に孤児院に引き取られたので此処が故郷のようなものだった。ログハウスの様な造りの、狭いながらも温かみのある場所で何不自由ない生活と教養を与えられて。ガキながらに此処で一生を終えていいと思っていたのかもしれない、だから次々と周りの奴等が養子に貰われていっても少しも寂しくなかったのを覚えている。
寒い冬が終わり段々と春の訪れを感じる時だった。それなりに仲良くしていたイザベルとファーランが養子に貰われると入れ替えにレイが孤児院に来たのは。

「リヴァイ、新しい家族だよ」

俺に生きる為の全てを教えてくれた母代わりであり姉代わりの存在であるアリソンが声を掛けてきた。彼女に促されやって来た1人の。俺より少し背が低いそいつは特に緊張した様子もなく辺りを興味津々に見回している。やがて挨拶のつもりか片方の手をヒラヒラと振った。

「はじめまして」
「…」
「レイ・ローゼンハイムです。よろしくね」
「…」
「?」
「お前」
「なーに?」
「男か女どっちなんだ」

男にも女にも見える。分からねぇ。なんなんだコイツ。怪物かコイツ。レイに悪びれも無く聞くとクスクスと笑い出した。

「男だけど」
「男」
「うん」
「怪訝な顔してどうしたの」
「アリソンはすぐ分かったのか?」
「えぇ?どう見ても男の子じゃない」
「…」
「じゃあ私はおやつの準備しとくからレイに部屋教えてあげて」
「…了解だ」

腑に落ちないまま読みかけの本に栞を挟んでこっちだと先導する。荷物は後日に来るらしく手ぶらなレイは俺以外に子供がいないのを珍しく思ってるようだった。2階に上がってすぐ両側にある部屋。右が俺と、今日からレイの部屋になる。中にはクローゼットと2段ベッドがひとつ置かれているだけ。ここだ、とりあえず俺は下を使ってるからお前は上を使えと言えばコックリと頷いた。

「君以外にいないの?」
「いない」

1階にはリビング、風呂トイレ、キッチン、そしてアリソンの部屋。2階には子供が寝る部屋2つ。だから多い時は最高4人の子供がここにいる。今は俺とお前だけだが。迷うような家でもないからこれで案内は終わり。1階に降りてリビングに戻れば紅茶とケーキがテーブルに置かれていた。それを見てレイが嬉しそうに笑う。

「わぁ!俺ケーキ大好き!」
「はしゃぎすぎだろ」
「リヴァイは紅茶が大好きなの」
「へぇ〜!何歳?」
「10歳」
「じゃあ同い年だね」
「そうだな」
「君オトナって感じするー」
「あはは!でもこの子すっごく負けず嫌いだよ」

会話を余所に黙々とケーキを食べる。ゆっくりと流れる3人の時間。レイは両親をイーターに殺されたと話していた。それで親戚にたらい回しにされていた所を偶然にも両親と知り合いだったアリソンが事情を知り引き取って今に至るそうだ。

3人の生活は楽しかった。レイは何かに付けて悪戯を仕掛けるのが好きでバレてはアリソンに怒られるのを繰り返していた。そもそも犯人が誰かなんて消去法をしなくとも分かるわけで、それでも学習能力のないレイは飽きない。そのおかげでたまに俺もとばっちりを喰らって一緒に怒られる事もあった。時には3人で料理をしたり、散らかしながらも掃除をしたりレイともたくさん遊んで喧嘩もした。誕生日パーティみたいな事もした。毎日食事を作ってくれるアリソンへ感謝の気持ちを込めて2人で料理を作って出したら嬉し泣きされてこっちまで泣きそうになった。今までの生活も充実はしていたが、俺の中では3人での生活が一番楽しかったのを今でも覚えている。

アリソンはいつも仕事で忙しかった。
昔みたいに付きっきりな事はなくなったし俺自身も大きくなったから気にはならなくても、やはり時間関係なく仕事に行ってしまう時に少しの寂しさは感じた。それでもレイがいてくれたから平気だった。じゃあアリソンが帰ってくるまでに飛びっきりの悪戯しとこーよ!懲りない発言に寂しさは微塵も消え失せる。一人でやれ。いーから手伝って!そうして無理やり付き合わされ結局俺も怒られる。これはレイなりに仕事の疲れを癒そうとしての行動だったんだと後になって知った。

「リヴァイ」
「なんだ」
「アリソンは調査兵団の人なんでしょ?」
「あぁ」
「調査兵団て何するの?」
「イーターを殺すのが仕事らしい」
「じゃあ正義のヒーローだね」

2段ベッドの上から声が落ちてくる。両親を殺されたレイからしたら確かに調査兵団は正義のヒーローなのかもしれない。そう言うと、そうなんだけど調査兵団っていうよりアリソンが正義のヒーローだよって返ってきた。俺のこと助けてくれたし。リヴァイのことだって赤ちゃんの時から助けてる。ずっとずっと守ってきてくれたんでしょ?それに俺たち以外の人も助けてる。あんな怖いイーター倒してるんだもん。

「…」

その時だ。いつか調査兵団に入りアリソンのようになりたいと強く思ったのは。レイにお前はどうなりたいかって聞いたら笑って教えないと言われた。月明かりが部屋の中を照らす真夏の夜の事だった。

『懐かしい、でも叶えたじゃん』
「レイも」
『アリソンが作ってた料理をみんなに食べてもらうのが夢だったんだよ。でもお前に笑われるかと思って』
「笑わねぇよ」
『そう?感謝してもし切れないね』
「あぁ」
『また墓参り一緒に行こう』
「そうだな。そろそろ切るぞ」
『わかった、仕事頑張って』

レイとの電話を終えたリヴァイは屋上の扉を開け自身が率いる班の部屋へと戻る。ちょうど部下達が使っているアルマのメンテナンスをしており話題はまさにそれだった。接近戦は刀のよりナイフの方がいいだとか、はたまた…。それぞれが研究所で製造されるアルマを支給されており、大抵2つのアルマを装備するのが普通だがリヴァイだけは銃一丁のみ。アルマには間違いないのだが誰も見た事が無い、研究所でも作成した覚えはないという出所不明の銃。何処かで買ったのかという問いにリヴァイは首を振る。

「いや、貰った」
「ハンジさんがそのアルマすごく研究したがってましたよ」
「試し打ちの的になるなら考えとくと言っておけ」
「分かりました、…あの…誰から貰ったんですか?」

再び脳裏に再生されるあの幸せだった日々。
レイという幼馴染みと全てを教えてくれた人が記憶の中で笑っていた。

「正義のヒーローから」


【アリソン・レネ】
元調査兵団特等捜査官。兵団の保護下にある孤児院で孤児の面倒を見る傍ら兵士として戦った、リヴァイとレイにとってはかけがえのない親同然の存在。リヴァイの師匠でもある。明るく活発で時に厳しく時に優しく子供達を導いてきたが非常に涙もろい。料理の腕はピカイチでレシピ等は全てレイが持っている。リヴァイの銃は彼女が生前使っていたものだが使いこなすには相当の技量が必要らしい。後にイーターとの戦闘で部下を庇い死亡した。

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