「兵長!10m級…と5m級の奇行種2体接近中です!」
「いきますか?」
「俺がやる」
「お1人で?」
「このまま先に行け」
「分かりました、ご武運を!」

奇行種は通常の巨人と違い速やかに討伐する事が求められる。だから部下達からとてつもない絶対的信頼を得ているリヴァイが1人で討伐すると言い出しても誰も止めはしないし止められない。瞬く間に巨人を削ぎ殺していく様は誰がどう見ても人類最強に見えるだろう。それは今回の壁外調査でも同じ事だった。

項を削がれ地面に倒れる奇行種の爆音を背に木の枝に降り立つ。汚ねぇ。いつまでも慣れる事なく嫌悪感しかない返り血。せめてもの抵抗で手に付いた少量の血を真っ白なハンカチで丁寧に拭き落とす。綺麗とは微塵にも思えない白にジワリと滲んでいく穢れた赤。自分の領域に大きく踏み込んでくる気がしてたまらなく苛立つ。

「…」

巨人さえいなければ木漏れ日と風が心地よい森の中でリヴァイはハンカチの血を見て思い出していた。自他共に認める潔癖な自分があの時何故いとも容易く手のひら、ましてや他人の血を舐める事が出来たのか。本当は分かっている。今でもあの時の感情を思い出せる。ハンカチをしまうと目的の場所へ辿り着くため立体機動を動かし木から木へとアンカーを飛ばしていく。

嫉妬だ。

むしろあの血を見て一瞬美しいとも思ったがそれはすぐに消え湧き出てきたお門違いの感情。あのクソ野郎。まるで自分の所有物が傷付けられた煮えくり返る様な怒り、そして何故俺ではなくエレンと一緒にいたのかという夢見るお姫様みたいな子供じみた嫉妬。アイツが女になった時からリヴァイの中で少しづつ肥大していくこの不思議な病は確実に全てを鈍らせていた。自分でも気付いてる、そこまでガキじゃない。最初は本当に有り得るわけがないと何度も自分の気持ちに自問自答した。今は女といえど本来男な上に元々仲は悪くないが決して良くもなかった。だから一切認めたくないと思ってる自分もいる。それでも片隅では常にチラつくのだ、誰かのモノになったら?仮に伝えたとして自分の想いが届かなかったら?逆にもし自分の為だけに笑ってくれるとしたら?と。

「…年甲斐もねぇ」
「兵長!!」
「全員無事か?」
「はい!団長はあちらです」
「あぁ」

アンカーをしまい降り立つと最後の独り言はオルオの声に消える。言われた通りの場所へと向かうとエルヴィンと話しているエレン、ジャンがいた。その中にアイツも。何故また一緒に。不満な顔付きになったのは言うまでもないがその極僅かな変化が分かる輩はいないだろう。俺に気付くといる場所が場所だからかガキ共と同じく敬礼される。

「よくやってくれた」
「戯れとはいいご身分だな」
「報告を受けたついでに少し話をね、この子達も若いのに勇敢に戦ってくれたよ」

この子達。ミケを新兵としてここまで違和感なく接する辺り、さすが曲者揃いの調査兵団を纏めてる団長と言わざるを得ない。俺なら無理だ。そうかとリヴァイはエレン達を見たまま興味なさげに返した。それなりに話していたらしい、俺達そろそろ持ち場に戻りますの声で3人は再び敬礼しその場から去ろうとする。その流れでミケと目が合ったが何処か気まずそうに逸らされた。面白くねぇ。リヴァイは少女を呼び止めた。

「金髪のお前」
「……はい」
「訓練所でやった通り、」
「…出来て、ます」
「ならいい。行け」
「…はい」
「ミケ?」
「早く来いよ」
「ごめん、今行く」

ミケは小走りに去っていった。きっと片頬を膨らましてこちらを睨み付けたかったに違いないだろう。だが結局は戻っていくのだ。自分の元ではない向こうへ。話を聞くにミケは新兵の中で人気者らしい。そんな事知らねぇよ知りたくもない。面白くない。あぁ本当に気に喰わねぇ。ほらまた少しづつ広がっていく病。


*


「いらっしゃいませ」

ウォール・シーナにある人気の紅茶店。常連のリヴァイはCLOSEとなっているドアを物ともせず開け中へと入る。出迎えた店主は子供にも見えるし年頃の女にも見えるし、はたまた熟年にも見えるし果ては老婆にも見える摩訶不思議な女性。勝手に椅子を下ろして座ると、店主は紅茶とタロットを盆に載せてやって来て向かいに座った。時折占ってもらう事があるのだ。

「カモミールティーです」
「…悪くねぇ」
「気分を落ち着かせる効果があります。さて、今日は如何致しましょう?」

カップに口を付けたまま返答のないリヴァイ。それを見て特に気にした様子もなくそれでは、と店主は手際よくタロットをシャッフルし始めた。占い師としての顔もある彼女は当たると評判だがその姿をお目にかかるのは難しい。誰も閉店した店の中でやってるとは思わないからだろう。少し色素の薄い目で見てくる今の顔は…普段より若く見えるような?シャッフルした中から3枚のタロットを抜き順に並べていく。ここでは彼女の独壇場だ。

「過去は塔の逆位置。予期せぬトラブルに見舞われる、突然の変化や困難がやって来るという意味です。対策として現実を受け入れる、新しい道へ進む等」

「現在は隠者の正位置。真実への探求。騙したり言い訳する事なく自分自身の心に従い、本当の気持ちを落ち着いて考える時ではないかと」

未来はと言おうとした所でいつも淡々と、悔しいながらも的確にタロットで言い当てる彼女が腕を組んでうーん、と自嘲気味に笑った。非常に珍しい。

「おかしいな」
「何がだ」
「今回の結果です。何かこう…兵長だけに当て嵌らないような」
「どうしてそう思う」
「いや分かりませんけどね、いつもの勘です」
「……そうか、邪魔した」
「あれ?兵長?最後残って…行っちゃった」

何を考えていたのか黙りこくって数秒後、急に立ち上がるとリヴァイは椅子を元に戻し金貨を数枚置いて店を出ていった。誰もいない静寂の店内で改めて並べられたタロットを見る。最後は恋人の正位置。

「決断、恋愛、性的魅力、交際の始まり…好きな人との恋愛関係を確立し幸せを感じることが出来る…、か」

突然現れた困難に見舞われながらも、自分の気持ちに素直になった結果両想いになれる。
3枚を物凄く簡単にまとめるとこういう事になる…あらら意外や意外、恋をしてるとは。まぁ兵長のことだから性格的に紆余曲折ありそうですが、それでもあなたの想いは届く様なのでご心配なさらず。

私の占い、外れた事ありませんから。

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