すんすん。
目が覚めると自室のベッド。
じんわり覚醒していく視界の中で何故此処にいるのかを遡ってみた。団長室で次回の壁外調査について話していたと思う。その時に顔色が悪いと言われて。

「気付いたか」
「わ!リ…リヴァイ…」

一人きりだと思っていたから完全に油断して大袈裟に驚いてしまった。すんすん。ベッドの端に腰掛けるリヴァイがいたなんてまるで気付かなかった。小さいからではなく。不思議と心拍数が落ち着かない中でその前に俺がどうしてこうなったのかを尋ねた。

「どうして」
「過労だと」
「過労…」
「急にぶっ倒れたもんだからさすがのエルヴィンも驚いてたぞ」

幸い病気等ではありませんが、慣れない兵団での生活と実戦の繰り返しで疲労が溜まっていたものと思われます。聞けば新兵なんですってねこの娘。いけませんよ団長、調査兵団の一員といえど仮にも嫁入り前の身体なんですからあまり無理をさせちゃ。そうだな、肝に銘じておく。薬はこちらになりますので2〜3日お大事にしてあげてくださいね。

診察をする医師の言葉をエルヴィンの隣で聞いていたリヴァイ。普段なら自己管理が欠片もなってねぇと悪態をつきまくる所だが今回の事については仕方ないの見解だった。性別が変わった状態での新兵としての生活やら実戦やら、おまけに空いてる時間を見付けてはこっそり団長室で分隊長の仕事をやっていたのだから疲労が溜まらない方がおかしい。

「…皆に迷惑をかけた」
「誰も責めねぇよ」
「誰が此処まで」
「俺だ」
「!」
「男のテメェを運んだ訳じゃないからな、重くも何ともなかったが」
「…すまない」
「…」

すんすん。
しばらく続く沈黙。ため息ひとつ。
リヴァイと部屋に2人きりだから目が覚めてから妙に落ち着かない。外の明るさからしてまだ昼ぐらいだろう。気を紛らわそうとそんな事考えてみてもすぐ目の前にいるリヴァイに気を取られる。視線を戻すとガッチリと目が合ってしまい恥ずかしくて目を逸らした。自分で逸らしておきながらふと悲しくなる。そして頭では止めろと制止しているのに止められなかった。

「…リヴァイは」
「なんだ」
「好きな人、いるのか?」

こんな内容で沈黙を破った俺は女々しくて馬鹿で、そして本当に女になってしまったんだと改めて思った。
何処からともなく現れたと思ったらエルヴィンの隣をあっさり俺から奪って、チビのくせに人類最強だなんていわれて兎にも角にも嫌いだったのに。なんだ、女になったら自分で男だった自分をぶっ殺してやりたいくらいに真逆の感情が生まれて。いつの日か彼を意識してる自分がいた。

ミケからまさかこんな話題されるなんて露ほどにも思ってなかっただろうリヴァイは無言のままミケを見る。その時感じたのは後悔だ。あぁ聞かなければ良かった。気になって聞いたのに次の瞬間には大きな後悔。すんすん。気になったから勝手に話題を振っかけたのに勝手に後悔。クルクル心境は変わって。女心と秋の空とはよく言ったものだと。

「聞いてどうする」
「…ナナバに言われて」

せっかく女になったんだから恋の一つや二つしちゃえばいいじゃん。

「でも出来ないと答えた」
「するしないは自由だろ」
「いつ戻るか分からないのに」

男に恋して仮に元の姿に戻ったら?
だからといって今の姿で女に恋をした所で、つまりどんな状況で恋をするにしろ相手に迷惑をかけることになる。別れる前提で付き合うなんて出来ない。さっきから変な事ばかり言ってるな、まぁ女になったからって事で許してくれ。男の俺から聞かれたり話されるよりは良かっただろ?ミケは苦笑いしながらリヴァイを見上げた。

「好きな人」
「いる」
「そうか」
「あぁ。そういうテメェはどうなんだ」
「いる」
「そうか」

また沈黙が訪れる。
いい歳こいた30代が好きな人いるかだなんて何の話をしているのやら。しかしミケは次の言葉を言う事が出来なかった。リヴァイだってそうだった。今更誰が好きなんだと聞く程詮索する気もない。女になってから好きになったのかはたまた男の時から好きだったかは分からないが、それでもミケに想われているヤツがどうにも羨ましくて仕方ないのだけは本音だ。ミケだってそうだった。

掛けられた布団越しからも分かるくらいにリヴァイの体温が伝わってくる気がする。ほら、こんな所にいないで早く好きな人の所に行け。ミケは布団を顔までかぶった。

「ミケ」
「大丈夫だ」
「ミケ」
「お前は伝えればいい」
「話を聞け」
「俺は伝えない」
「聞け」
「今の俺には愛する資格も愛される資格もない」

バスッ!!!

真っ暗闇の中でその音だけが大きく木霊した。リヴァイが布団を殴り付けたのだ。それも俺の顔面近くに。少しでも動いていたら布団越しに顔面をぶん殴られていたかもしれない。

「なら一生そう思ってろクソ野郎」

次にミケが布団から顔を出した時にはもうリヴァイはいなかった。

「…」

開け放たれた窓から入り込む陽のせい。
眩しいから涙が出るんだ。どんなに手で目元を擦っても流れ出る涙は止まらない。それも全部陽のせいだからいい。
クソ野郎はお前だ。お前だって、好きじゃないのなら何故あんな事した。どうして思わせ振りな事したんだ。少しでも期待してた俺が馬鹿だった。リヴァイだってそう。でもきっと何処かで叶わないと分かってた自分がいて、それなら困らせるつもりで本当に言ってしまえば良かった。

好きだと。

- ナノ -