レイはとても賢い子だと私は思う。賢いんじゃなくて賢くなってる最中だからまだアイツは馬鹿だ、ちなみに野獣から人間になってる最中でもある。リヴァイはリトルレディにも容赦がない。調査兵団に来てからそれなりの日が経つが多くの手助けもありレイは最初の頃より話せるようになってきた。元々はしゃぐ様な子ではなく時間があれば静かに図鑑を見ているか誰かと一緒に探検、昼と夜に食堂、夜になれば風呂に入り寝る、その間に誰かと会えば時間に合った挨拶をするといったルーティンに従って生活している。どうやら彼女なりの解釈で『みんな何かで忙しい』というのを理解しているらしく自分から誰かに『遊んで』と言う事は今まで1度もなかった。
そんなレイが事件を起こしたのは少し食堂に行ってくると言ってから数十分も経たない間のこと。団長室のドアを開けようとしたが開かない。ガチャガチャ。壊れた…いや、この音は故障ではなく向こうから鍵が掛かってる音だ。

「レイ」

少し大きく声を掛けると読んでいた図鑑を閉じこちらにやってくる足音が聞こえた。他に誰かがいるような気配は感じられない。つまり彼女が鍵を掛けた事になる。それか間違って掛かってしまったのだろうか。

「鍵を掛けたのはレイ?」
「うん」
「開けてくれないか?」
「やだ」
「それは何故?」
「きらい、エルヴィンなんか大っ嫌い」

偶然ではなく彼女は自分の意思でこのドアを開けないようにしたという。困った。これから残りの書類を片付けないといけないんだけどな。と思ってたら想像もしてなかった事を言われてしまった。嫌い、それも大を付けた大嫌いまで貰うとは。私がレイに何をしてしまったか出来る限り素早く脳内検索をかけてはみたものの悲しいかな、決定的な内容がヒットしない。2人で育ててたお気に入りの花が枯れてしまった事か?それともお気に入りの枕を洗濯に出してしまった事?一昨日の夜に明日は晴れるみたいだと言ったのに真逆の雨になってしまったから?どれを聞いても違う、嫌いの一点張りだった。しかし嫌いと言われると…大人に言われる分には何も感じないが子供故に結構ダメージがある。とにかく此処を開けてもらえないことにはまともに話が出来なそうだ。

「とうとうドアと話出来る程に頭沸いちまったらしいな」
「リヴァイ」
「何してる」
「レイが向こうから鍵を掛けてしまってね」
「さっさと開けねぇとテメェごとドア蹴り飛ばすぞ」

団長室に用があったらしいリヴァイには簡潔に事の説明をしたが助け舟は求めなかった、の前に既に蹴り開けようとしているのでそれだけは止めてくれと説得をした。タラタラ交渉するより蹴り開けた方が手っ取り早いと納得いかないリヴァイはレイに話しかける。

「開けろ」
「やだ」
「レイ」
「あけない」
「エルヴィンが何かしたってんならちゃんと言え」
「した、けどしてない」
「馬鹿にしてんのか」

私がレイに何かしてしまったワケではない、らしい。でも口調からすると何かしてしまったらしい風に聞こえる。曖昧な返事を返されて益々不機嫌度が鰻登りになっていく、落ち着けリヴァイ不本意な回答なのは分かるが相手は子供なんだ。ガキだからこそ厳しく躾なきゃなんねぇだろ。たかがクソガキ一匹にこんな事で時間潰されるのは御免だ。眩し過ぎる程に容赦がない。

「どうしてこんな事した」
「エルヴィンがわるい」
「ほう、で?エルヴィンの事が嫌いなのか?」
「…」
「大嫌いって言ったよな?俺は聞いたぞ」
「…ちがう。でも、それは…」

ここまで口篭るレイは初めてだ。いつもならポンポンと迷う事なく物事を言い切るし、普段から聞き分けのいい子だからリヴァイにも喰ってかかると思っていたが予想外。

すると何時間先になるやらと思っていたドアがふいに開き、出てきたレイは大きな瞳からボロボロと涙を零していた。そして私の足に抱き着くとそのまま声も無く泣き始める。これにはさすがのリヴァイも驚いた様で少し目を丸くしていた。一瞬怪我でもしたのかと気が気でなかったが違うみたいだ。

「ごめんなさい」
「レイ」
「ちがう、……さみしかった」

エルヴィンは団長だから忙しい。いつも紙とかペンたくさん持ってて忙しい。だから寝る前だったりそうじゃない時『しごとのあいま』に話するのが楽しみ。でもエルヴィンはいつも自分じゃない人と笑ってない話してるからずるい。話したいのに。本は楽しいけど話しかけても話してくれない。でもエルヴィンは話してくれる。自分はだめなのに。我慢してるのに。みんなは我慢しないでエルヴィンに話しかけて、みんなずるい、エルヴィンもずるい。忙しいからワガママ言うのはだめだし、困らせるからだめって分かってるのに急に分からなくなっちゃったよ。忙しいってなに?忙しいって自分を嫌いになっちゃうことなの?嫌いだから話さないの?やだよ、さみしいよ。そんなのやだ。

「きらいにならないで…っ」

泣きじゃくった顔が私を見上げる。もちろん立場上仕事を放り出すわけにはいかないし、皆が仕事の事で私と話をしているのも彼女は十分に分かっていただろう。それでもレイにこんなに我慢させてたのかと思うと罪悪感が心に滲んできた。我慢の限界が来た上での行為だったのか。私はレイを抱き上げリヴァイは呆れた様な溜息を盛大に零した。

「本当に世話が焼ける」
「…せわがやける…?」
「馬鹿は知らなくていい言葉だ」
「…」
「レイ、すまなかった。でも素直に気持ちを言ってくれてありがとう」
「…きらいになった?」
「なるわけないだろう、私も皆もレイのことが好きだよ」
「よかった」
「エルヴィン」

ハンジは団長室のドアをノックする。提出しなければならない書類を出す為だ。んん?おかしい。いつもなら入れの声がある筈なんだけど?不在かな?試しにノブを回してみると難なく開いた。が、

「あれ?なんで??」

椅子に座っていたのは本来いる筈のエルヴィンではなくリヴァイだった。いつもの変な飲み方で紅茶を飲みながら山積みになった書類に1枚1枚目を通している。ぶっ!こう見ると座高の差が分かるウケる!低い!内心笑いながらハンジは後ろ手にドアを閉めた。リヴァイは渡された書類を受け取ると上から下まで目を通し始める。

「この汚ぇ字はどうにかならねぇのか」
「いや綺麗でしょ」
「クソが這った様な字面しやがって」
「ひでぇ!あ、それで肝心のエルヴィンは?」

「エルヴィン、ありがとう」

(寂しい思いさせた分たまにはクソガキに1日付き合ってやれ)
レイは手を握り返す。楽しいね。
嬉しいの。あなたの瞳に私が映る。
それだけで、いいの。


「さぁな、親子水入らずの時間を邪魔する気はねぇよ」

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